彩士

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「お父さま!帰ってこられたのですね!エミリー、ずっと待ってたよ!お帰りなさい!」
真夜中に玄関の開く音がして思わず、部屋から飛び出した迎えに行ってしまった。
久しぶりに会えたのが嬉しくて、ニコニコしてお父さまの返事を待っていたけれど、それはなかった。
私の横を通り過ぎる一瞬、目の端で私を一瞥して使用人に向かって、「部屋に連れて行け」といって行ってしまった。
ああ、やっぱりお父さまは私のことが嫌いなのね。
今までお父さまは私が話しかけても、返事をしてくださったことがない。私がどれだけ頑張っても褒めてくれたことはない。
銀髪で目のシュッとしたお父さまは、他の貴族のかたと話すときはよく笑っている。でも、私の前で笑ってくれたことは一度もない。
お父さまは私がいらなかったんじゃないかって思ってしまう。私はお父さまが大好きだけど、お父さまは私のことが好きじゃないみたい。
使用人の中で一番仲のよい、ルシーに部屋へ連れて行かれる。
「やっぱり、あなたからの目で見てもお父さまは私を嫌っているわよね?」
「旦那さまは、お嬢様のことは嫌っていないと思います。ただ、態度がちょっとアレなだけで』
「いや、目もまともに合わせてくれないのよ?話すのを諦めようかしら」
「何事も挑戦です。明日の朝食でこの三ヶ月会ったことを話してみるのはどうでしょう」
「そうね、そうするわ。おやすみなさい」

翌朝、いつもより少しだけ早起きをして、いつもより可愛い新しいドレスを着て、朝食の場へ向かう。
「お父さま、お母さま、おはようございます」
「おはよう、エミリー」
「……」
やっぱりね、お父さまは挨拶さえ返してくれない。
娘からの挨拶を返さない人なんて、人じゃないわ。
やっぱり、私はお父さまと話すことは一生無理なのかも。いやいや、取り敢えず言ってみよう。挑戦大事。
「お父さま?この三か月であったことをお伝えしますね」
庭の花が綺麗に咲いて綺麗であること。新しいドレスを買って、今それを着ていること、家庭教師の先生に勉強を褒められたこと。初めて食べた料理が美味しくて、お父さまにも食べてもらいたいこと。
色々話したけれど、反応なし。
よし、これだけ言ったらお父さまと話すことをもうやめよう。
「お父さま?私、公爵家のフェンデル様と仲良くなったの。今度町にお忍びでお出かけすることになったわ。
それじゃ、お先に失礼します」
お母さまとは、話すのになんで私とは話してくれないのかしら?もう、いいけれど。


私には密かな趣味がある。
私の部屋の大きな窓を開け放ち、その先のギリギリ立つことのできるところへ立って、街の夜景を見ること。
小さな手すりに寄りかかって、真っ暗な闇の中に浮かぶ家の灯を眺める。この夜景を見ることで私の心は安らぐ。気持ちよくなって瞼がだんだん重くなってきた。
今夜は、満月なのもあっていつもよりも良く街を照らしている。眠いのも我慢してもっと見たい、と身を乗り出した。
その時、「エミリー!危ない!」
「え?なに?」
気づいたら誰かの腕の中にいた。後ろのベッドに倒れ込んでだれか確認すると、お父さまだった。え?なんで?
「お父さま?なぜ、ここにいらっしゃるのです?」
「なんでって、エミリーが話しかけてくれなかったからだよ。なんでだ?なにか悩みでもあるのか?」
何を言っているんだろう。
「なぜ話しかけられるのが当たり前なのですか?それに話しかけてもお返事をいただいたことが私にはありません。話しかけたくなくなるのも、当たり前でしょう?」
衝撃を受けたような顔をしたお父さま、バカなのかしら。
「……、え、あ、う、その。エミリーが可愛くて見てられないくらい可愛くて、声がうわずってしまいそうで。すまなかった」
今度は私が目を丸くする番だった。
だって、こんなに長く会話したの初めてだし、しかも可愛いって!二回も!二回もよ?!
「お父さま、私、記憶の限り今初めてお話ししました。これがどういうことか分かりますか?私の気持ちを考えてくださったことはないのですか?私は話しても話しても相槌のない会話は、悲しくて寂しかったです。もう、そんなのしたくないのです」
「すまなかった。気をつけることにする。これからも話してくれるだろうか?」
「ん〜、そうですわね。仕方がないので許して差し上げますわよ?」
パァっと明るくなったお父さまの笑顔。
私が本当に見たかったのはこの光だったの。



この日以来、一緒に街の灯りを見るようになった。
忙しい日もここでなら、ゆっくり話せるもの。
「ところで、エミリー。フェンデル君とは、どれだけ仲良くしているんだ?」
「ふふふ、お父さま気になるの?」
あの日、私が飛び降りるつもりだったと勘違いしていたお父さま。その誤解を解けたは良いけど、また別に問題ができちゃった。
私の答えを待って少し不安げにしているけれど、もう少しいじめてあげたくなっちゃった。いいわよね?ちょっとだもの。
「将来を誓い合ってキスまでする仲よ!」
お父さまがどんな反応を示したか、貴方たちなら想像つくわよね?

7/8/2023, 1:12:33 PM