小説
迅嵐
「お前が何でもないフリしてるのは知ってる」
それは自販機でブラックコーヒーを買うボタンを押した瞬間に言われる。
「......」
おれは無言で答えた。そんな様子を見た彼はニコリと笑う。
「目的も、方法も、詳しいことは何も知らないが、それだけは知ってるんだ」
そう言うと彼は手にしていたペットボトルに口をつける。
「そっか」
太腿のトリガーケースに触れる。もうそこには風刃は無いけれど、後悔はしていなかった、
はずだった。
全てを知るおれと、何も知らない嵐山。
真逆なおれ達なのに、どうしてこうもお前は見抜いてしまうのか。
「...知っててくれてありがとな」
「...あぁ」
頬を濡らすものを、嵐山は知らないふりをしてくれた。
小説
迅嵐
「友達とか…仲間とか...そんなありきたりな関係に向ける気持ちだったらこんなことしてない」
隣にある肩に頭を預け、筋張った手を握ってみる。
大袈裟に跳ねる迅の様子に笑いを零す。
「...じゃあどんな感情?」
「...それは...分かるだろう?」
言葉にすることが恥ずかしくて、つい濁してしまう。
その事が不服だったのか、握った手が強く握り返される。
「わかんない、教えてよ」
困ったような、期待しているような顔で覗き込まれる。その顔がどこか愛する飼い犬に似ている気がして。
「好きってこと」
俺は斜め横にある大好きな人の頬に、そっとキスをしたのだった。
小説モドキ
おばみつ
「ねぇ伊黒さん、手を繋いでも良い?」
「ああ勿論」
「あったかい!」
「あったかいな」
「ねぇ伊黒さん、ずっとずっと手を繋いでいてくれる?」
「ああ勿論、君がおばあちゃんになるまで繋いでいるよ」
小説
創作
きっとこれが最期だから。
「ありがとう、ごめんね」
君の泣き顔を見上げながら小さく呟く。
ぽたぽたと落ちてくる雫が冷たい。
嗚呼泣かないで、僕の大好きな君。
手を伸ばし、頬に触れる。
手を重ねられると温かみを感じた。
「好きだよ」
君の幸せを一番に願いたかったはずなのに、僕は君に呪いの言葉を贈る。
僕のことを忘れて欲しい。
僕のことを忘れないで欲しい。
ごちゃ混ぜになった気持ちは涙となって目から溢れ出す。
君の唇が言葉を紡ぐ。
「 」
もう僕には聞こえていなかった。
小説
甘露寺蜜璃
部屋の隅で座り込み、庭を眺める。縁側に沿った作りとなっているこの部屋からは庭に生える草木がよく見えた。
「……あと…六年……」
ボソリと呟いた言葉が重く身体にのしかかる。
私はあと六年しか生きられない。
何もかもが私の事を置いていく気がした。
後悔しているわけじゃない。むしろこんなに力を神様や両親から与えられて感謝している。この力のおかげで助けられた命があるのだから。
それでも私の心の柔い部分が叫ぶ。幼子の様なその叫び声は泣いているようで、駄々を捏ねているようでもあった。
「お父さん……お母さん……」
二人のような夫婦になりたくて、二人のような素敵な親になりたくて。けれどもそれは途端に難しくなってしまった。
「………伊黒さん…」
あと六年の命。想いを告げて受け入れられても、きっと後には重荷になってしまう。そもそも期限付きの命を持つ女など相手にされるはずもない。
「…………っ」
隠の人には下がってもらった。今日は一人にして欲しいと言ったら、心配そうな顔で頭を下げていた。
だから、今は正真正銘一人ぼっちだ。
泣いても、誰にも知られない。
「うぅ……っ……ひっく………う…」
私は久方ぶりに、悲しみと寂しさで泣いた。誰に聞かれるはずでもないのに声を殺し、誰に見られるはずでもないのに顔を隠した。
庭では二匹の蝶が仲睦まじく宙を舞っていた。