『好きじゃないのに』
先日、婚約者様にお会いしてきましたわ。
ただの婚約ではありません。これは任務。
お父様からとある情報を盗み出してきて
ほしいとの命を仰せつかったのですわ
「好きじゃないのに婚約するの?」ですって?
貴族の間ではよくある事です。
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「お初にお目にかかります。ジークムント公爵」
悪役令嬢は片足を後ろに引き膝を曲げて挨拶した。
「そんなにかしこまらないでくれ。
僕のことはどうかジークと呼んで欲しい」
「かしこまりましたわ、ジーク様」
「君のことはなんて呼べばいいかな」
「好きに呼んでくださいまし。
まあ世間では、私の事を
『悪役令嬢』と呼ぶ者が多いみたいですけど」
「へえ、面白いあだ名だね」
それからジーク様と色々お話してきました。
彼は朗らかな性格の良い方でしたわ。
さりげない気配りができて、女性の扱いにも
長けているなかなかのやり手ですわね。
そうこうしてる間にお別れの時間がやってきた。
「ジーク様、少しの間二人きりでお話したいです」
公爵の手を握り彼を見上げる悪役令嬢。
「すまない。席を外してくれないか」
私の願いに折れたのか、公爵は部下に命令した。
部屋に二人きりとなった公爵と悪役令嬢。
「話したい事とはなんだい?」
「私の目を見てください、ジーク様」
公爵の青い瞳の中に私の赤い瞳がうつる。
「公爵、これからいくつか質問させていただきます」
「ああ」
「王家には代々受け継がれる剣があると聞きました。
その存在はご存知ですか」
「ああ、もちろん」
「その剣の在り処は王族の血が流れる者にしか
わからないとか。あなたは知っていますか」
「ああ」
「それは王城の中にありますか」
「いいや」
「ではこの国のどこかに隠されている?」
「ああ」
「それは…」
コン、コン、コン、コン。
「閣下、そろそろお時間です」
扉の外から公爵の部下の声がした。
(今日はこのくらいですわね)
洗脳を解くと公爵は先程の溌剌とした顔に戻った。
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こんなやり方で情報を盗もうだなんて卑怯だと?
ええ、私もあまり好きじゃないです。
ですが、卑怯な手を使ってこその悪役令嬢。
これから長い戦いになりそうですわね。
『ところにより雨』
少年と少女は幼なじみだ。
親同士が仲良しで、幼い頃からよく一緒にいた。
森の中で遊んでいると急に雨が降り始めたので
二人は近くの洞窟で雨宿りをすることにした。
少女は持っていたハンカチで少年の濡れた
黒髪や頬を拭いてあげる。
「ぼくはだいじょうぶですから」
「だめです!かぜをひきますわよ」
バラ、バラ、バラ。雨足が強くなった。
少年は魔法で編み出した火を使い焚き火を
焚こうとしたが、傍にあるのはどれも湿った
木の枝ばかりでなかなか上手くいかない。
くしゅん
くしゃみをする少女を少年が心配そうに見つめる。
「さむいですか」
「このくらいへっちゃらですわ」
少女は強がってみせたが、唇は紫色に染まり、
カタカタと震える体を両腕で抱きしめていた。
「ふくぬいでください」
「どうしてですか」
「ぬれたふくをきてると、たいおんをうばわれます」
衣服を脱いでそっと寄り添う二人。
「さむくないですか」
「ええ、もうへいきです」
お互いの鼓動の音がきこえてくる。
湿り気を帯びた肌がぴたりと触れ合う感触が心地よい。
それから暫くの間、二人とも何も言わなかった。
落ち葉を雨が打つ音や近くで流れる川の瀬音を
ただ静かに聞いていた。
『二人ぼっち』
謎の空間に閉じ込められた
悪役令嬢とメインヒロイン。
『××しないと出られない部屋』
扉の上に掲げられた看板には
そう書かれてあった。
びくともしない扉を前に悪戦苦闘する
悪役令嬢と、はしゃいだ様子で部屋中を
探索して回るメインヒロイン。
「ねえ、きてきて!おっきなお風呂があるよ!」
彼女に手を引かれて行った先には新品のように
綺麗なバスルームがあった。
ここはキッチンやトイレまでもが設備されており、
キッチンには野菜や果物、パンやチーズや卵、
保存用の肉に魚、調味料や香辛料が置いてあった。
「ここで暮らせそうだね!」
声を弾ませて話す彼女に悪役令嬢は頭を抱えた。
それから彼女達は、用意してあった食材でごはんを
作って食べたり、一緒に泡風呂に入ったりした。
キングサイズのベッドの上で横になる二人。
(セバスチャンはどうしてるかしら…。
私が突然いなくなって、きっと心配してますわ)
隣でメインヒロインがモゾモゾと動いている。
「あら、あなたまだ起きていらしたの」
「えへへ、なんだか楽しくて」
「楽しい?」
「うん。友達の家にお泊まりしに来てるみたいで」
「呑気ですわね~。一生ここから
出られなかったらどうしますの?」
短い沈黙のあと、彼女が囁いた。
「あのさ、さっき看板に書かれてた事
試してみない?」
悪役令嬢はその言葉を聞いて飛び上がった。
「あなた、本気で言ってます?」
「うん、……貴女とならわたし、
してみたいなって思ってたの」
くっ、私が男性ならば
イチコロで参っていた事でしょう。
ですが、彼女がそうおっしゃるのならば、
私も覚悟を決めねばなりません。
「お、お覚悟はよろしくて……?」
「はい……」
悪役令嬢は彼女の顎をクイッと持ち上げ、
青い瞳を見つめた。
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目の前でお父様がラーメンを啜っている。
「な、なんですのっ?!」
状況がわからず、悪役令嬢は辺りを見回した。
先程までいた部屋も、メインヒロインの姿も
どこにも見当たらない。
「今まで見ていた光景は?」
「ここは、深層心理で強く意識する相手を
映し出す空間。つまりお前はずっと
幻と対話しておったのだ」
「なっ?!ま、幻……?」
「左様。それに気付かぬとは、まだまだ
修行が足りていないようだな。我が娘よ」
父から告げられた真実に打ちひしがられ、
その場に蹲る悪役令嬢。
深層心理で強く意識する相手を映し出す……。
彼女が?まさか!ありえない!
……いえ、ありえますわ。
きっと私の悪役令嬢としての血が、細胞レベルで
メインヒロインを憎み、妬み、嫌悪しているのだ。
そうに違いない。
悪役令嬢は心の中で、
メインヒロインに対して闘志を燃やした。
待っていなさい、あなたを倒すのはこの私です。
『胸が高鳴る』
「ククク、よく集まった。我が†闇の同胞†たちよ」
一番奥の中央の席に座るお父様は
皆にそう語りかけた。
ここはお父様主催の「†漆黒ノ闇倶楽部†」の拠点
お父様の隣に座るは「黒騎士」
その身を漆黒の鎧で覆う古株の騎士であり、
お父様からの信頼も厚いですわ。
その真向かいで毛繕いをする黒豹は「アサシン」
彼女は暗闇に身を隠し獲物を狩るハンターですわ。
その横でずっしりとした面構えで座る巨体の男。
彼は「狂戦士」血と殺戮を好む荒くれ者ですわ。
狂戦士の真向かいには「魔術師」が座っており、
目が合うと小さく手を振ってきた。
魔術師の横に座るのは「道化師」
所在無げにカードを切っていた。
彼の真向かいで背筋を伸ばして座るものは「殉教者」
お父様を崇拝する同担拒否過激派ですわ。
「息災か?我が娘よ」
「ええ。お父様もお元気そうでなによりですわ」
「黒騎士よ、例の件はどうなっている?」
「問題ありません。順調に事を運んでおります」
「アサシンよ、先の任務ご苦労。
見事な働きぶりであった」
「ぐるるるる」
「魔術師よ、商売は順調か」
「はい、おかげさまで。最近は黒字続きでお客様にも
満足の声をいただいており、私は嬉しい限りです」
さて、今日は一体どういったご要件かしら。
期待で胸を高鳴らせていると、
お父様は話し始めた。
「今日ここへ呼び出したのは、
お前たちの顔が見たかったからだ」
……え、もしかしてそれだけ?
もっとこう、重要な任務を与えられるだとか、
そういうのを期待してましたわ。
私と同じ事を思ったのか狂戦士と道化師が抗議した。
「伯爵よ。最近は身体が鈍って仕方がない。
何か血が沸き立つような場はないのか」
「😠」
「ククク、安心するがよい。お前たちには胸が高鳴るような任務を用意している。詳細は後日伝えよう」
「ほお、期待してるぞ。伯爵」
「😃❗️」
「ご主人様!ワタクシは?ワタクシには何か出来る事はございませんか?!貴方様のためならワタクシ、この命をいくらでも差し出す準備は出来ております……!」
「殉教者よ。今お前に頼む要件はない。
大人しく待機せよ」
「そんなっ……!」
殉教者はこの世の全てに絶望したような声を出した。
「さて、我が娘よ。お前に一つ頼みたい事がある」
きたきた、さあ、なんですの?
「お前に婚約者を用意した。その者を陥落させ、とある情報を盗み出して来て欲しい。よろしく頼むぞ」
婚約者?!いきなり急展開ですわ。
衝撃と同時に今胸が高鳴っております。
まだ見ぬ婚約者よ、震えて待っていなさい。
この悪役令嬢が相手ですわ。
『不条理』
とある集会にて、悪役令嬢は苛立っていた。
「どうしましたか?」
「あら、魔術師。あなたでしたの。ここへ来る前に
タチの悪い酔っ払いに絡まれましたのよ」
「それは災難でしたね。セバスチャンは何処に?」
「彼はお休みですわ。最近働き詰めだったから
私が休暇を取らせました。
それよりも、聞いてくださいまし!」
悪役令嬢は先程の出来事を語り始めた。
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路上に立ち客引きをする女たち。
それを値踏みするかのように眺める男たち。
ここは治安があまりよくないとは聞いていたが、
その異様な光景を目にして悪役令嬢は呆然とした。
足早に歩みを進める彼女にある男が声をかけてきた。
薄汚れた服に垢の溜まった爪、無精髭を生やした赤ら顔の男がニヤついた顔でこちらを見ている。
この者に関わってはいけない。
直感でそう判断した悪役令嬢は無視して立ち去ろうとするが、それでも男はしつこく付きまとってきた。
「冷たいなあ。そんなんじゃ選んでもらえないよ?」
酒気を帯びた息を吹きかけられて
悪役令嬢は眉をひそめる。
「綺麗なおべべを着てるね~、いいねえ。
さぞ大切にされて育ったんだろうなあ。
おじさんも若くてべっぴんさんに生まれたら、
もっとラクに稼げただろうになあ」
男の舐めるような視線に嫌悪感を覚える悪役令嬢。
「この先に休める場所があるから一緒に行こうよ」
そう言って、肩を抱いてこようとする男の手を
悪役令嬢は扇子でぴしゃりと叩く。
「無礼者!気安く触れないでいただけます?」
男にそう言い放った悪役令嬢はドレスの裾を持ち上げ、全力疾走でここまで逃げてきた、と。
話終えると先程まで燻っていた怒りも収まってきた。
「なるほど…その者は恐らく、この近くの鉱山で働く労働者でしょう。ここ一帯の娯楽施設は、元々彼らのために作られた場所ですから」
炭鉱者
過酷な労働環境にも関わず、
大した賃金はもらえないと聞く。
一日中働いで稼いだ日銭も仕事の疲れを
忘れるための酒や女に消えていくとか。
粗末な身なりの炭鉱者に路上に立つ娼婦。
彼らはこの先も、己の身を削りながら
働き続けるのだろうか。
貴族の娘として生まれ、何不自由なく暮らしてきた
悪役令嬢がそんなことを考える傍らで、
魔術師が何やら語り始めた。
「やはり、いざという時己の身は己で守らないといけませんね。そんなお嬢様にぴったりの道具がここに!最新式の防犯グッズはいかがですか?こちらお値段…
「結構ですわ!」