『優しくしないで』
あたしの名前はモブ崎モブ子!
私立ヘンテコリン学園に通う高校一年生。
あたしは現在、学園西側に位置する
「秘密の花園」と呼ばれる場所に来ています。
ここは生徒達も滅多に立ち寄らない
絶好の穴場スポット!
一人で考え事したい時なんかによく訪れるのだ。
風に揺られてざわざわと音を鳴らす木々や
馨しい花の香り、涼やかなそよ風に癒されていると、
誰かの気配を感じた。
振り向けばそこにいたのは入学当初から
気になっていた銀髪の不良青年。
精悍な顔立ちと、制服の上からでもわかる
野生の獣のようなしなやかで引き締まった
体つきに目を奪われる。
「おい、あんた」
不意に声をかけられて辺りをきょろきょろと
見回す。ここにはモブ子と不良以外誰もいない。
え、あたしのこと?
不良イケメンがどんどん距離を詰めるので、
あたしはどんどん後ずさった。
ほどなくして背中がレンガの壁にぶつかる。
ひええええええええ
これが噂の壁ドンって奴?
金色の瞳に見下ろされると、まるで肉食獣に
狙われる小動物みたいな気分になってしまう。
不良イケメンはあたしを壁際まで追い詰めると、
こちらへ手を伸ばしてきた。
反射的にぎゅっと目を瞑る。
びくびくと震えながら身を縮こませていると、
髪に優しく触れられる感触がした。
恐る恐る瞼を開くと、
彼は指に黄金色の細長い物体を摘んでいる。
「芋けんぴ、髪に付いてた」
カリッ
そう言って不良イケメンは手にした芋けんぴを齧った。
ちらりと見えた鋭い犬歯がワイルドで
不覚にもドキッとしてしまう。
う…わ──────!!!!!
今朝食べてきた芋けんぴじゃん。
超恥ずかしい!!!
湧き上がる羞恥心に悶える中、
あたしは次の言葉を必死に紡いだ。
「あ、あの!ありがと──」
「セバスチャン!」
お礼を言おうとした瞬間、
誰かが名前を呼ぶ声がした。
「!主」
彼はその声を聞いた途端、飼い主に名前を
呼ばれた忠犬のように背筋をピン!と伸ばして、
声のした方向へ一目散に向かった。
その場に一人取り残されるあたし。
視線の先では、不良イケメンと高飛車お嬢様が
何やら親しげに話している。
……。
…………。
「優しくしないで」
小さく小さく虫の鳴き声よりも弱くそう呟いた。
それは一体どちらに向けて放った言葉だろう。
モブ子は自分の中に芽生えた感情の名前を
まだ知らなかった。
『カラフル』
「こんばんは、お嬢様」
夜風に揺れるカーテンと窓辺に佇む黒い人影。
「魔術師、ご用件は何ですの?」
悪役令嬢が声をかけると、魔術師は微笑みながら
見慣れないお菓子の箱を取り出しました。
「紅茶のお供に茶菓子をご用意いたしました」
「結構ですわ」
きっぱりとした口調で断る悪役令嬢。
「主、お茶をお持ちしました」
「お嬢様、探してた本が見つかりましたよ!」
そこへ執事のセバスチャンとメイドのベッキーが
やって来ました。
「セバスチャン、お菓子はいかがですか?」
眉をひそめて、箱の中身を覗き込むセバスチャン。
「これは一体…」
「百味ビーンズ。色んな味が楽しめるお菓子です。
君もおひとつどうですか?」
魔術師がベッキーに話しかけると、
「えっ、いいんですか?!
じゃあ…あたし、これいただきます!」
好奇心旺盛な彼女はエメラルドグリーンの
ビーンズを受け取りました。
「べ、ベッキー…大丈夫ですの?」
「はい!爽やかな甘酸っぱさが口の中に広がって
美味しいです!」
「ベッキーが食べたのは青りんご味ですね」
お菓子の箱に添付された説明書を読むセバスチャン。
「セバスチャンさんも食べてみてください!」
「…では、俺はこれを」
ベッキーに促されたセバスチャンは、
蛍光色のビーンズを摘んで口に含みました。
「レモンの味がします」
「さあさあ、お嬢様もどうぞ」
にこにこと笑みを浮かべる魔術師に押し付けられ、
嫌々ながらも箱を受け取る悪役令嬢。
青りんご、レモンと無難な味が
続いたならばきっと大丈夫ですわ。
悪役令嬢は斑点の入った
橙色のビーンズを取り出します。
おそらくこれはオレンジ味。
口に入れた瞬間襲ってきたのは、
胃酸を思わせる酸っぱさ、苦み、ちょっとした辛味。
まずい。
飲み込めないほどまずいですわ。
口元を押さえながら震える手付きで
ティーカップを掴むと、紅茶と一緒に
無理矢理流し込みました。
「こ、これは何ですの」
後ろめたそうな顔で
セバスチャンがそっと口を開きます。
「主が食べたものは…ゲロ味です」
げ、ゲロ味ですって??
「お嬢様!どうやら当たりを引いたみたいですね。
おめでとうございます笑」
隣でくすくすと笑う魔術師を見て苛立った悪役令嬢は、
「人に食べさせておいて、
あなたが食べないのは不公平ですわ!」
とクリーム色のビーンズを摘み
彼の口へ押し込みました。
驚いた顔をして、彼女の指先ごと口に含んだ
魔術師は神妙な面持ちで俯きます。
「お味はいかが?」
「…甘みの中に苦みが混じっていて、
何ともいえない味です」
「セバスチャン、説明書を読んでちょうだい」
「はい主。オズワルドが食べたのは、耳くそ味です」
「オーホッホッホ!ざまあごらんなさい!
私を笑った報いですわ!」
高笑いする悪役令嬢の横で首を傾げる魔術師。
「でも案外いけますよ」
「えっ」
それから四人はゲテモノ味に怯えながらも
何だかんだ百味ビーンズを楽しみましたとさ。
『風に乗って』
屋敷で働くベッキーが庭の掃除をしていると、
何やら怪しげな生き物を見つけました。
「お嬢様!お嬢様!」
「そんなに慌ててどうしましたの、ベッキー?」
「に、庭に猫が……」
ただの猫ではありません。
二人が庭へ行くと、そこには紫色の毛並みを
した猫が風に乗ってぷかぷかと浮いていました。
「まあ、チェシャ猫ではありませんか」
「チェシャ猫?」
「知人の店で飼われている猫ですわ。
どうしてこんなところに」
チェシャ猫は、うにゃうにゃと鳴きながら木にぶつかり、ボールのように跳ね返ったかと思いきや、今度は妖精のように姿を消して、悪役令嬢とベッキーの目の前にぽん!と現れたのです。
「にゃ~お腹が空いて力が出ないにゃ~」
どうやら空腹のご様子です。
「ただいま戻りました」
ちょうどその時、買い出しを終えた
セバスチャンが市場から帰って来ました。
手には大きな箱を抱えています。
「おかえりなさい、セバスチャン。
その白い箱は何ですの?」
セバスチャンが蓋を開けると、
中には銀色に煌めくマグロが入っていました。
「うわあ!よかマグロったい!」
ベッキーが栗色の目をきらきらと輝かせています。
「ああ、漁師が勧めてくれたんです。
新鮮で活きのいい魚が手に入ったと」
「生で食べても美味しいみたいですよ!お嬢様!」
「あら、いいですわね」
「うまそうだにゃ~」
セバスチャンが宙に浮かぶ紫色の毛玉に
訝しげな目線を向けます。
「主、この魔物は……」
「魔術師のところに住むチェシャ猫ですわ」
「マグロが食べたいにゃ。
食べるまで帰らにゃいにゃ」
その日の夕食はマグロのおさしみに、マグロとアボカドのサラダ、ネギトロとマグロのステーキでした。
「うみゃいうみゃい」
ご馳走をぺろりと平らげたチェシャ猫は、
満足気に口元を舐めると、悪役令嬢の膝の上
に寝転がって毛繕いを始めました。
それから数日間、チェシャ猫は悪役令嬢の屋敷に住み着き、暫くしてから魔術師が迎えに来て一緒に帰りましたとさ。
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※セバスチャンやチェシャ猫は魔物なので
アボカドやネギを食べても大丈夫です!
『刹那』
これはとある貴族の男の話
彼はギャンブルが好きな酒浸りの浪費家で、仲間と連んでは下の立場の相手を使い鬱憤を晴らす性根の腐った奴だった。
ある日の事、男は酒場で好みの女に強い酒を
勧めて酔わせた後、そのまま宿に持ち帰った。
暫くすると女は泡を吹いて動かなくなった。
はー、めんどくせえ。
また親父に頼んで処理しておくか。
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気が付くと見知らぬ場所にいた。
どこだここ?
口枷と漏斗がはめ込まれた状態で
テーブルの上に縛り付けられた男。
辺りを見回すと、仲間たちと酒場で出会った
あの女がこちらをじっと見下ろしている。
女が手に持った酒瓶を男の口に突っ込むと
勢いよく酒が喉へ流れ込んできた。
ごぼぼぼぼぼっ!苦しい!
「飲んで飲んでー!」
「いっき!いっき!」
周りの連中が手拍子しながら囃し立てる。
ふざけんな!誰かこいつをとめろ!
パンパンになった腹を殴られ、
胃に溜まったものを噴水のように吐き出した。
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場面は移り変わり、
男は檻の中で鎖に繋がれ吊るされていた。
扉が開くと奥から鼻息荒く口から涎を垂らした
豚が飛び出してきた。
ぷぎぃぃぃぃぃぃ!!
腹を空かせた豚たちは男の存在に気が付くと、
一目散に駆け寄ってきて男のスネに齧りつく。
いぎぃぃぃぃい痛い痛い痛い痛い!
足が、俺の足があああああ!!!
「お前さんのような輩は生きているだけで
害悪じゃ。このまま豚の餌になってもらおう」
檻の外で誰かがこちらを覗いている。
そうだ、こいつは、橋の下で仲間と
嬲り殺しにしたあの老いぼれ…
嫌だっ!こんなところで生きたまま豚に
食い殺されるなんて、お願いだ、助けてくれ!頼む!
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目を覚ますと男はベッドの上に横たわっていた。
死んでない。今までのは全て夢だったのか?
安堵する男の傍らで、
闇のように黒い鎧と黒いローブを着た
二人組の男が何か話している。
「薬の効果は如何程だ」
「順調です」
Hyperbolic Time Chamber
この薬を摂取した者は、幻覚を見るようになり
薬を摂取してない者と時間の進み方が違う。
我々にとっては一瞬の出来事でも、
被験者にとっては永遠の時間のように思える。
「けれどまだ試作の段階です。
この者には暫く付き合ってもらわねば」
『生きる意味』
『お前は何のために生きている』
かつて投げかけられた言葉が頭を過ぎる
当時はその問いに何も返せなかった
何のため?自分は何のために生きているのだ
守るものもない、生きる意味さえ見出せない
ただ毎日亡霊のように彷徨い歩くのみ
だから自分は何者にもなれないのか
何かを欲すれば、
富を財産を伴侶を手にすれば
この孤独も心の渇きも痛みもなくなるのか
だが安定した暮らしを手に入れ、
大切な人ができた今でも、
漠然とした不安や孤独は消えない
おそらくそれは一生ついて回るもの
そこまで考えてセバスチャンは我に返った。
銀色の髪をかきあげてため息を吐く。
一人でいると、くよくよと考えなくても
いい事まで考えてしまうのが自分の悪い癖だ。
重たい腰を上げ、紅茶と茶菓子を用意すると、
主のいる書斎へと向かった。
「主、お茶をお持ちしました」
扉を叩くが返事はない。
心配になり中へ入ると、書類が散乱する
机の上に頭を乗せて彼の主は眠っていた。
「こんな所で寝てたら風邪を引きますよ」
華奢な肩を軽く揺するが起きる気配はない。
セバスチャンは、
彼女の背中と両膝に手を回し、そっと
抱き上げ、暖炉の傍にあるソファまで運んだ。
起こさぬよう優しく下ろせば
彼女の匂いがふわりと漂う。
甘くて馨しい落ち着く香りだ。
柔らかなブランケットを彼女の腰部分まで
かけると、ゆっくりと上下する胸元を見つめた。
穏やかに眠る吐息と鼓動の音を感じながら
セバスチャンは考える。
月夜の晩、
俺は主に、いつまでここにいてもいいかと尋ねた。
彼女は俺に、ずっと傍にいていいと言ってくれた。
その言葉を聞いた時、
胸がカッと熱くなり、苦しかった。
だがその苦しさは、昔とは違う。
なぜか心地良ささえ感じる。
自分は、この方の喜ぶことがしたい。
その想いが自分をこの場所に、この世界に留めていた。