悪役令嬢

Open App
3/31/2024, 2:09:08 PM

『幸せに』

細い裏路地を通り抜けた先、
蔦に絡まれたレンガ作りの建物が姿を現した。

ここは知る人ぞ知る『魔術師のお店』
重厚な木製のドアを押し開けると、
店内からお香や薬草、焼きたてのパンプキンパイ
のような甘い匂いが漂ってきた。

動くカブトムシチョコを使って対戦する男の子たち、
指にはめた宝石キャンディを見せあう女の子たち。

受付には緑色の肌をしたホブゴブリンが立っており、
店の奥では妖精のブラウニーが、
ぐつぐつと煮え立つ大鍋を
大きな木のスプーンで掻き回していた。
鍋の中の液体を紙で出来たコップに注いで、
子ども達に手渡している。

「一杯どうぞ!」
差し出された泡立つ緑色の液体からは
何やらうめき声が聞こえてくる。
(これ飲んでも大丈夫なんですの…?)
恐る恐る口に含んでみる悪役令嬢。
(あら、結構いけますわね。見た目はアレですけど)

「にゃ~ご」
突如、頭上から鳴き声がした。
見上げると紫色の毛並みをした猫がにんまりと
笑いながら空中をぷかぷかと浮いている。

「にゃにか買っていくにゃ~」
悪役令嬢の頬を桃色の肉球でふにふにと押してくる。

「こら、チェシャ猫。
お嬢様を困らせてはいけませんよ」

いつの間にか背後にいた魔術師が長い指で
チェシャ猫の顎を撫でると、チェシャ猫は
気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。

「お店、繁盛してますわね」
「はい、皆が幸せになれるような商品をご提供する事
こそが私の目標。本当にありがたいです」
「殊勝な発言ですけど、あなたが言うと
なんだか胡散臭く聞こえますわ」

「ところで今日はどういったご用件で?」
「次の任務で使うための変身薬が欲しいんですの。
取り揃えています?」
「はい。そういえば、婚約者から
情報を盗み出す件はどうなりました?」

事の一部始終を魔術師に話す悪役令嬢。

「なるほど……剣を所持しているのは王都にいる
王族の誰かまでは絞れたという事ですね」
「ええ、もっと聞き出しておけばよかったですわ」

「十分ですよ。……お嬢様、もし、婚約破棄
されなかったらそのまま結婚していましたか」
「いいえ、きっとどこかで綻びが出たと思いますわ。
それに、どうせなら愛し合う者同士で
結ばれたいですし……」

「へえ…そういえば明日は『嘘をついても良い日』
みたいですね。ご存知でしたか?」
「ええ、それがどうかしました?」
「お嬢様が幸せな夢を見られるように、
私がおまじないをかけておきますね」

魔術師は口元に人差し指を当て妖しく微笑んだ。

(また何か企んでいますわね……)
悪い輩が入ってこないように
明日はしっかり戸締りしておかなくては。
悪役令嬢はそう決心したのであった。

3/30/2024, 6:27:40 PM

『何気ないふり』

「グラム殿下」
騎士が己の主君に声をかけた。
「ここ最近の貴方はずっと塞ぎ込んでおられる」

国王陛下が病に倒れてからずっと、彼はこの国の未来
を憂いている。その重荷は常人には計り知れない。

「近頃、王都近辺に魔物が出没するように
なったとの報告を受けた」
「はい」

「幸いまだ犠牲者は出ていないようだが……、
"あれ"があるかぎり王都の中にまでは
入ってこられまい。だが、それも時間の問題だ」

「貴方はその件について悩まされていたのですか?」
「それだけではない。最近、議会派が日増しに勢力を
付け始めている。彼らに対して強く出れない
この俺に、貴族たちもきっと呆れ返っている
事だろう。俺は自分が情けない」

「殿下、少し休息を取られた方がよいかと」
「へシアン。お前は、俺の味方でいてくれるか?」

青い瞳が、最も信頼を寄せる騎士へと向けられる。
「……はい、殿下」

騎士に胸の内を吐露して少し落ち着いたのか
グラムはある相談を持ちかけた。
「へシアン、お前に頼みがある」

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「メインヒロイン!次こそはあなたに決闘を
申し込みますからね!」
「うん!わかった!」
友人(?)から宣戦布告を受けている娘を
ローブを着た二人組が物陰から見つめていた。

「リディル」
名前を呼ばれて娘は振り返る。
「兄さん?」
彼女は顔を綻ばせながら二人へ近付いてきた。
「まあどうしてここに?」
「お前の顔が見たくて抜け出してきたんだ」
「そうなんだ。へシアン、あなたも一緒なのね」
「はい」
横にいる騎士に視線を向けると、
彼は深々とお辞儀をした。

「何かあったの?」
「別に、何でもない。ただお前に会いたかったんだ」
何気ないふりをして見せたが、兄の目の下に
色濃く浮かぶ隈や青白い顔を見て娘は何かを察した。

「兄さん、へシアン。
今日はうちで夕飯食べていかない?
街で食材をたくさん買い込んだから、
二人に腕によりをかけたご馳走を振る舞うよ!」

娘は張り切った様子で二人の手を引く。
グラムとへシアンは顔を見合わせて笑みを漏らした。

何気ない思いやり。
それだけでどれほど救われる者がいるか。
グラムは妹の柔らかくて温かな手を
ぎゅっと握り返した。


✄-------------------‐✄
長文妄想すみません😱
いつもいいねを押してくださる方々
本当にありがとうございます(ू˃̣̣̣̣̣̣︿˂̣̣̣̣̣̣ ू)

とても励みになっております(๑ ˊ͈ ᐞ ˋ͈ )

3/29/2024, 11:17:42 AM

『ハッピーエンド』
※前回の話の続きです

ここ最近何者かの気配を感じますわ。
例えば街を歩いている時、
婚約者であるジーク様と会話してる時など、
特に鋭い視線を向けられている気がします。

「主……つけられています」
「セバスチャン、あなたも気付いていらしたのね」

いい機会です。
そろそろ決着を付けねばなりませんね。

「セバスチャン、私をコソコソと付け狙う
不届き者を引っ捕らえてきなさい!」
「御意」

数分後─────
「やめて!はなしてっ!」

鈴を転がしたような声が聞こえてきた。
セバスチャンが手首を縛り上げて
捕らえてきた人物は金色の髪と青い瞳を
持つ美しい女性だった。
この顔、どこかで見覚えがありますわ。
女性は私を見るや否や、キッと睨みつけてきた。

「この泥棒猫!」

なんと!私、生まれてこの方、そんな台詞を
吐かれるとは夢にも思いませんでしたわ。

「お兄様をかえせ!」
お兄様ですって……?

「ジークリンデ!」
ジーク様が慌てた様子でこちらへ駆け寄ってきた。

「一体何をしているんだ!」
「お兄様!」

どうやら私をずっと付け狙っていたストーカーの
正体は、婚約者であるジーク様の妹君でした。

拘束を解かれたジークリンデ嬢は、
実の兄に叱られてぽろぽろと涙を零す。

「だって、お兄様……酷いです。あんまりです!
わたくしというものがありながら、
他の方とご婚約なされるなんて!」
「俺も当主なのだから、
そろそろ身を固めねばならないんだ」

「わたくしでは駄目なのですか?!」
「お前とは兄妹だ」

「兄妹ならば、この想いは一生叶わないというの
ですか?兄を愛してまったこの罪深きわたくしを
神はお許しにならないというのなら、
今ここで死んでやる!!」

ジークリンデ嬢はドレスの下から短剣を取り出し、
自身の喉元に切っ先を向けた。

「やめろ!」
ジーク様が咄嗟にジークリンデ嬢を取り押さえる。

「離してください!この先お兄様と一生添い遂げられ
ないのら、わたくし生きていても意味がない!」
「俺が一番愛しているのはお前だ!!」
「えっ?」

「ようやく気がついたよ。俺はお前を失ったら
生きてはいけない。他の者になんと思われようが
構わない。結婚しよう、ジークリンデ」
「お兄様!」
「ジークリンデ!」

二人は熱い抱擁を交わした。
その様子を傍から眺める悪役令嬢とセバスチャン。

(何なんですの、これ……)

妹を腕に抱き締めながら、
ジーク様がこちらを申し訳なさそうに見つめた。

「すまない。君のことは好ましく思っていたのだが、
わたしは真実の愛を見つけてしまった。
どうか、この婚約を解消させてはくれないか」
「あ、はい。どうぞ、お幸せに……」

こうして悪役令嬢は婚約者である公爵に
婚約破棄を突きつけられたのであった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「ねえ、セバスチャン。
あのお二人はあれでよかったのかしら」
「本人たちが幸せならそれでいいと思います」

そういうものなのかしら。
悪役令嬢は無理やり己を納得させ、
セバスチャンと共に、その場を後にした。

3/28/2024, 11:27:23 AM

『見つめられると』

~前回までのあらすじ~
お父様に頼まれて、王族に代々受け継がれる伝説の剣
の在処を探すことになった悪役令嬢。
どうやら彼女の婚約者である
公爵が何か知ってそうだ。

ここはアンティークの小物が立ち並ぶ雑貨屋さん。
白い陶器の体に青い宝石の瞳がはめ込まれた猫を
見つめていると、公爵が横から話しかけてきた。

「妹もこういったものが好きなんだ」
「まあ、妹さんがいらっしゃるのですか?」
「ああ。早くに両親を亡くしてね、
甘やかして育てたせいかいつまでもたっても
兄離れできないやつなんだ」
そう語る公爵はとても穏やかな表情をしていた。

街を一通り巡った後、疲れたから静かな場所で
休みたいと口にすれば、親切な公爵はその願いを
受け入れてくれた。

(さあ、ここからが本番ですわ。)
二人きりになれる僅かな時間を見計らい、
悪役令嬢は公爵に語りかける。

「ジーク様、私の目を見てください」
「……ああ」
「前回のお話の続きですが、
その剣は王族の誰かが所持しているのですか?」
「ああ」
「それは第一王子ですか?」
「いいや」
「では第二王子?」
「いいや」

悪役令嬢は現在ご存命中の王族たちの名前を
挙げていきましたが、
どれも首を横に振られる結果となってしまいました。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

説明しよう!
実は悪役令嬢には『目を合わせたものを操る』
能力が搭載されているのだ。
悪役令嬢に相応しいチート能力だとお思いでしょう?
ですがこれを発動させるには、
いくつかの条件が必要なのですわ。

1.相手と3秒以上目を合わせないといけない。
2.相手の名前を呼ばなければならない。
つまり名前を知っておく必要がある。
3.相手は「はい」か「いいえ」
つまり「肯定」か「否定」でしか答えられない。
4.術が効かない相手も存在する。
例えば悪役令嬢が心の奥底で
恐れる相手には通用しない。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「君に見つめられると、
熱に浮かされた様な気分になるんだ」
公爵が心ここに在らずといった様子でそう呟いた。

「頭がぼーっとして、これが恋というものなのかな」

「おほほほ!ジーク様。それは疲れていらっしゃる
のですわ。私との時間を設けて頂けるのは
大変喜ばしい事ですが、
しっかり休息も取られてくださいね」

一歩ずつ、着実に、確信へと辿り着いていますわ。
お父様、待っていてください。
必ずや、この悪役令嬢が剣の在り処を
見つけてみせますから!

ぞわっ
悪役令嬢が街を歩いていると
突然、背筋に寒気が走った。

最近、何者かに見つめられている気配がしますわ。
もしや刺客?!それとも私のファン?
……まあ、いいです。どんな相手が来ようとも、
この悪役令嬢が蹴散らしてやりますわ。

3/26/2024, 4:00:07 PM

『ないものねだり』

乾いた風に吹かれて落ち葉がパラパラと音をたてる。
街灯が灯りはじめた通りを早足で過ぎ去る青年。

ふと何処からか美味しそうな匂いが
漂ってきて青年の鼻をかすめた。
皮をパリパリに焼いた鶏に
野菜を煮込み塩胡椒で味付けしたスープ
そんな食卓を想像をして腹の虫が鳴った。

この通りにあるレンガ造りの家からくるものだ。
家の窓からは暖かなオレンジ色の光が漏れ出ていた。

背後から蹄の音が近付いてくる。
ブルーム型の箱馬車が家の玄関前でとまり、
中から大柄の男性と子どもたちが降りてきた。

恰幅のいい主人は肩に小さな子どもを乗せて歩き、
それを玄関の階段上から母親らしき女性が
微笑ましそうに見つめている。
「もうすぐ夕飯の支度ができますからね」

その光景に魅入っていた青年は腕に抱えた紙袋から
林檎が一つ零れ落ちた事に気が付かなかった。
大家族の子どもの一人が青年の所に駆け寄ってきて、
足元に落ちた林檎を拾い上げてから青年に差し出す。
「おにいちゃん、おとしたよ」
林檎のように赤く染まった血色の良い顔と
無垢な瞳が青年を見上げた。
「あ、ああ……すまない」

少年は林檎を手渡した後、
父親に呼ばれてすぐさま戻った。
一部始終を見ていた父親は、その大きな手で
少年の頭をわしわしと撫でる。

「……」
悪意が渦巻く環境にいれば、あのような他人を
微塵も疑わない瞳も親切な振る舞いもできない。
あの子どもはきっと、優しい言葉と温かな
触れ合いの中で大切に育てられてきたのだろう。

家族
俺たちのような人か獣か、あるいはどちらでもない
種族には無縁のものだ。
青年は込み上げてきた虚しさをごまかすように
胸を強く握りしめた。

Next