彩士

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7/8/2023, 1:12:33 PM

「お父さま!帰ってこられたのですね!エミリー、ずっと待ってたよ!お帰りなさい!」
真夜中に玄関の開く音がして思わず、部屋から飛び出した迎えに行ってしまった。
久しぶりに会えたのが嬉しくて、ニコニコしてお父さまの返事を待っていたけれど、それはなかった。
私の横を通り過ぎる一瞬、目の端で私を一瞥して使用人に向かって、「部屋に連れて行け」といって行ってしまった。
ああ、やっぱりお父さまは私のことが嫌いなのね。
今までお父さまは私が話しかけても、返事をしてくださったことがない。私がどれだけ頑張っても褒めてくれたことはない。
銀髪で目のシュッとしたお父さまは、他の貴族のかたと話すときはよく笑っている。でも、私の前で笑ってくれたことは一度もない。
お父さまは私がいらなかったんじゃないかって思ってしまう。私はお父さまが大好きだけど、お父さまは私のことが好きじゃないみたい。
使用人の中で一番仲のよい、ルシーに部屋へ連れて行かれる。
「やっぱり、あなたからの目で見てもお父さまは私を嫌っているわよね?」
「旦那さまは、お嬢様のことは嫌っていないと思います。ただ、態度がちょっとアレなだけで』
「いや、目もまともに合わせてくれないのよ?話すのを諦めようかしら」
「何事も挑戦です。明日の朝食でこの三ヶ月会ったことを話してみるのはどうでしょう」
「そうね、そうするわ。おやすみなさい」

翌朝、いつもより少しだけ早起きをして、いつもより可愛い新しいドレスを着て、朝食の場へ向かう。
「お父さま、お母さま、おはようございます」
「おはよう、エミリー」
「……」
やっぱりね、お父さまは挨拶さえ返してくれない。
娘からの挨拶を返さない人なんて、人じゃないわ。
やっぱり、私はお父さまと話すことは一生無理なのかも。いやいや、取り敢えず言ってみよう。挑戦大事。
「お父さま?この三か月であったことをお伝えしますね」
庭の花が綺麗に咲いて綺麗であること。新しいドレスを買って、今それを着ていること、家庭教師の先生に勉強を褒められたこと。初めて食べた料理が美味しくて、お父さまにも食べてもらいたいこと。
色々話したけれど、反応なし。
よし、これだけ言ったらお父さまと話すことをもうやめよう。
「お父さま?私、公爵家のフェンデル様と仲良くなったの。今度町にお忍びでお出かけすることになったわ。
それじゃ、お先に失礼します」
お母さまとは、話すのになんで私とは話してくれないのかしら?もう、いいけれど。


私には密かな趣味がある。
私の部屋の大きな窓を開け放ち、その先のギリギリ立つことのできるところへ立って、街の夜景を見ること。
小さな手すりに寄りかかって、真っ暗な闇の中に浮かぶ家の灯を眺める。この夜景を見ることで私の心は安らぐ。気持ちよくなって瞼がだんだん重くなってきた。
今夜は、満月なのもあっていつもよりも良く街を照らしている。眠いのも我慢してもっと見たい、と身を乗り出した。
その時、「エミリー!危ない!」
「え?なに?」
気づいたら誰かの腕の中にいた。後ろのベッドに倒れ込んでだれか確認すると、お父さまだった。え?なんで?
「お父さま?なぜ、ここにいらっしゃるのです?」
「なんでって、エミリーが話しかけてくれなかったからだよ。なんでだ?なにか悩みでもあるのか?」
何を言っているんだろう。
「なぜ話しかけられるのが当たり前なのですか?それに話しかけてもお返事をいただいたことが私にはありません。話しかけたくなくなるのも、当たり前でしょう?」
衝撃を受けたような顔をしたお父さま、バカなのかしら。
「……、え、あ、う、その。エミリーが可愛くて見てられないくらい可愛くて、声がうわずってしまいそうで。すまなかった」
今度は私が目を丸くする番だった。
だって、こんなに長く会話したの初めてだし、しかも可愛いって!二回も!二回もよ?!
「お父さま、私、記憶の限り今初めてお話ししました。これがどういうことか分かりますか?私の気持ちを考えてくださったことはないのですか?私は話しても話しても相槌のない会話は、悲しくて寂しかったです。もう、そんなのしたくないのです」
「すまなかった。気をつけることにする。これからも話してくれるだろうか?」
「ん〜、そうですわね。仕方がないので許して差し上げますわよ?」
パァっと明るくなったお父さまの笑顔。
私が本当に見たかったのはこの光だったの。



この日以来、一緒に街の灯りを見るようになった。
忙しい日もここでなら、ゆっくり話せるもの。
「ところで、エミリー。フェンデル君とは、どれだけ仲良くしているんだ?」
「ふふふ、お父さま気になるの?」
あの日、私が飛び降りるつもりだったと勘違いしていたお父さま。その誤解を解けたは良いけど、また別に問題ができちゃった。
私の答えを待って少し不安げにしているけれど、もう少しいじめてあげたくなっちゃった。いいわよね?ちょっとだもの。
「将来を誓い合ってキスまでする仲よ!」
お父さまがどんな反応を示したか、貴方たちなら想像つくわよね?

7/7/2023, 1:09:39 PM

ボクの知る限りじゃあ、七夕は天候の悪い日でしかない。天の川が本当に架かって、ほうっと息をつくような美しさを見たこのなんか一度もない。どっかの写真集で見るようなあの感じ。あれは、本物の空なのだろうか。ボクが日本にいるからそう感じるだけなのか。一歩外の世界に出てみたら、何か違うのか。
そう思いながら、風の強い、雲行きの怪しい日に歩いていた。
どこから飛んできたのか、ビニール袋が目の前を通り過ぎていく。似たように持ち場を離れた迷いものたちが、吹かれては視界の端に消えて行った。

ちょうど駐輪場の横を通り過ぎようとした時だった。『元カノが幸せになりますように』
と書かれた紙がタイヤの部分に引っかかっているのを見つけた。黄色い短冊にちょっと不格好な文字。
「ほえー、今ドキこんなの書く純情なやつがいるんだな」
気になったから、手に取ってみた。よくよく見てみたら名前がしっかりフルネームで書いてある。
すごい、願いの真剣さが違う……。
当たり前だが、全く知らない人だった。これで知っている人だったら、恋愛漫画みたいな流れだったけど現実はそうもいかない。
そもそもその展開を望んでないけど。
一度拾った物をまた宙に離すのは忍びないので、結局持ち歩くことになった。ついでに短冊を飾る場所探しをすることにした。

そういえば、ボクはまだ願い事を書いてないな。
何にしよう。世界平和とかかな。
まず、書く場所ってあるのかな。中学校卒業以来、あんまり七夕を意識してこなかった。いつの間にか終わってしまって、ああ、そういえばそうだった、で完結する。なぜ七夕は、クリスマスほど盛り上がらないのか。
プレゼント渡しとかが無いからかな〜、と思ったけど実際どうだろ。
本来の目的地、商店街に着いた。
ここに来ると意外にも七夕で盛り上がっていることがわかる。小さな子供たちがわわわっと駆けてくる。
その子たちが元居たところには、たくさんの笹の葉が並んでいた。色とりどりの短冊と網目模様の折り紙、微かな太陽の光を捉えて輝く缶はその場を明るくしている。

あ、ここに飾らせてもらおう。
いろんな願いが密集している中、少しだけ空いている場所を見つけた。きっと背が届かなくてしょうがなく残ってしまったのだろう。
空がたとえ曇っていても、上の方ならきっと願いを天は叶えてくれる。
だから、拾った『元カノが幸せになりますように』という短冊をきゅっと結んだ。
それから、ボクの願い。
『ここに願われた思いが、天まで届きますように』
いい子ぶっていると昔のボクなら思う。
でも、今なら、ボクはこれをボクの願いとしたい。

7/6/2023, 12:16:26 PM

「すみませーん!ごめん下さーい!」
パタパタパタパタ、スリッパで駆けてくる音がする。
「はぁーい、ちょっとお待ちくださいね」
がらがら、と建て付けの悪い引き戸をひいておばさまが出てきた。私の姿を見て大きな目をぱちくりとする。
「はじめまして。私、前日連絡させていただきました、阿久津と申します」
にっこりと笑って、自己紹介をした。

いかにも日本というような和式造りの家。
ちゃぶ台のある部屋へ通されて緑茶を一口いただく。
おばさまは、私のようなものが来ると思っていなかったのだろう。私のような、幼い子どもがくるなんて。
身長が一五ニセンチの子どもが全く知らない他人の家を訪ねてくるのは、想像できなかったのだろう。
先ほどからちらちら私の顔を窺っている。そろそろ本題に入った方が良いだろう。

「こちらに窺ったのは、私の祖母についてお話ししようと思ったからなんです。実は認知症になってしまいまして、最近は昔のことをよく話すようになったんです。まるで子どもの頃に戻ったみたいに。よっちゃんがよっちゃんがって、ずっと言ってて……それだけなら知らなかった事を知れて良かった、で終わるんけど、最近は何か物を探し求めるような感じで」

「あ、言い忘れていたんですけど、祖母の名前はセツ子です」
「ああ!セッちゃん!懐かしいわぁ。私のセッちゃんはね、ほんとに仲良くて、双子みたいに息も合ってね。二人でいろんなところへ行って、ちょっとした悪戯もしちゃって、そうそう、秘密基地も作ったのよ」
手を合わせて、ふふっと笑って楽しそうに話してくれる。二人の仲が良かったのが伝わってきた。

「はい、祖母から佳子さんのことを聞いてここまでやってきました。なんとか、調べ上げて。すみません、勝手に」
「いいのよいいのよ、私のこの家の住所は変わってないからね、住所碌を見たら分かっちゃうもの。昔は個人情報なんてガバガバだったの。気にしないで。ところで、セッちゃんが何を探しているのかしら?」
軽く身を乗り出して聞いてくる。目をキラキラさせて。
「あの、ポポットって言ってるんです。私には全く分からないのですが。ご存知ですか?」
「ポポット……!合ったわねぇ、そんなの」
 
私持ってるかしら…、と立ち上がって家の奥へ入って行った。ポポットってなんだろう。聞いたことがないし、物なのか合言葉なのか、ずっと考えてきたけど、こんなに簡単にわかる人がいるなんて!
少しの間待っていると、おばさまは何かを持ってやってきた。木製の人形がピアノ三体ついた作りのもの。なんだろう。
「あったあった。これはね、オルゴールなの。秘密基地を作ったっていっていたでしょう?その時に秘密基地に置いていた私たちの宝物なの。私の親戚が買ってくれてね、仲良く二人で曲を流して聞いていたの。それで、この子がポポット」
人形のうち一体を指す。
「この子たちの名前だったのよ、実はね」
ウインクをして自慢げにおばさまは言う。
「あなたがきてくれて本当によかった。じゃないとこのオルゴールのことも、この子たちのことも忘れてしまっていたんですもの。セッちゃんは覚えていたのね」

しんみりとオルゴールのからだを撫でている。
「ねぇ、セッちゃんに会わせてくれないかしら?もうずっと会っていないから。ほら、互いが生きてるうちに会っていたいじゃない?」
「もちろん!会いにきてください!」
「ふふっ、じゃあ今度お邪魔するわね」







「セッちゃん!久しぶり!佳子だよ?よっちゃんだよ!わかる?」
「よっちゃん……?」
日をおかずにやってきた佳子さんにおばあちゃんは最初分からない反応を示した。
でも、
「よっちゃん!久しぶりだねぇ!元気してた?」
すぐに思い出したようだ。ポポットも持ってきてもらって、探してたのを目にして安心したみたい。
おばあちゃん、よかったね。



7/5/2023, 1:35:19 PM

『いまひま?』
ピコーンと着信音がした。画面を覗くとそう書いてあった。
『ひまといえば暇』
すぐに既読がつく。
『電話しよーぜ』
『おけ』

プルルルル、プルルルル
「もしもしー、やっほー」
「やっほー」
電話をかけるのは何度目だろうか。と言っても両手で数えられるくらいだろうが。
この電話の相手は、私の好きな人である。たぶん。
ただ、確信が持てない、私は本当にこの人が好きなのか、そうでないのか。一日一度は彼のことを思い出す。朝も夜も、彼と話している時のことを想像して、彼が私を好きでいてくれればいいと願う。
これは、好きと言う感情なのだろうか。

私は親に家族に愛されてないから、愛がわからないわけではない。なんなら、他の人よりも深い愛をささげてくれている方だと思う。
自慢ではないが、今まで告白されたことはあった。
仲良くしている男子が照れながらも頑張って言葉に出してくれた。
仲良くしてる分、私もそれなりの好意が彼らにあった。そのどれもが、私の恋愛的な愛ならば、私の愛は軽い、と言うことになるのではないだろうか。
そんなわけないと、ただ、日常的に仲良くしているからその好感があっただけ。そうだと信じた。

でも、一般的にはこれを「好き」というのだ。だからたぶん、好き状態。

「ねぇ、好きなやついるの?」
「……どうだろうねー、いないんじゃない?」
「え、なにその間。あやしいー!だれだれ?」
「いや、いないってー、好きとか分かんないもん」

何度これで濁してきたか、何度これで自分の心を騙してきたか。
この人が他の女の子と話しているのを見ると寂しい。
私と話した内容を覚えてくれてないのも悲しい。
私との思い出だけにしてほしい。
いつ、この想いを打ち明けるべきか。
打ち明けないべきか。
いまは、彼は私に話しかけてくれる。多少の好意があるのだろう。それがいつ無くなるか分からない。後悔したくないけど、素直になることもできない。一体この世の人たちはどうやって恋をして来たのか。
失敗するのがこわい。友達としても仲良くしてくれなくなるかもしれない。

彼は、何度も私の好きな人を聞いてきた。
突然、「おれ、彼女ほしいんだよね」と言われたこともあった。
「ドキドキしたことあるの?」って聞かれて、頭をポンポンされたこともあった。
毎朝学校に行くと、私の席に座って待ってた。

ねぇ、私のこと好きなの?

そう聞きたかった、でも聞けなかった。関係が崩れるのが怖いから。今もこうやって電話している時も、ボロが出ないように発する言葉に慎重になってバレないようにしている。間違えて「好き」と言ってしまえば楽なのに性格故にそんなことはない。そんなこんなでもう二年が経とうとしている。

今日は七夕
織姫さんと彦星さんは会えたかな。
満点の星空の下で私は願う。



どうか、私に勇気をください
そしてどうか、見守っていてください

7/4/2023, 11:59:34 AM

ドンっ。目の前で大きな夜の花が咲いた。
ヒューと音を立てて空高く登っていく。と言っても高さは僕の目線と変わらない。下の方から「キャー」という歓声を上げている人の声が聞こえる。
数年ぶりに着た浴衣をはだけさせて、胡座をかいて分厚い苔の生えた岩の上に座る。何も考えないまま、流れゆく景色を眺めていると背中の方で足音がした。
こんな時間にここに来るのは、決まりきっている。
アイツだ。
「よう、来たのか、元気そうだな」
トトっと軽々岩に飛び乗ってきた三毛猫に話しかける。顎の下を撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らした。僕がここに来ると必ずやってくる可愛いやつだ。
ちなみに僕がいるのは、古びた神社の一画。神官もいない、参拝者もいない、忘れ去られた神社。かつては、お供物もよくあったと爺ちゃんに聞いた。巫女が舞を披露して、年越しだけじゃなくても多くの人がやってきたらしい。らしい、というのは爺ちゃんはもう死んだから。去年の秋にぽっくり逝ってしまった。それからは一人で暮らしていたが、老朽化が進んでいたのか、あっさり木造の家は壊れた。しょうがなく、神社の神殿の端のほうで小さくなって住まわせてもらっている。カミサマがいるなら、怒られそうだけど、許してもらおう。
「なぁ、いつまでこの生活が続くと思う?」
「ナァーゴ」
「だよなぁ。ケジメつけないといけねーよな」
喉は触らせてくれるのに、腹は決して撫でさせてくれない。心を許してもらえてないのかと思えば、隣で大人しく丸くなって寝ている。
ああ、そろそろ花火が終わりそうだ。
「腹括るかぁー。この花火お前と見るの、これで最後かもな」
頭上まで伸びた桃の木の枝についた熟れた実をちぎる。柔い皮をめくって食べれば、甘かった。
「これからどうなっちゃうんだろうな。これぞ、かみのみぞ知るってか?」
さみしいなぁ。


ため息と同時にドーンっと最後に大きな花が開いた。

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