ドンっ。目の前で大きな夜の花が咲いた。
ヒューと音を立てて空高く登っていく。と言っても高さは僕の目線と変わらない。下の方から「キャー」という歓声を上げている人の声が聞こえる。
数年ぶりに着た浴衣をはだけさせて、胡座をかいて分厚い苔の生えた岩の上に座る。何も考えないまま、流れゆく景色を眺めていると背中の方で足音がした。
こんな時間にここに来るのは、決まりきっている。
アイツだ。
「よう、来たのか、元気そうだな」
トトっと軽々岩に飛び乗ってきた三毛猫に話しかける。顎の下を撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らした。僕がここに来ると必ずやってくる可愛いやつだ。
ちなみに僕がいるのは、古びた神社の一画。神官もいない、参拝者もいない、忘れ去られた神社。かつては、お供物もよくあったと爺ちゃんに聞いた。巫女が舞を披露して、年越しだけじゃなくても多くの人がやってきたらしい。らしい、というのは爺ちゃんはもう死んだから。去年の秋にぽっくり逝ってしまった。それからは一人で暮らしていたが、老朽化が進んでいたのか、あっさり木造の家は壊れた。しょうがなく、神社の神殿の端のほうで小さくなって住まわせてもらっている。カミサマがいるなら、怒られそうだけど、許してもらおう。
「なぁ、いつまでこの生活が続くと思う?」
「ナァーゴ」
「だよなぁ。ケジメつけないといけねーよな」
喉は触らせてくれるのに、腹は決して撫でさせてくれない。心を許してもらえてないのかと思えば、隣で大人しく丸くなって寝ている。
ああ、そろそろ花火が終わりそうだ。
「腹括るかぁー。この花火お前と見るの、これで最後かもな」
頭上まで伸びた桃の木の枝についた熟れた実をちぎる。柔い皮をめくって食べれば、甘かった。
「これからどうなっちゃうんだろうな。これぞ、かみのみぞ知るってか?」
さみしいなぁ。
ため息と同時にドーンっと最後に大きな花が開いた。
7/4/2023, 11:59:34 AM