「22時前には終わるよ」
了解と、そう返信して
その後に早く帰りたいと思ってもらえる様
料理の写真を送ってみせた。
けれど…本当は分かってるの。
遠く離れた君の帰る場所は
私の居る此処ではないと
それでもいつかは…
「今日の晩御飯は唐揚げだよ」
いつかは、私へ帰っておいで
それまでには、美味しい物を作れる様に
ずっと練習しておくよ。
拝啓、愛しい君へ。
ー 1件のLINE ー
重く閉じられた瞼を何とかこじ開けた先
何度か瞬きを繰り返し己の現状を確認する。
出入り口の見当たらない
無機質な硝子張りの小部屋の中
硝子の外は荒れた海を漂い
浮き沈みを繰り返していた。
賑やかな黒い波が硝子を叩き
スッパリと区切られた断面は
箱に当たる度に飛沫を高く上げて踊る。
(たしか、不思議の国のアリスでも
似た場面があったな…)
海の動きは騒がしいが
夜空は殆ど星しか見えず
たまに過ぎる灰色の雲は
無惨にも風に千切られていた。
懸命に上へ意識を向け続けていた私は
深海恐怖症の為になおも暗いであろう
下を見ない様に気を付けてはいたが
好奇心に負けてちらりと盗み見てしまった。
てらりと何かが視界の中を翻る。
その大きな体躯の片鱗に
見なければよかったと
心底後悔したが、もう遅い。
牙の生え揃った随分と物騒な口が
足下からスピードを上げて迫って来る。
硝子張りの四角い箱の中じゃ
逃げようも無いなと苦言を一つ零し
雷にも負けない鋭利な破裂音と共に
私は暗い水の中で意識を手放した。
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意識がハッと戻った時には
自室の見慣れた天井に迎えられていた。
なんとも後味の悪い目覚めだと
うなじを撫で付けながら
筆を取った、そんな朝であった。
ー 目が覚めると ー
“私”とは、名の売れた探偵だと
傲慢ながらも自負している。
この物語において私に求められているのは
“推理力”…ただ、それだけであり
逆を返せば、他は求められる事がない。
どんな小さな欠片であったとしても
見逃さない洞察力は場面転換に最適で
一見すると何処で使うのかも分からない様な
常人離れした知識量も探偵だからと片付けられ
行動力などは、そもそも視野にも
収まってはいないのだろう
日常生活などはミステリーが始まる前の
前菜に過ぎず、まともに過ごせる日は少ない。
とはいえ、求められる程の推理力は
伊達では決して無いと確信しているのだ。
だから、私の異常にも思える
この当たり前の世界を
“君”も享受しているのだろう?
ー 私の当たり前 ー
ふらり ふらりと
玄関から交互に投げ出した爪先
夜の散歩で静けさに輪郭線を忘れ
それでも消えぬ、根深いしがらみ
いっそ誰も彼もを忘れられたなら
本当に自由でいられるのか?
答えと応えのない独白は
暗闇に呑まれてしまった。
なんとなくだが
解っているんだ。
この地上で溢れかえる星灯に
身を置く人生では、叶わぬ話と
遠の昔に思い至っていたのに
自分勝手な私では
生きる事を辞めたいとは
到底、思えなかったんだ。
ー 街の明かり ー
因果応報と分かたれた恋人
身を粉にし、心を焦がし
漸く来る一年越しの逢瀬の日
純真が故に際限を知らぬ愛を飾る星々
烏鵲の連なる川を越えて
今、あなたへと愛に行きます。
ようやく、逢えた
あぁ、なんて愛しい
朝なんて知らずに
愛だけを掻き抱き
手を引き合って
創造神の目を盗み
掛け出せていたならば
川の濁流より激しく
川の深みより心を落とし
川の流れよりも何処までも
あなたへ溺れていられたのでしょうか?
朝日なんて、私達は呼んでいないのに
時間とは、何処まで残忍なのでしょう。
ー 七夕 ー