悪役令嬢

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『幸せに』

細い裏路地を通り抜けた先、
蔦に絡まれたレンガ作りの建物が姿を現した。

ここは知る人ぞ知る『魔術師のお店』
重厚な木製のドアを押し開けると、
店内からお香や薬草、焼きたてのパンプキンパイ
のような甘い匂いが漂ってきた。

動くカブトムシチョコを使って対戦する男の子たち、
指にはめた宝石キャンディを見せあう女の子たち。

受付には緑色の肌をしたホブゴブリンが立っており、
店の奥では妖精のブラウニーが、
ぐつぐつと煮え立つ大鍋を
大きな木のスプーンで掻き回していた。
鍋の中の液体を紙で出来たコップに注いで、
子ども達に手渡している。

「一杯どうぞ!」
差し出された泡立つ緑色の液体からは
何やらうめき声が聞こえてくる。
(これ飲んでも大丈夫なんですの…?)
恐る恐る口に含んでみる悪役令嬢。
(あら、結構いけますわね。見た目はアレですけど)

「にゃ~ご」
突如、頭上から鳴き声がした。
見上げると紫色の毛並みをした猫がにんまりと
笑いながら空中をぷかぷかと浮いている。

「にゃにか買っていくにゃ~」
悪役令嬢の頬を桃色の肉球でふにふにと押してくる。

「こら、チェシャ猫。
お嬢様を困らせてはいけませんよ」

いつの間にか背後にいた魔術師が長い指で
チェシャ猫の顎を撫でると、チェシャ猫は
気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らした。

「お店、繁盛してますわね」
「はい、皆が幸せになれるような商品をご提供する事
こそが私の目標。本当にありがたいです」
「殊勝な発言ですけど、あなたが言うと
なんだか胡散臭く聞こえますわ」

「ところで今日はどういったご用件で?」
「次の任務で使うための変身薬が欲しいんですの。
取り揃えています?」
「はい。そういえば、婚約者から
情報を盗み出す件はどうなりました?」

事の一部始終を魔術師に話す悪役令嬢。

「なるほど……剣を所持しているのは王都にいる
王族の誰かまでは絞れたという事ですね」
「ええ、もっと聞き出しておけばよかったですわ」

「十分ですよ。……お嬢様、もし、婚約破棄
されなかったらそのまま結婚していましたか」
「いいえ、きっとどこかで綻びが出たと思いますわ。
それに、どうせなら愛し合う者同士で
結ばれたいですし……」

「へえ…そういえば明日は『嘘をついても良い日』
みたいですね。ご存知でしたか?」
「ええ、それがどうかしました?」
「お嬢様が幸せな夢を見られるように、
私がおまじないをかけておきますね」

魔術師は口元に人差し指を当て妖しく微笑んだ。

(また何か企んでいますわね……)
悪い輩が入ってこないように
明日はしっかり戸締りしておかなくては。
悪役令嬢はそう決心したのであった。

3/31/2024, 2:09:08 PM