悪役令嬢

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4/10/2024, 2:00:19 PM

『春爛漫』

その日、悪役令嬢とセバスチャンは公園に来ていた。

澄み渡る青い空
小鳥たちのさえずり
ざわめく葉の音
散歩道には木漏れ日が差し込み、
地面に咲いたネモフィラが
青い花弁を愛らしく揺らす。

二人の間に優しい風が通り抜けた。
(まだ少し肌寒いですわね…)
悪役令嬢が抱きしめるように両肩を擦ると、
見兼ねたセバスチャンが持参していた
ストールを彼女の肩にそっとかけた。

「風邪をひかないよう気をつけてください」
「ありがとうございます。セバスチャン」

広場まで辿り着くと、見知った顔の者がいた。
その者が杖を振ると、たくさんのしゃぼん玉が
空に浮かび、お日様の光を浴びてきらきらと輝いた。

子どもたちはしゃぎ回り、指先でちょんと突いてから
弾けた姿を見て笑い合ったり、大きなしゃぼん玉を
捕まえようと空に手をのばしたりしている。

「お嬢様ー、セバスチャンー、こんにちはー」
二人の姿に気づいた魔術師が笑顔で手を振ってきた。

魔術師の他にもう一人、知人と遭遇した。
「こんなところで奇遇だね!」
「メインヒロイン!?どうしてここに」
「今日は天気がいいから、外でごはんを食べたら
美味しいだろうなと思ってお弁当を作ってきたの」

彼女が手に抱えていたバスケットの蓋を開けると、
そこにはハムと新鮮な野菜を挟んだパンや、みずみずしい苺と生クリームを包んだクレープが入っていた。

籠の中のご馳走に目を輝かせる悪役令嬢と、そんな
彼女を見てふふっと笑みをこぼすメインヒロイン。
「よかったらみんなで食べましょう」

「お花見ですか、いいですねえ」
いつの間にやら近くに来ていた魔術師が割って入る。

魔術師が杖を振ると、芝生の上に大きな敷物が
敷かれ、ふかふかのクッションや座布団が
ぽん!ぽん!と音をたてながら飛び出してきた。

一同はセバスチャンが魔法瓶に淹れてくれた
紅茶を飲んでホッと一息つく。

ひらひらと舞い散る桜を眺めながら四人は
朗らかな春を堪能したのであった。

4/9/2024, 3:00:02 PM

『誰よりも、ずっと』

「月が綺麗ですわね」

テラスで三日月を眺めながら彼の主は呟く。
その言葉にセバスチャンは何も返せなかった。

三日月は嫌いだ
あの忌々しい夜を思い出すから
満月はもっとおぞましい
自分が制御できなくなるから

「セバスチャン?」
主が怪訝そうに執事の顔を覗き込む。
「すみません、考え事をしていました」
「そう……」

月に照らされた彼女の横顔を見つめていると、
彼は全てを打ち明けてしまいたくなった。

「俺は、いつまでここにいても良いでしょうか?」

セバスチャンは自身の零した言葉が
失言だった事に気が付き、すぐに後悔した。

もしも自分のせいでこの方の名誉に
傷が付くような事があれば、自ら主の元を離れる。
それが従者としてあるべき姿だ。

彼女はその想いを知ってか知らずか、
唇を引き結んだ後、優しい声音で彼に語りかける。

「いつまでだっていなさい。
あなたが私に散々こき使われて、
嫌になって逃げ出したくなるまでね」

セバスチャンは目を見開いた後、
金色の瞳を揺らしながら小さく微笑んだ。

「……あの日、俺を見つけてくれて
ありがとうございます」

彼は主の手をそっと掴んで口付けた。

「あなたが俺の主でよかった」

セバスチャンはそのまま長いあいだ、
彼女の手の甲にキスを捧げていた。

やがて胸がいっぱいになり、
恥ずかしくなって急いでその手を離す。

「申し訳ございません……」
「いいえ、かまいませんわ」
二人の間に沈黙が流れた。

「今日はもういいですわ。
あなたも休んでください、セバスチャン」
「はい。失礼いたします」

執事は深々とお辞儀をしてその場を去った。

「セバスチャン……」

ひとり残された彼女はたまらなくなって、
手を胸の前で握り締め涙を流した。

魔物と人との間に生まれた者に
待ち受ける運命は残酷だ。

どちらにもなり切れず、人々からは忌み嫌われ、
排除され、隠れながら生きていくしかない。

この世の全てを憎み、力のかぎりを出し尽くし、
暴れまわり、魔物と同じように討伐される者も
いれば、自ら命を絶つ者も少なくない。

今まで周りに頼る事も出来ず、一人で生きてきた
彼には、誰よりも幸せになってほしかった。

彼女は夜空に浮かぶ三日月へ祈りを捧げる。
これ以上あの者を苦しめないでほしいと────

4/8/2024, 3:00:04 PM

『これからも、ずっと』

とある小さな村に一人の青年が暮らしていた。
ここは大きな事件も事故もなく、
ゆるやかな時が流れるのどかな村だった。

納屋に藁を運んでいると
突然、誰かに声をかけられる。
それは以前、木から落ちてきたところを
受けとめて助けた少女だった。
地面に落ちていた雛を巣に戻そうとして
足を滑らせたらしい。

「あの、たくさん作ったからよければどうぞ!」
少女から差し出されたクッキーに
目を丸くする青年。
「……ありがとう」
礼を言うと少女は顔を真っ赤にして逃げていった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

近頃、村で飼っている鶏や山羊が
不可解な死を遂げている。

イタチか野犬の仕業だろうと皆が噂していた所
に占い師と名乗る女が村へとやってきた。

女は水晶玉に手をかざしながら、
村人達に静かに言い放つ。

「この村には人狼がいる。そいつを始末しない
かぎり、毎晩、犠牲が出るだろう」

当初は誰もが占い師の言葉を疑った。
しかし青年だけは、
嫌な胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。

翌日────
麦畑の方が何やら騒がしい。
青年が現場へ急ぐと、
村人達が集まり何かを取り囲んでいた。
それはまだ幼い子どもの死体だった。

「可哀想に!」
「誰がこんな惨い事を……」
子どもの亡骸には何者かに絞め殺されたような
跡と独特の不快な臭いがついていた。

「見つけた!見つけた!」
占い師の女が興奮した様子で
駆け寄ってきて、青年を指さす。

「この者が人狼よ!間違いないわ!」
村人たちの猜疑心に満ちた目が
一斉に青年へと向けられる。

「その人は嘘つきよ!」
少女が占い師に向かって叫んだ。

「どこかで見覚えがある気がしたの。
以前訪れた町でこの人は詐欺師として有名だった」
「そいつは本当か?」

村人達から問い詰められた占い師は、
しどろもどろになりながら弁解をした。

「ま、まあ、そういった事が全くなかったわけ
ではないけど……、っ、占いだけで
生計を立てていく のは難しいのよっ」
占い師への信用は地に落ちた。

今夜は誰も外へ出るなとの警告が出された。
一方その頃青年は荷造りをしていた。
今すぐこの村を出ていかなければ。

ふと青年はその手を止めた。青年にしか
聞き取れない小さな悲鳴が聞こえてきたのだ。

悲鳴がした方へ走り、勢いよく納屋の扉を
開けた瞬間、強烈な血と精の臭いが鼻を突く。
子どもの亡骸から嗅ぎとったものと同じ臭いだ。

「おまえ、どうしてここに」
そこにいたのは村の地主の息子と
もう一人、男の下で衣服を剥ぎ取られ
人形のように動かない────

青年の心臓がばくばくと脈打つ。
それは、青年を慕い庇ってくれたあの少女だった。

男は開き直ったように青年へ語り始める。
「家畜に手を出すのも飽きてきたところだったのさ。
こいつも下手に暴れなければ死なずにすんだも」

その先の言葉はなかった。
青年が男の首を掻き切っていたからだ。

青年は目を見開いたまま横たわる少女へ
近寄り、血で汚れていない方の手を
額にかざして、その瞼を閉じた。

「いたぞ!」
騒ぎを聞き付けた村人達が
納屋へと駆け込んできた。

地面に転がる二つの死体と
血に染まった半獣の青年。

怒りと恐怖に震える村人達の
後ろで占い師の女が高らかに叫んだ。
「ほらごらんなさい!あたくしの言ったとおり!」

青年は農具を持って襲いかかってくる
村人達を掻い潜り納屋から飛び出した。

畑を、森の中を、ただひたすら駆けて、
追っ手が辿り着けない場所まで来ると、
ようやく青年は足を止めた。

一体、いつまで自分はこんな
生き方をしなければならないのだろうか。

夜空に浮かぶ三日月へ問いかけるが、
月は無慈悲にもただ青年を照らすだけだった。

4/6/2024, 9:50:28 PM

『君の目を見つめると』

「私の目を見なさい」
ククク、この者の命は今、我が手中に握られている。
生かすも殺すも私の自由。

悪役令嬢は獲物の黒くつぶらな瞳を見つめた。

「さあ、とっとと白状なさい!この盗っ人!
私のお芋ケーキを食べたのはお前ですわね?!」

腕の中にいる標的のぶよぶよとした
脂肪をつまみながら尋問する悪役令嬢

私が楽しみに取っておいたお芋ケーキ。
お気に入りのテラスでセバスチャンが淹れてくれた
紅茶と一緒に味わおうと思っていたのに!
少し目を離した隙に、テーブルの上に置かれた
お芋ケーキは忽然と姿を消していたのだ。

そう、犯人はコイツ。
ふてぶてしいフォルムに何を考えているのか
わからないぽけーっとした表情

こいつの正体はマーモット。
庭に植えている野菜や果物を
食い荒らしていく極悪人(獣)ですわ!

海よりも深く寛大な心を持つこの私が
目を瞑ってやっていたにも関わらず、
この者は私のお気に入りを奪うという大罪を犯した。

これは生かしてはおけません。
「おほほほほ!セバスチャン?今日の夕食は
マーモットの丸焼きと行きましょうか?
マーモット鍋でも良いですわね~」

小動物相手に怒りの業火を燃やす悪役令嬢を
セバスチャンは暖かい目で見守っていた。

4/5/2024, 3:23:03 PM

『星空の下で』

ここはドラゴンが住むといわれる山
星空の下で焚き火を囲みながら談笑をする4人組
シャコビ、スズ、パネム、ズブー
彼らは密猟者である。

人間たちの狩りによって年々数を減らし、
今では絶滅危惧種に指定されているドラゴン
そんな数少ない魔物を狙う輩だ。

ドラゴンの牙や鱗や肉は高値で売れる。
焚き火を囲みながら彼らは得た
報酬を何に使うかなどを語り合っていた。

「おい、誰かいるぞ」
「まさか見張りか?」
四人の視界の先、
白塗りされた顔と裂けた様に真っ赤な口をした
道化師が大木から顔を覗かせ、男たちを見つめていた。

「なんだあいつ。気味が悪い」
「山を降りた先に小さな村がある。
そこに住む精神異常者か何かだろ」
「お遊戯会場はここですか?」
「おい、やめろよ」
「😶」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「小便行ってくる」
「ウス」
「気をつけろよ」
「イカレピエロが待ち構えてるかもしれないぞ」
シャコビは暗い森の中へと消えていった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「シャコビ遅いな」
「どうせ大の方だろ」
「ちょっと見てくるわ」
スズは立ち上がり森の中へ足を踏み入れた。

ランタンで辺りを照らしながら
シャコビの名前を呼ぶスズ。
背後から何者かが枝を踏む音がした。
振り返るとそこには先程の道化師が立っていた。
首元にはシャコビがいつも
身につけていた赤いスカーフが巻かれている。
「あいつをどこへやった?!」
「🤭」
道化師は笑っていた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
シャコビだけでなくスズまでも帰ってこない。
残されたパネムとズブーは不安に駆られた。
「まさか、さっきのイカレピエロの仕業じゃ」
「そんなわけ」
「俺も見てくる」
「おい待て、パネム!」
とうとう一人残されたズブーは
三人が消えた暗闇を見つめていた。

誰かがこちらへ近付いてくる。
それはシャコビでもスズでもパネムでもなく
あの道化師だった。
手に何かをぶら下げている。
目を凝らして見るとそれはスズの頭部だった。

ズブーは尻もちをついた。道化師はニタニタと
笑みを浮かべながら距離を縮めてくる。
殺される、そんな考えが頭をよぎった次の瞬間

「くたばりやがれ!キ〇ガイ!」
パネムが背後から道化師の頭部めがけて銃を放った。

「🤯⁉️」
道化師の頭が破裂し、中から飛び出してきた
ポップコーンがズブーの足元に散らばった。

「やったか?!」
崩れ落ちる道化師と
顔を手で覆いながらうずくまるパネム。

出来たてホカホカのポップコーンが
パネムの両目に直撃したのだ。

「あああああ目があああああ!」
「パネム!しっかりしろ!」

ズブーがパネムに気を取られている間に、
頭を失った道化師の身体は、
何かを探すようにフラフラと手を彷徨わせている。

道化師の胴体は地面に落ちていた
スズの頭を拾い上げると、自身の首元へ嵌め込んだ。
するとスズの顔はどんどん
白塗りされた道化師の顔へと変貌していった。

「ꉂ😆」
パネムとズブーを見下ろしながら
ケタケタと腹を抱えて笑う道化師

ズブーは命乞いをした。
「頼む、何でも、何でもするから!
俺たちだけは見逃してくれっ!」
「🤔?」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
煌めく星空の下
道化師は陽気な足取りで森の中を歩いていた。
ふと足を止め、手に抱えていた
血が滴り落ちる袋の中身を覗いてニヤリと笑う。
そこには男たちからもぎ取った
金歯や皮膚や臓物が入っていた。

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