悪役令嬢

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3/25/2024, 11:09:07 AM

『好きじゃないのに』

先日、婚約者様にお会いしてきましたわ。
ただの婚約ではありません。これは任務。
お父様からとある情報を盗み出してきて
ほしいとの命を仰せつかったのですわ

「好きじゃないのに婚約するの?」ですって?
貴族の間ではよくある事です。

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「お初にお目にかかります。ジークムント公爵」
悪役令嬢は片足を後ろに引き膝を曲げて挨拶した。

「そんなにかしこまらないでくれ。
僕のことはどうかジークと呼んで欲しい」
「かしこまりましたわ、ジーク様」
「君のことはなんて呼べばいいかな」
「好きに呼んでくださいまし。
まあ世間では、私の事を
『悪役令嬢』と呼ぶ者が多いみたいですけど」
「へえ、面白いあだ名だね」

それからジーク様と色々お話してきました。
彼は朗らかな性格の良い方でしたわ。
さりげない気配りができて、女性の扱いにも
長けているなかなかのやり手ですわね。

そうこうしてる間にお別れの時間がやってきた。
「ジーク様、少しの間二人きりでお話したいです」
公爵の手を握り彼を見上げる悪役令嬢。
「すまない。席を外してくれないか」
私の願いに折れたのか、公爵は部下に命令した。
部屋に二人きりとなった公爵と悪役令嬢。

「話したい事とはなんだい?」
「私の目を見てください、ジーク様」

公爵の青い瞳の中に私の赤い瞳がうつる。
「公爵、これからいくつか質問させていただきます」
「ああ」

「王家には代々受け継がれる剣があると聞きました。
その存在はご存知ですか」
「ああ、もちろん」

「その剣の在り処は王族の血が流れる者にしか
わからないとか。あなたは知っていますか」
「ああ」

「それは王城の中にありますか」
「いいや」

「ではこの国のどこかに隠されている?」
「ああ」

「それは…」
コン、コン、コン、コン。
「閣下、そろそろお時間です」
扉の外から公爵の部下の声がした。
(今日はこのくらいですわね)
洗脳を解くと公爵は先程の溌剌とした顔に戻った。

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こんなやり方で情報を盗もうだなんて卑怯だと?
ええ、私もあまり好きじゃないです。
ですが、卑怯な手を使ってこその悪役令嬢。
これから長い戦いになりそうですわね。

3/24/2024, 1:56:57 PM

『ところにより雨』

少年と少女は幼なじみだ。
親同士が仲良しで、幼い頃からよく一緒にいた。

森の中で遊んでいると急に雨が降り始めたので
二人は近くの洞窟で雨宿りをすることにした。

少女は持っていたハンカチで少年の濡れた
黒髪や頬を拭いてあげる。
「ぼくはだいじょうぶですから」
「だめです!かぜをひきますわよ」

バラ、バラ、バラ。雨足が強くなった。

少年は魔法で編み出した火を使い焚き火を
焚こうとしたが、傍にあるのはどれも湿った
木の枝ばかりでなかなか上手くいかない。

くしゅん
くしゃみをする少女を少年が心配そうに見つめる。
「さむいですか」
「このくらいへっちゃらですわ」
少女は強がってみせたが、唇は紫色に染まり、
カタカタと震える体を両腕で抱きしめていた。

「ふくぬいでください」
「どうしてですか」
「ぬれたふくをきてると、たいおんをうばわれます」
衣服を脱いでそっと寄り添う二人。

「さむくないですか」
「ええ、もうへいきです」

お互いの鼓動の音がきこえてくる。
湿り気を帯びた肌がぴたりと触れ合う感触が心地よい。
それから暫くの間、二人とも何も言わなかった。

落ち葉を雨が打つ音や近くで流れる川の瀬音を
ただ静かに聞いていた。

3/23/2024, 5:33:16 AM

『特別な存在』

月明かりが差し込む夜の教会で
祈りを捧げる殉教者。
月光を浴びたステンドグラスが煌めきを放ち、
澄みきった空気は教会を静謐な空間へと変える。

殉教者は師であり神であり主人である
あのお方に祈りを捧げていた。
あの方への感情は「好き」という
言葉だけでは言い表せない。

あの方の凛々しいお姿、あの方の赤い瞳、あの方の低い声、あの方の馨しい上品な香り、あの方の口から放たれた言葉、あの方の高貴な魂、全てがワタクシの心を捉えて離さない。
ワタクシがこれほどまでにあの方をお慕いしているにも関わらず、あの方はちっとも振り向いてくれない。どうにかしてあの方の関心を引きたかったワタクシは、この溢れる想いを文字にしてリャイン(この世界における情報交換アプリ)で送った。既読無視された。既読が付くだけまだマシかもしれない。そう自分に言い聞かせる。あの方から反応が欲しくてずっと部屋中をうろついてたが、何も返事が来なかった。なんてワタクシは愚かなのだろう!あの方が強い関心を向ける相手といえば、実の娘である「悪役令嬢」のお嬢様と幹部の中で一番偉い「黒騎士」。お嬢様は血の繋がった者だからまだ納得出来るが、問題は「黒騎士」の方だ。そう、黒騎士!ワタクシは奴が嫌いだ。あの方の右腕と謳われる黒騎士へシアン。何が右腕だ、ふざけるな。ただほんの少し、あの方のお傍にいた時間が長かっただけ。確かにワタクシは他のメンバーより加入した時期は遅いが、けれどあの方への忠義は誰にも負けない。黒騎士(笑)なんて厨二病な名前つけやがって、どうせあの黒い鎧の下にはしま〇らで買った服でも着てるに違いない。奴もワタクシの事を妬ましく思っている事だろう。「†漆黒ノ闇倶楽部†」のグループリャインを見たらワタクシを除いた皆で任務に行っていた。ワタクシだけ仲間はずれ。別にワタクシだけ行けなかった事に対しては気にしてないし、全然、全く気にしていないが、せめて行くなら報告の一つでもして欲しかった。どうせみんなワタクシの事なんかどうでもいいと思っているんだ。
嗚呼、死にたい。いや消えてしまい。肉片一つ残さずこの世から消滅したい。ワタクシがいなくなれば少しは気を向けていただけるかも。いや、そんな訳がない。ワタクシ一人いなくなったところで、あの方は別に気にも留めない。ワタクシ一人消えたところで、この世界は当たり前のように回り続ける。あの方も世界もなんて非情なものだろう。「生」とは即ち「苦しみ」。この世は煉獄。絶望の淵に立たされていたワタクシを救ってくれたのはあの方。光のように、彷徨えるワタクシの生きる方角を照らしてくれ、闇のように、ワタクシの魂を優しく抱き寄せてくれた。そんなあのお方が、今ではワタクシに深い絶望を与える存在となってしまった。全て、全てを無に返してしまえば、この苦しみからも解放されるのだろうか。

殉教者は手にしたナイフで手首に傷を入れていく。
腕を伝う鮮血が磨き上げられた床へ滴り落ちる。
己の身体に罰を与えることで、
己が抱える罪も軽くなった気がした。

"ピコーン"
突如、胸元に入れていた
スーマホ(魔法道具の名称)が鳴った。

ご主人様からのメッセージだ。
『なかなか情熱的な詩だな。悪くない』

殉教者は口元を押さえたままその場に蹲る。
頬にはとめどなく涙が流れていた。
やっと反応がもらえた!
この日を!この瞬間を!
ワタクシはどれだけ待ち望んでいたことか!!
先程までの絶望的な感情は何処へやら、
今は清々しい気持ちで胸が満たされていた。

今日は帰って、ご飯を食べて、ぐっすり寝て、
明日に備えよう。うん、そうしよう。
こうして殉教者は教会を後にした。

3/21/2024, 12:00:06 PM

『二人ぼっち』

謎の空間に閉じ込められた
悪役令嬢とメインヒロイン。

『××しないと出られない部屋』
扉の上に掲げられた看板には
そう書かれてあった。

びくともしない扉を前に悪戦苦闘する
悪役令嬢と、はしゃいだ様子で部屋中を
探索して回るメインヒロイン。

「ねえ、きてきて!おっきなお風呂があるよ!」
彼女に手を引かれて行った先には新品のように
綺麗なバスルームがあった。

ここはキッチンやトイレまでもが設備されており、
キッチンには野菜や果物、パンやチーズや卵、
保存用の肉に魚、調味料や香辛料が置いてあった。

「ここで暮らせそうだね!」
声を弾ませて話す彼女に悪役令嬢は頭を抱えた。

それから彼女達は、用意してあった食材でごはんを
作って食べたり、一緒に泡風呂に入ったりした。

キングサイズのベッドの上で横になる二人。
(セバスチャンはどうしてるかしら…。
私が突然いなくなって、きっと心配してますわ)

隣でメインヒロインがモゾモゾと動いている。
「あら、あなたまだ起きていらしたの」
「えへへ、なんだか楽しくて」
「楽しい?」
「うん。友達の家にお泊まりしに来てるみたいで」
「呑気ですわね~。一生ここから
出られなかったらどうしますの?」

短い沈黙のあと、彼女が囁いた。
「あのさ、さっき看板に書かれてた事
試してみない?」

悪役令嬢はその言葉を聞いて飛び上がった。
「あなた、本気で言ってます?」
「うん、……貴女とならわたし、
してみたいなって思ってたの」
くっ、私が男性ならば
イチコロで参っていた事でしょう。

ですが、彼女がそうおっしゃるのならば、
私も覚悟を決めねばなりません。

「お、お覚悟はよろしくて……?」
「はい……」
悪役令嬢は彼女の顎をクイッと持ち上げ、
青い瞳を見つめた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
目の前でお父様がラーメンを啜っている。
「な、なんですのっ?!」
状況がわからず、悪役令嬢は辺りを見回した。
先程までいた部屋も、メインヒロインの姿も
どこにも見当たらない。

「今まで見ていた光景は?」
「ここは、深層心理で強く意識する相手を
映し出す空間。つまりお前はずっと
幻と対話しておったのだ」
「なっ?!ま、幻……?」
「左様。それに気付かぬとは、まだまだ
修行が足りていないようだな。我が娘よ」

父から告げられた真実に打ちひしがられ、
その場に蹲る悪役令嬢。
深層心理で強く意識する相手を映し出す……。
彼女が?まさか!ありえない!
……いえ、ありえますわ。

きっと私の悪役令嬢としての血が、細胞レベルで
メインヒロインを憎み、妬み、嫌悪しているのだ。
そうに違いない。

悪役令嬢は心の中で、
メインヒロインに対して闘志を燃やした。
待っていなさい、あなたを倒すのはこの私です。


※××→決闘(デュエル)

3/19/2024, 3:30:05 PM

『胸が高鳴る』

「ククク、よく集まった。我が†闇の同胞†たちよ」
一番奥の中央の席に座るお父様は
皆にそう語りかけた。
ここはお父様主催の「†漆黒ノ闇‪倶楽部†」の拠点

お父様の隣に座るは「黒騎士」
その身を漆黒の鎧で覆う古株の騎士であり、
お父様からの信頼も厚いですわ。

その真向かいで毛繕いをする黒豹は「アサシン」
彼女は暗闇に身を隠し獲物を狩るハンターですわ。

その横でずっしりとした面構えで座る巨体の男。
彼は「狂戦士」血と殺戮を好む荒くれ者ですわ。

狂戦士の真向かいには「魔術師」が座っており、
目が合うと小さく手を振ってきた。

魔術師の横に座るのは「道化師」
所在無げにカードを切っていた。

彼の真向かいで背筋を伸ばして座るものは「殉教者」
お父様を崇拝する同担拒否過激派ですわ。

「息災か?我が娘よ」
「ええ。お父様もお元気そうでなによりですわ」

「黒騎士よ、例の件はどうなっている?」
「問題ありません。順調に事を運んでおります」

「アサシンよ、先の任務ご苦労。
見事な働きぶりであった」
「ぐるるるる」

「魔術師よ、商売は順調か」
「はい、おかげさまで。最近は黒字続きでお客様にも
満足の声をいただいており、私は嬉しい限りです」

さて、今日は一体どういったご要件かしら。
期待で胸を高鳴らせていると、
お父様は話し始めた。

「今日ここへ呼び出したのは、
お前たちの顔が見たかったからだ」

……え、もしかしてそれだけ?
もっとこう、重要な任務を与えられるだとか、
そういうのを期待してましたわ。
私と同じ事を思ったのか狂戦士と道化師が抗議した。

「伯爵よ。最近は身体が鈍って仕方がない。
何か血が沸き立つような場はないのか」
「😠」
「ククク、安心するがよい。お前たちには胸が高鳴るような任務を用意している。詳細は後日伝えよう」
「ほお、期待してるぞ。伯爵」
「😃❗️」

「ご主人様!ワタクシは?ワタクシには何か出来る事はございませんか?!貴方様のためならワタクシ、この命をいくらでも差し出す準備は出来ております……!」
「殉教者よ。今お前に頼む要件はない。
大人しく待機せよ」
「そんなっ……!」
殉教者はこの世の全てに絶望したような声を出した。

「さて、我が娘よ。お前に一つ頼みたい事がある」
きたきた、さあ、なんですの?
「お前に婚約者を用意した。その者を陥落させ、とある情報を盗み出して来て欲しい。よろしく頼むぞ」

婚約者?!いきなり急展開ですわ。
衝撃と同時に今胸が高鳴っております。

まだ見ぬ婚約者よ、震えて待っていなさい。
この悪役令嬢が相手ですわ。

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