『私の名前』
愛馬のディアブロに跨り森の中を駆けていた
悪役令嬢は、見慣れぬ場所を発見しました。
「む、こんな所にトンネルがありますわ」
馬を近くに待機させて奥へ進んでいくと、
目の前に広がっていたのは
赤提灯が揺らめく謎の街。
色々あって彼女は、この世界の湯屋で
働くことを余儀なくされます。
「ここで働かせてくださいまし!」
湯屋を取り仕切る魔女のもとへ向かい、
働かせてほしいと頼む悪役令嬢。
魔女は彼女に契約書を渡し、
名前を書くよう命じました。
メアリー・スー・バラシー・ドラコニア
「贅沢な名前だねえ。お前は今日からメだよ。
さあ、しっかり働きな、メ!」
(メ?ただのメ?あまりにも短すぎますわ!)
それからというもの、メは朝から晩まで
休む間もなく働かされました。
雑巾がけ、配膳、巨大な風呂釜の掃除と、
慣れない仕事の連続。
「新入り、ちゃっちゃと働きな!」
(はあはあ、きちいですわ!)
贅沢な暮らしを謳歌してきた彼女にとって、
ここでの日々は過酷そのもの。
ヒヨコや角の生えた客、カエルやナメクジの
見た目をした従業員が行き交う摩訶不思議な
湯屋で、メは銀髪に金色の瞳を持つ
チャンという少年と出会います。
チャンはメに優しく接してくれる唯一の存在
で、彼女にとって大きな慰めとなったのです。
「チャンはなぜここで働いているのですか?」
ある日、湯屋の所有する畑でチャンがくれた
塩おむすびを頬張りながら、メは尋ねました。
「俺には、記憶がないんだ。自分が何者で、
どこから来たのかも分からない」
チャンの金色の瞳が遠くを見つめます。
メは驚きました。彼もまた、魔女に名前を
奪われ、この世界に閉じ込められた
存在だったのです。
「でもきっと俺たちには本当の名前がある。
そして、帰るべき場所が……」
「ええ、そうですわね」
二人は誓います。記憶を取り戻し、
この世界から脱出する方法を見つけ出すことを。
しかし、彼らの前には数々の試練が
待ち受けていました。
果たして二人は魔女の監視の目をくぐり抜け、
真の名前と自由を取り戻すことが
できるのでしょうか。
『視線の先には』
「あら、これは何かしら」
倉庫の片付けをしていた悪役令嬢は、
埃にまみれた箱の中から一枚のDVDを見つけた。
黒塗りされたパッケージには
『死霊の盆踊り』と赤い文字で書かれている。
気になった悪役令嬢は
魔術師に相談してみる事にした。
「ふむ、これは興味深い代物ですね。面白そう
じゃありませんか。ぜひ皆で見ましょう!」
魔術師の一声によって、
悪役令嬢の屋敷で鑑賞会が始まった。
カーテンを閉めきった涼しい室内には、
バターの香りが漂うポップコーンとコーラ
ふかふかのクッションとソファが用意され、
オシャレなシアタールームの完成だ。
悪役令嬢、魔術師、執事のセバスチャン、
メイドのベッキーの四人は期待と不安が
入り交じった表情でゴクリと息を飲む。
イービルアイのプロジェクターにより
壁に映像が映し出された。
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(何ですのこれは、クソつまんねーですわ!)
映画の内容は、死霊と名乗る女性たちが
延々と踊り続ける意味不明なものだった。
ちらりと他の者たちの様子を伺う悪役令嬢。
セバスチャンは礼儀正しく座っているものの、
明らかに寝ている。
ベッキーは目を擦りながら睡魔と戦っている。
魔術師は目を爛々と輝かせながら、
映画に魅入っていた。
ようやく映画は終わり、エンドロールに突入。
「私、人生の中でこれほどまでに
くだらないものを見たのは初めてですわ」
どっと疲れた悪役令嬢。
「いやあ、なかなか見応えがありましたね!
特に二番目に登場した女優さんが良かったです」
面白そうに感想を語る魔術師。
「ですね!女優さんたちが皆お綺麗で
ダンスが上手でした!」
頑張って褒めようとするベッキー。
「すみません、途中から寝てました」
ようやく起きたセバスチャン。
こうして映画鑑賞会は幕を閉じた。
「お嬢様!あれを見てください!」
突然、窓の外を指差すベッキー。
視線の先に広がっていた光景────
空には暗雲が立ち込め、なんと地面からは
朽ちた手が飛び出してきたではないか。
「な、な、な、一体全体
どうしたというのですか!」
「もしかするとあのDVDには、死霊を復活
させる呪いがかけられていたのかもしれません」
「なんですって!?」
魔術師の言葉に唖然とする悪役令嬢。
眠りから蘇った死霊たちが、呻き声を
上げながら悪役令嬢の屋敷に近づいてくる。
「主、戦闘準備を!」
悪役令嬢は扇子、セバスチャンはナイフ、
魔術師は杖、ベッキーはフライパンを手に持つ。
こうして死霊たちとの激しい攻防戦が
幕を開けたのである。
果たして彼らは無事に
この危機を乗り越えられるのか?
それとも────。
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ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙
🧟♂️🧟♀️🧟♂️🧟♀️🧟♂️🧟♀️🧟♂️🧟♀️🧟♂️🧟♀️🧟♂️🧟♀️🧟♂️
🏠👸🏻🐺🧙♂️👧⁉️
悪役令嬢の屋敷に死霊の大群が
襲いかかってきた!
腐敗した肉の臭気が風に乗って漂う中、
悪役令嬢たちはすぐさまバリケードを作り
魔術師が魔法の城壁を張り巡らさせる。
「一時的な防壁です。長くは持ちません」
「主、ベッキー。噛み付かれたり、
引っかかれないよう気をつけてください」
「もちのろんですわ!」
「了解です!」
悪役令嬢が扇子を持って舞うと、宙に木の杭が
幾重にも現れ、死霊たちの頭蓋骨を貫く。
「お嬢様、すごいです!」
「奴らには頭への攻撃が有効なようですね」
ベッキーが感嘆の声を上げ、セバスチャンが
鋭い眼光で死霊共を見据えた。
セバスチャンの放ったナイフが空気を
裂いて、次々と死霊の脳天に突き刺さる。
近づいてきた死霊相手には背後に回り込み、
首の骨をこきりと折る。
魔術師が杖を構えて呪文を唱えると、
死霊たちの周りに炎の壁が築き上げられた。
刃と化した火炎が屍たちを焼き尽くす光景は、
まるで地獄の業火のようだ。
「えいやっ!これでもくらえ!」
ベッキーがバリケードのすぐ側まで来ていた
死霊の頭をフライパンの底で力いっぱい叩き潰す。
「くっ、数が多すぎる」
次から次へ湧いてくる死霊たち。
倒しても倒してもキリがない。
「最後の手段ですわ。皆さん、私に続いて
この呪文を唱えてくださいまし」
悪役令嬢が呪文を唱え初め、
他の三人も声を合わせた。
「イワコデジマイワコデジマ、
ホンコワ・ゴジキリ!」
「カイ」「トウ」「ホウ」「ブ」
「ジャッキ・タイサン」
「「「「カーーーーッ!!!!」」」」
しゅわわわわああああ✨️✨️✨️✨️
眩い光が闇を払い、
死霊たちが天へ召されていく。
「死霊たちよ、安らかに眠りなさい」
夜が明け、四人は疲れた表情で朝日を眺めた。
「全く、なんて一日だったのかしら」
「予想外の展開でしたが、結果オーライという
ところでしょうか。皆さんお疲れ様でした」
「ともかく全員無事でよかった」
「ほっとしてまだ手の震えが……」
朝日に照らされた庭で、
淹れたてのコーヒーを飲む四人。
コーヒーの芳醇な香りが彼らを包み込む。
こうして死霊たちとの激しい闘いは
幕を閉じたのであった。
『私だけ』
ここは私立ヘンテコリン学園一年P組の教室。
「さすがメア様!」
「物知り~!」
「おほほほほ、私は何でも知ってますわよ」
今日も今日とて悪役令嬢は取り巻きたちに
ヨイショされていた。
「そういえば、この間の
ズンドコベロンチョ見た?」
「見た見た!すごく可愛かったよね!
メア様もご覧になられましたか?」
「えっ……」
初めて耳にする単語に戸惑う悪役令嬢。
「え、ええ……とてもよかったですわ」
「「ですよねー!」」
その日、クラスの間ではズンドコベロンチョ
(略してズンベロ)の話題で盛り上がっていた。
「ズンドコベロンチョ最高!」
「斬新すぎるだろ、ズンドコベロンチョ」
「ズンベロしか勝たん」
ズンドコベロンチョ?何ですのそれ。
「ねえ、あなた。ズンドコベロンチョに
ついてご存知かしら」
悪役令嬢は学級委員こと魔術師に尋ねた。
「もちろん。最近流行ってますよね、ズンベロ」
「ふ、ふ~ん」
「もしかして……お嬢様、ご存知ない?!」
「そ、そ、そ、そんな訳ないじゃないですか!
知ってますとも、当然ですわ!」
悪役令嬢は放課後、こっそり学校の図書室に
入り浸り、ズンドコベロンチョについて調べた。
だが、辞書を引いて図鑑を開いて文献を漁れど、
それらしき情報はどこにも載っていない。
(こうなったら最後の頼みの綱、
セバスチャンに聞くしかないですわ!)
「セバスチャン、ちょっといいですか」
「主?どうなされましたか」
「フェンリル君!」
丁度のタイミングで、
同級生のモブ崎モブ子が乱入してきた。
(ちっ、余計な邪魔が入りましたわ)
悪役令嬢の横で話す二人の内容も
ズンドコベロンチョについてだ。
右も左も、老いも若きも、男も女も
ズンドコベロンチョの話で持ち切り。
もしや、知らないの……私だけ?
食べ物?音楽?ファッション?動物?遊び?
キャラクターの名前?キャッチフレーズ?
あーもう全然わかりませんわ。
ズンドコベロンチョって何ですの?
ズンドコベロンチョってなんですのー?!
『終わりにしよう』
華やかな貴族のサロンに、色とりどりの
ドレスを纏ったレディ達が集う。
その中でも一際目を引くのは、
深紅のドレスに身を包んだ悪役令嬢。
「前から疑問に思っていた事なのですが、
メア様はなぜ悪役令嬢と名乗って
いらっしゃるのでしょうか?」
貴婦人の問いかけに、
悪役令嬢が自信満々に答える。
「ふふん、それはですね……。私が神から
悪役令嬢になるようにと命じられ、
この地に産み落とされたからですわ」
「まあ、なんと崇高な使命を……!
素晴らしいですわ、メア様!」
「おほほほほ!そんなに褒めないでくださいまし」
周りからヨイショされてご満悦の悪役令嬢。
だがしかし、彼女の地獄耳は隅で囁き合う
若い令嬢たちの声を聞き逃さなかった。
「神から与えられた使命?ですってw」
「自分で言ってて恥ずかしくないのかしら」
「そこのコソコソ話してる二名!
聞こえてますわよ」
悪役令嬢の言葉に、二人は慌てて
扇子をパタパタとあおいだ。
コツコツと踵の高い靴を鳴らして
回廊を歩く悪役令嬢。
「メアか、久しいな」
振り返ると、黒髪を後ろに撫で付けた美しい
紳士、彼女の兄であるウィルムが立っていた。
「お、お兄様……ご機嫌麗しゅう」
「お前が悪役令嬢と名乗っていると貴族たちが
噂していたぞ。最近、流行っているらしいな。
異世界転生?無双?あんなのは現実の暮らしが
上手くいってない輩が読む本だろう?お前も
いい歳なのだから、いい加減卒業したらどうだ」
「うっ」
殺傷能力高めの言葉が悪役令嬢を襲う。
それからも兄の小言は延々と続き、
ようやく解放された彼女は
薔薇園のガゼボで深い溜息をついた。
「もう、これで終わりにしようかしら」
「何を終わりにするのですか?」
優雅な足取りで近づいてきた魔術師。
フロックコートを華麗に着こなす姿は、
まるでどこかの貴公子のようだ。
「あら、あなたがこのような場に
顔を出すのは珍しいですわね」
彼は孤児院の子どもたちが作った
ビーズのアクセサリーを売りに来ていたという。
「金と暇を持て余した貴族たちは施しの機会に
飢えていますからね。ところで先程は
一人で何を話されていたのですか」
「もう悪役令嬢と名乗るのをやめようかと」
「えーっ!」
事情を聞いた魔術師は
うんうんと深くと頷いた。
「僕もよく祖父に言われますよ。お前には
責任感がない、貴族が中流階級や労働者階級
の人々のように働くのは恥ずべき行為だとか」
「あなたは家督を継いだら
店を閉じてしまうのですか」
「とんでもない!これからも続けていきますよ」
我が道を行く魔術師に悪役令嬢を目を細める。
「ふっ、素晴らしい心がけですわね」
彼に励まされた悪役令嬢は、これからも
自分らしく生きていこうと決意したのであった。
『優越感、劣等感』
あたしの名前はモブ崎モブ子!
私立ヘンテコリン学園に通う高校一年生。
「はあ~」
モブ子は鏡の前で溜息をつきながら、
先日耳にした男子たちの会話を思い出していた。
「クラスで一番可愛い子は誰だと思う?」
「リディルちゃんだろ。この前消しゴム
拾ってくれたし、絶対俺に気がある」
リディルは純金と見まがうブロンドの髪と
サファイアのような青い瞳を持つ美少女で、
モブ子の友だちだ。
「メア・リースーは?」
「美人だけど性格がきつい」
メア・リースーは夜空を思わせる黒髪と
ガーネットのような赤い瞳を持つ美少女で、
モブ子のライバルだ。
「じゃあモブ崎は?」
自分の話題が出てドキッとするモブ子。
「んー、良くも悪くも普通」
「中の下?いや、中の中か」
は?なーに好き勝手言っちゃってんの!
その言葉が、
モブ子の胸に深く突き刺さった。
あたしにはリディルちゃんみたいな可愛いさも、
高飛車お嬢様みたいな美しさもない。
目がもっと大きかったらなあ。唇は
もっと小さく、顔のラインはしゅっとして。
あ、こんなところにホクロができてる。
一つ気になりだしたらキリがない。
中庭で落ち込んでいると、
学級委員が声をかけてきた。
「何か悩みでもあるのですか。
この学級委員に何でもご相談を」
モブ子は躊躇しながらも、自分の容姿に
ついてのコンプレックスを話した。
「ふむ、そんな貴方にピッタリの品がこちらに!
『魔法のアイシャドウ』。目元を大きく見せる
効果があります。試しに使ってみますか?」
学級委員が差し出した手鏡に映るは、
少女漫画のヒロインのようなキラキラおめ目。
「今なら半額です。この機会をお見逃しなく!」
「買います!」
それからモブ子はお小遣いをはたいて
美容品を買い漁り、毎朝メイクに
時間をかけ、髪型も変え、校則ギリギリの
スカート丈で学校に通った。
ある日、ドキドキしながら絶賛片思い中の
セバスチャン・フェンリル君に声をかけた。
「おはようフェンリル君!
あ、あのさ、いつもと違うのわかる?」
「?どこが変わったのかわからない」
がーん!!あたしの今までの努力は……。
「あら、モブ崎さん。ごきげんよう。
魔術師から事情は聞きましたわ」
項垂れるモブ子に高飛車お嬢様が
声をかけてきた。
「モブ崎さん、私とあの子は神が丹精込めて
作った至高の芸術作品ですから、
いちいち比べていたら身が持ちませんわよ」
優越感をひけらかすように
胸を張る高飛車お嬢様。
はえ~、ここまで来るとむしろ清々しい。
その夜、モブ子は自分の素顔を見つめ直した。
他人と比較する事の無意味さ、虚しさを痛感した
彼女は、過度な美しさへの執着をやめ、
心身共に鍛えることにしたのであった。