『胸が高鳴る』
「ククク、よく集まった。我が†闇の同胞†たちよ」
一番奥の中央の席に座るお父様は
皆にそう語りかけた。
ここはお父様主催の「†漆黒ノ闇倶楽部†」の拠点
お父様の隣に座るは「黒騎士」
その身を漆黒の鎧で覆う古株の騎士であり、
お父様からの信頼も厚いですわ。
その真向かいで毛繕いをする黒豹は「アサシン」
彼女は暗闇に身を隠し獲物を狩るハンターですわ。
その横でずっしりとした面構えで座る巨体の男。
彼は「狂戦士」血と殺戮を好む荒くれ者ですわ。
狂戦士の真向かいには「魔術師」が座っており、
目が合うと小さく手を振ってきた。
魔術師の横に座るのは「道化師」
所在無げにカードを切っていた。
彼の真向かいで背筋を伸ばして座るものは「殉教者」
お父様を崇拝する同担拒否過激派ですわ。
「息災か?我が娘よ」
「ええ。お父様もお元気そうでなによりですわ」
「黒騎士よ、例の件はどうなっている?」
「問題ありません。順調に事を運んでおります」
「アサシンよ、先の任務ご苦労。
見事な働きぶりであった」
「ぐるるるる」
「魔術師よ、商売は順調か」
「はい、おかげさまで。最近は黒字続きでお客様にも
満足の声をいただいており、私は嬉しい限りです」
さて、今日は一体どういったご要件かしら。
期待で胸を高鳴らせていると、
お父様は話し始めた。
「今日ここへ呼び出したのは、
お前たちの顔が見たかったからだ」
……え、もしかしてそれだけ?
もっとこう、重要な任務を与えられるだとか、
そういうのを期待してましたわ。
私と同じ事を思ったのか狂戦士と道化師が抗議した。
「伯爵よ。最近は身体が鈍って仕方がない。
何か血が沸き立つような場はないのか」
「😠」
「ククク、安心するがよい。お前たちには胸が高鳴るような任務を用意している。詳細は後日伝えよう」
「ほお、期待してるぞ。伯爵」
「😃❗️」
「ご主人様!ワタクシは?ワタクシには何か出来る事はございませんか?!貴方様のためならワタクシ、この命をいくらでも差し出す準備は出来ております……!」
「殉教者よ。今お前に頼む要件はない。
大人しく待機せよ」
「そんなっ……!」
殉教者はこの世の全てに絶望したような声を出した。
「さて、我が娘よ。お前に一つ頼みたい事がある」
きたきた、さあ、なんですの?
「お前に婚約者を用意した。その者を陥落させ、とある情報を盗み出して来て欲しい。よろしく頼むぞ」
婚約者?!いきなり急展開ですわ。
衝撃と同時に今胸が高鳴っております。
まだ見ぬ婚約者よ、震えて待っていなさい。
この悪役令嬢が相手ですわ。
『不条理』
とある集会にて、悪役令嬢は苛立っていた。
「どうしましたか?」
「あら、魔術師。あなたでしたの。ここへ来る前に
タチの悪い酔っ払いに絡まれましたのよ」
「それは災難でしたね。セバスチャンは何処に?」
「彼はお休みですわ。最近働き詰めだったから
私が休暇を取らせました。
それよりも、聞いてくださいまし!」
悪役令嬢は先程の出来事を語り始めた。
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路上に立ち客引きをする女たち。
それを値踏みするかのように眺める男たち。
ここは治安があまりよくないとは聞いていたが、
その異様な光景を目にして悪役令嬢は呆然とした。
足早に歩みを進める彼女にある男が声をかけてきた。
薄汚れた服に垢の溜まった爪、無精髭を生やした赤ら顔の男がニヤついた顔でこちらを見ている。
この者に関わってはいけない。
直感でそう判断した悪役令嬢は無視して立ち去ろうとするが、それでも男はしつこく付きまとってきた。
「冷たいなあ。そんなんじゃ選んでもらえないよ?」
酒気を帯びた息を吹きかけられて
悪役令嬢は眉をひそめる。
「綺麗なおべべを着てるね~、いいねえ。
さぞ大切にされて育ったんだろうなあ。
おじさんも若くてべっぴんさんに生まれたら、
もっとラクに稼げただろうになあ」
男の舐めるような視線に嫌悪感を覚える悪役令嬢。
「この先に休める場所があるから一緒に行こうよ」
そう言って、肩を抱いてこようとする男の手を
悪役令嬢は扇子でぴしゃりと叩く。
「無礼者!気安く触れないでいただけます?」
男にそう言い放った悪役令嬢はドレスの裾を持ち上げ、全力疾走でここまで逃げてきた、と。
話終えると先程まで燻っていた怒りも収まってきた。
「なるほど…その者は恐らく、この近くの鉱山で働く労働者でしょう。ここ一帯の娯楽施設は、元々彼らのために作られた場所ですから」
炭鉱者
過酷な労働環境にも関わず、
大した賃金はもらえないと聞く。
一日中働いで稼いだ日銭も仕事の疲れを
忘れるための酒や女に消えていくとか。
粗末な身なりの炭鉱者に路上に立つ娼婦。
彼らはこの先も、己の身を削りながら
働き続けるのだろうか。
貴族の娘として生まれ、何不自由なく暮らしてきた
悪役令嬢がそんなことを考える傍らで、
魔術師が何やら語り始めた。
「やはり、いざという時己の身は己で守らないといけませんね。そんなお嬢様にぴったりの道具がここに!最新式の防犯グッズはいかがですか?こちらお値段…
「結構ですわ!」
『怖がり』
※前回の『星が溢れる』と話が繋がってます。
「あの、それなら俺いい場所知ってます」
星が取れる絶好の場所を知る執事に
ついていく悪役令嬢。
夜道を歩いていると、セバスチャンが足を止めた。
「主は先に帰られてください。ここから先は、
俺一人で行きます」
「まぁ、どうしてですの?」
悪役令嬢が抗議の意を唱える彼は目を伏せた。
「その、そこへ行くまでに魔物が出没するからです」
「魔物?」
「はい。その場所は昔、大きな戦いがあり多くの者が
犠牲になったと聞きました。その者達の怨念が
今でもこの地を彷徨っているとか」
「……………」
「主?」
「……なぁんだ、そんな事でしたの。
心配ご無用、私これでも鍛えてますから。
そんな魔物など蹴散らしてあげますわ」
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カラカラと音を立てながらこちらに近付く骸骨の群れ
宙には人の顔をした幽体がぷかぷかと浮いている。
錆びた剣を持ちながら襲いかかってくるスケルトンの攻撃をセバスチャンは躱して、その身を蹴り上げた。
すると骸骨の体は崩れ落ち、骨が地面に散らばった。
カタカタと小刻みに震えながら冷や汗をかく
悪役令嬢を、セバスチャンは心配そうに見つめた。
「主、大丈夫ですか?」
「はい?今、私が口先だけのへっぽこチキン野郎
だと、そうおっしゃいました?」
「そこまで言ってません」
「大丈夫です。ええ、大丈夫ですとも!当然です。
私を誰だとお思いで?泣く子も黙る悪役令嬢
ですわよ。そんな悪名高き私が骸骨や幽霊
なんぞにビビり散らかすとでも?!」
すると何処からか子どもの笑い声が聞こえてきた。
悲鳴をあげる悪役令嬢と
険しい表情を見せるセバスチャン。
実体のない亡霊には物理攻撃が通用しない。
悪役令嬢はふとある事を思い出し鞄から取り出した。
それは魔術師から貰った「魔法のカメラ」だった。
亡者たちは光に弱いと聞く。
悪役令嬢がシャッターを切ると眩いフラッシュが
放たれ、その光を浴びた亡霊たちは、
呻き声をあげながら霧のように消えていった。
「やった!やりましたわよ!セバスチャン!」
悪役令嬢が興奮気味に語りかけると、
彼女の執事は微笑みを浮かべた。
「見事な腕前です。主」
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何だかんだあって魔物を倒し、星を手に入れた二人は
無事屋敷へと帰り着くことが出来た。
セバスチャンの淹れた紅茶を飲みながら
悪役令嬢はため息を零す。
「もうお化けはごめんですわ。くわばらくわばら」
「お疲れ様でした。主」
『星が溢れる』
「ひと狩りいきませんこと?セバスチャン」
悪役令嬢は虫取り網を背負いながら
執事に尋ねました。
「あの、どちらへ?」
「星を捕りにですわ」
今宵は待ちに待った流星群の日
大変貴重な星たちがこの地に溢れる夜です。
この星を練って作られるドレスやティアラは
眩い煌めきを放ち、身につければたちまち
社交界で注目の的になれます。
この絶好の機会を逃すわけにはなりません!
二人が星降りの丘へやって来ると、
そこには大量の人で溢れ返っていました。
共に寝そべって夜空を見上げるカップルに、
降ってきた星を一緒に追いかけるカップル
右も左もカップルだらけでした。
(ちっ、イチャイチャしやがって。許せませんわ)
「場所を変えますわよ、セバスチャン」
「あの、それなら俺いい場所知ってます」
そうして彼に連れてこられた場所は崖の上でした。
冷たい海風が吹き荒れるそこは普段なら
殺風景な場所に思えましたが、今日は空から
降ってきた大量の星たちで溢れかえり、
大地を眩い光で照らしていました。
(ふむ、確かに穴場ですわね。
人気も一切ないようですし…)
それもそのはず、ここへ来るまでの道中に
現れるスケルトンや亡霊を倒してまで
わざわざ訪れる者は少ないでしょう。
「さあ、準備はよろしくて?セバスチャン」
「はい、主」
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悪役令嬢は悪戦苦闘した。
(この星、なかなかにすばしっこいですわね…)
星たちはぴかぴかとその身を輝かせながら網を
掻い潜り、ぴょんぴょんと飛び跳ね逃げていきます。
「はあはあ、やっと一匹捕まえましたわ」
悪役令嬢が息を上げる傍で、狼の姿となった
セバスチャンが獲物を追い詰めるように、
星たちを一匹ずつ俊敏に捕らえていきました。
星を咥えながらこちらへ駆け寄ってくる
従者の姿に悪役令嬢は感嘆の声を上げました。
「素晴らしいですわセバスチャン!
流石は私の執事!」
悪役令嬢が耳の付け根から顎にかけて撫でると、
彼女の従者は嬉しそうに尻尾を
ぱたぱたと横に振ります。
そうこうしてる間に、巨大虫取り籠の中は
星たちでいっぱいになりました。
「うわー」「やー」と鳴きながら籠の中で
もぞもぞと動く星たちを眺めて悪役令嬢は
満足げに頷きました。
「このくらい集めたら十分でしょう。
さあ帰って厳選しますわよ、セバスチャン!」
『ずっと隣で』
食べ物のにおい、香水のにおい、煙草のにおい、
人々の体臭に笑い声。
従者として連れてこられた晩餐会は
酷く刺激の強い場所だった。
主に暇をもらい、暫くの間
人気の少ない夜の庭を歩いた。
綺麗に切り揃えられた芝生のにおいと
春の訪れを感じさせる甘い夜風のにおいは
荒んだ心を鎮めてくれる。
ふと、何者かが音もなくこちらへ
近付いてくる気配がした。
振り返ると燕尾服を纏う老紳士が
笑顔で立っていた。
「こんばんは、セバスチャン。見回りですか?」
「オズワルド」
「おやその名をよくご存知で」
「姿形は違えど魔力や匂いは誤魔化せないからな」
そう言うと魔術師は肩をすくめて世間話を始めた。
「薬は切れていませんか?」
「ああ、いつもすまない」
「いえいえ、最近は体調が安定している様
でなによりです」
「ああ」
「君がお嬢様の元で働き始めてから
随分と経ちますね」
「そうだな」
「今の職場はどうですか」
「……悪くない」
寧ろ良い。
常に主の安否の確認や彼女からの強引な命令や
我儘に従ったりと大変な部分は多いが、
その反面、やりがいや喜びを感じる自分もいた。
「セバスチャン、どこにいるの?」
主の呼ぶ声がする。
「もう行かなくては」
「そうですか。それではまたお会いしましょう」
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「セバスチャン、探しましたわよ!」
「申し訳ございません」
「まあいいわ。これからストリゴイ伯爵と
ワインの一気飲み 対決をするところでしたの。
あなたに審判をお願いしますわ!」
「はあ」
主に腕を引かれながら将来の事を想像してみた。
この先も俺は主の隣に立ち、
彼女を守って行けるだろうか。
そこまで考えてかぶりを振った。
先のことはわからない。
ただ今は己の使命を全うする。
それだけだった。