エムジリ

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8/27/2023, 12:10:41 AM

──『私の日記帳』。
 あまりにも分かりやすい題名が記載された帳面を見つけたのは、母の葬式が終わって、遺品整理に取り掛かった数日後のことだった。(ただし題はあらかじめ印字されたもので、母がそう記したのではない)
 私は気恥ずかしさや罪悪感や好奇心と言ったものをさして感じることなく、無遠慮にその表紙をめくった。
(まあ、こんなことだと思った)
 綴られていたのは、母が再婚した夫以外に愛していた男との恋愛記録であった。「こんなに好きになった人はいない」「私も彼も、どうしてもっと早く出会えなかったんだろう」「あの人の家庭のことを考えると胸が引き裂かれる」。そんな小娘じみた事ばかりが書かれていたが、私に嫌悪の類いの感情は一切沸き起こらなかった。むしろ生前の母の私への関心の無さを思い返せば、当然と言える内容だった。
「何か気になる物でもあったかい?」
 振り向くと、母の再婚相手、つまり私の継父が立っていた。どっこいしょと言いながら私の後ろへ座り込む。
「ううん、みんな捨てちゃっていいと思う」
 私は手にしていた帳面を放り投げるようにして、継父、永四郎に向き直った。
 彼は四十五という歳を知ってもなお、それよりずっと若く見える外見をしていた。けれど私と二十も違うから、醸す雰囲気はやはり経験を重ねた男性の堂々たる貫禄がある。
「本当にいいのか?」継父は畳に転がっている母の衣類を興味無さそうにいじくりながら言った。
「いいの」私は母が亡くなった事にかこつけて甘えた声をだす。「いいのよ、母の物は、もうこの家にはいらない」
「……そうか、わかった」継父は遊ばせていた指の動きを止めた。
 ああ、お母さん、やっぱり私たちって母娘なんだわ。
 人のモノが欲しくて堪らなくなってしまう、この悪癖。
 背中に回された男の腕の熱が、衣服を越して肌を焼く。
「永四郎さん、好き」
 私はかつての継父であり愛人であり、今は恋人となったひとの名前を心の底から愛おしげに呼んだ。
「僕もだよ」
 それは同時に、彼が私のモノになってしまったことを現す。
 私もいつか、母のように日記をつける日がくるのだろうか。


▼私の日記帳

8/23/2023, 8:06:57 AM

 柳の木が生い茂る、一見して幽霊屋敷のような佇まいをした木造の料理屋が、昨年からの私の気に入りだった。
「お待ちしておりました」
 禿げ上がった頭のてっぺんをこちらに向けて、店の主人がうやうやしく出迎える。建物と同様に彼もそうとう年季が入っているが、その外見はみすぼらしさや汚ならしさとは対極にあった。
「で、どうだい?」
 奥座敷に通されたと同時に注がれた日本酒を舐めながら私は訊ねる。
「今の時季はフグでございます、産卵期前ですから、味も濃く歯応えがあります。あとで刺身にして持って来させましょう」
 客を前にしているとも思えぬほどくだけた態度だが、これは二人の仲を示すものであった。
「それと」と主人はもったいぶるようにして付け加える。
「御用命の火薬類、弾薬十万発と火砲五十門、全ての仕度が整っております」
 たるんだ瞼に隠された細い目に鋭利な光が宿っていた。微かな喜色さえ浮かんでいる。彼の本業がこちらなのは明らかだった。まったく憂うべきことに、近ごろ我が国の内乱は熾烈さを極めている。
「ふ、ふ。毎度ながら貴殿の仕事の早さと扮装には驚かされる。見事を通り越して恐ろしいよ」
 私は癖で、将兵の軍功を称賛するような口調になった。
「中佐殿からの御言葉、身に余る光栄でございます」
「食えない男だ」
「なにせこの世は裏と表を使いこなさなければ到底生きて行けませぬから」
 さてお食事にいたしますか、そう言う主人の顔は、すでに品の良い庶民風のものに変わっていた。


▼裏返し

8/22/2023, 12:10:13 AM

「鳥のように翔んでみたい?」
 彼は僕の口ずさんでいた歌の一節を聞き咎めた。
「何かおかしいかい?」
「あれは生きるために“飛んで”るのさ。僕らが勉学のために筆を取り、金のためにあくせく働いているのと何ら変わりない。それを自由を謳歌しているかのように捉えるなんてどうかしているよ」
「君には──」僕は肩をすくめて言った。「情緒ってものがないのかい」
「人びとがなりたいと思っている鳥だって、そんなもの感じないだろう」彼は嘲るように言う。
 僕はまた口を開いた。
「人間だからこそ翼のある鳥に憧れるんだろう」
「憧れ?」
「そうだよ。私生活が煩わしくなったとき、空を無責任に舞うことを魅力に感じない人間はいないんじゃないかな」
 僕の言葉に「そう、人間だ」と彼はつぶやいた。
「僕らはどこまで行っても人間なんだ。決して鳥にはなれない」
「だからこれは願望で、」
「皆、そんなに地上が嫌いなら、人間らしく機械を使って重力への反発に挑戦すべきなんだよ」
 彼の態度は頑なだった。僕はあきれたように笑う。
「君の現実主義には負けるね。しかし僕は議論ではなくて、ささやかな雑談を楽しみたかっただけなんだ」
 彼は呆気にとられたような顔をした。
「すまない」
 しおらしい声でぽつりと謝罪するなり、表情がみるみる陰っていく。「病は、豊潤な想像力をも蝕むらしい」
 僕は枯枝のような彼の腕と、食物を直接胃に運ぶための細いチューブを見た。これが彼を生かす生命線なのだ。
 人間らしさとは、今となっては彼がもっとも渇望するものだった。
「いや、いいんだ」僕はそれ以上の言葉が出なかった。
 彼は病室のベッドに背中を預けたまま、窓の向こうを見つめている。一羽の鳥が羽ばたき、天高く翔びあがったところだった。


▼鳥のように

4/2/2023, 2:35:43 PM

大切にしなきゃいけないもの。
まず、自分自身!と最近頑張って意識している。
自分より他人先行の人生だった私には、
「自分を大切にする」ということが、難解に思える。

やりたいことを、やろう。
そんなに怖がることないんじゃない?
自分一人が、我慢することないんじゃない?
別に、無理に皆に好かれる必要ないんじゃない?

失敗って、悪いことじゃない。間違いなく良い経験。
だって失敗を怖がる人が失敗したら、
二度と同じことは繰り返さないでしょ。

自分が我慢してること、他人は知ってるのかな。
いいよ、我慢しなくても。
すごく難しいけど、たまには言いたい事、言おうかな。

嫌われたら、私もその人のこと嫌いになることにした。
つまらない人間だと思われたら、勝手に人は離れてくでしょ(私はこれをすごく怖がっている節がある、第一印象はとってもいいけど、中身が無いことを知られるのが怖い、そのギャップに失望されることが、とても怖い)。
でもそれって、自分が無理して合わせてた相手でしょ。
無理して付き合い続けて、先にしんどくなるのは自分。
目に見えてるのにね。
なんか、人に好かれたくて、いい人って思われている自分でいたくて、背伸びしちゃうよね。
(っていうか、自分が理想の自分に近づく努力をすればいいだけだ。それか、自分に合う人を頑張って見つける。一人でいたくないならね。一人でいたいなら、そんなことする必要ないけど。書いてたら気がついたぞ、今更かもだけど)

あーあ、もうちょっと図太く、
図々しくなれたらね、いいのにね。
自分を大切にするって一生の課題になりそう。


▼大切なもの

3/27/2023, 3:47:05 AM

若い頃は、自分に無いものばかりが目についた気がする。

一番は、可愛い容姿じゃ無い
二番は、明るい性格じゃ無い
三番は、運動神経が無い
四番は、人に話せるような特技や趣味が無い
五番は、、、

と、考えただけで憂鬱になる…挙げればキリがない。
そんなこんなで私の自己肯定感は0に等しく、
それを埋める為に、皆に嫌われないように、
イイ子を演じてきた。
昔も今も、私に対する周りの評価は『優しい人』だ。

しかし、結局偽りの自分を一生続けられるわけも無く。
社会人になって、それから何年も経ってから、
やっと、人は人。自分は自分。
自分の人生は自分で舵取りするもの、と気がついた。
気がついたというか、そう考えないと耐えられなくなった。

周りに迷惑をかけるのは論外だけど、
自分の人生は自分の生きたいようにしていいらしい。
だって皆そうしているから。
私がどんなに親切にしても、
それを利用する人が大半だったから。

人は私に無いものを持っているけど、
私も人に無いものを持っている。
しかも、結構良いものを持っている。

ないものねだりも悪くないけど、
配られたカードで勝負するほうがずっといい。
生かすも殺すも、自分次第。


▼ないものねだり

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