小説
迅嵐
これは夢だ。
思い立って頬をつねると痛みがない。うん、やっぱり夢だ。
周りの景色が物凄いスピードで変化してゆく。
おれはくるりと周りを見渡すと、あ、と声を零す。
そこには居た。母さんも最上さんも旧ボーダーの仲間だった皆も、そこには居た。
闇に濡れたこちら側と、柔らかな光に包まれるあちら側。ふと、あちら側には行けないのだと本能がいう。
光の中で、真っ赤な太陽を見つけた。太陽はこちらに気がつくと驚いた顔でおれの名を呼ぶ。
「迅」
おれは無意識に手を伸ばした。太陽も手を伸ばした。
光と闇の狭間でおれ達は指を絡め合う。離してしまったら、二度と会えないような気がして。
「嵐山」
真っ赤な太陽の名を呼ぶと、太陽は、嵐山はにこりと微笑んだ。その笑みは、現実の嵐山にそっくりで。これだけは夢ではなく現実だと思った。
「まだあっちには行かないで」
おれの言葉は、深い闇の中へと溶け込み、光が二人を包み込んだ。
小説
迅嵐
迅は距離を詰めるのが上手い。
初めは程よい距離感から仲良くなり更に距離を詰める。相手のことをよく見て、嫌がる素振りを見せる前に離れる。近づいて、離れて、また近づいて。それが迅のやり方だった。
だから彼に近づこうとしても一定の距離を保たれてしまい、手中には入れないのが常だった。
そのはずだったのに。
「…迅、ちょっと近くないか?」
「んー?」
少し動けば触れ合ってしまいそうな距離。
俺は少しだけ身じろいだ。
当の本人は気にする素振りもなく俺の持つ資料に目を通している。
「ほら、資料は渡すから…」
「いやー、嵐山が持ってていいよ。おまえのだし、ここから見るから」
そういう問題ではないのだが。どうすることも出来ず、俺は静かに迅が資料を読み終えるのを待った。
しかし読み終わった気配はするのに、一向に離れる様子は見られない。
「…?迅、読み終わっただろう?ちょっとだけ離れてくれ」
「…なんで?」
「なんでって…」
なんでって…そりゃあ、恥ずかしいからだ。誰にも言ったことのないこの気持ち。迅のことが好きだという淡いこの気持ち。好きな人に近づかれて恥ずかしくない訳が無い。けれど知られる訳にもいかず、俺はもごもごと答えをはぐらかした。
「……」
迅は黙りこくるとじっと俺の顔を見つめてきた。穴が飽きそうなほど見つめた後、彼は一言小さく呟く。
「…もういいかな?」
急に立ち上がったかと思うと、俺の頭を数回撫でる。
「資料ありがと。あと、そろそろおれも待ちくたびれたから言うけど、お前のこと好きなんだよね」
「えっ……?」
今回の迅は距離を詰めるのが下手だ。
だって、いつもなら近づいたら離れるのに。
俺は顔を真っ赤にしている自覚を持ちながら、彼へ愛の返事を返した。
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迅嵐※争奪戦捏造
嗚呼、これは罰なのだ。
おれは脈絡もなくふと思った。
最上さんのブラックトリガーの適合者が集められた争奪戦。
ひとり、胴体を切り離した。
ひとり、頭を飛ばした。
攻撃は全てサイドエフェクトで視て躱す。絶対に誰にも渡しやしない。
おれが持たなければならない。このブラックトリガーを持たなければ未来は動かない。
母さんが死んで、最上さんもブラックトリガーに成って、おれの守りたかった人はもう居ない。
これは、何も成し得なかったおれへの罰なのだ。
だからこうして仲間の腕を切り落とし、友人の腹を貫いている。
赤い隊服が視界の隅に留まる。いつもは見ることの無い銃口めがけてスコーピオンを放つ。
武器を壊され動揺している隙にぐっと距離を縮めた。
手を伸ばせばおれの勝ち。確定した未来が視えた。
きっと嵐山はおれを軽蔑するに違いない。何せおれは、目的の為に愛するおまえでさえもこの手にかけるのだから。
けれど嵐山は、その端正な顔を哀しそうに歪め、そして笑った。
「迅、泣かないで」
美しいエメラルドの瞳の中のおれは、泣いていた。
スコーピオンが嵐山の胸を貫く。大量のトリオンが溢れる中、嵐山はおれに向かって手を伸ばす。
頬に触れた手は温かかった。
「…ごめん」
「何を謝ることがある?これは正式な争奪戦だ。お前は何も悪いことなんてしてないぞ」
勝負はおれの圧勝で幕を下ろした。手には最上さんのブラックトリガー。望むものは得られたはずなのに。
「……」
顔を上げられずにいると、ふっと笑う声が聞こえた。見ると嵐山は眉を下げ、困った表情をしていた。
「…今日は泣き虫さんだな」
温かい指で涙を拭われ、おれは再び泣いていたことに気づく。
「……泣いてねぇもん」
「はは、そうか」
嵐山は口を尖らせるおれを包み込むように抱きしめる。身長が殆ど同じだから、肩口に顔を埋める。
「迅、さっきは泣かないでって言ったけど、泣いてもいいんだ。座り込んでも下を向いてもいい。けれど最後は一緒に笑おう。お前が立ち上がり方を忘れたのなら俺が引き上げる。上を向けないのなら、隣で俺が上を見ておこう。……大丈夫、未来はもう動き出しているよ」
優しく頭を撫でる仕草が、どことなく母さんに似ていて。一緒に進もうと励ます言葉が、どことなく最上さんの言い方にそっくりで。
「……うん」
おれは強く思った。次は必ず導いてみせる。
今度は独りだなんて思わない。
抱きしめる腕に少しだけ力を込める。
これは物語が始まる、少し前のお話。
冬のはじまり
関係無いけど、ニトリ行く時車運転してて、眩しいからサングラスしてた。そしたら歩道渡ってた男の子が綺麗な二度見を繰り出しました。恥ずかしくて泣きたくなった今日この頃。
小説
迅嵐
「だめ、だめだ、迅」
「…何がだめなんだよ」
「それだけは…頼む…」
「いいや、おれはやるよ」
「ああっ…迅……!終わらせないでくれ……!」
ガラガラガラガラガシャーーーーン!!
大きな音を立ててジェンガが倒れる。今現在、俺たちは嵐山隊の隊室でジェンガをしている。
「ほら終わり。今帰れば仲直り出来るって。おれのサイドエフェクトがそう言ってる」
「うぅ〜〜…でも……」
大の男が二人、ジェンガをするという意味不明なシチュエーションを作ったのは俺だった。何故なら朝に愛すべき弟妹と喧嘩をしてきたから。喧嘩なんて何年ぶりだろう。下手をするとしたことがない可能性もある。だから仲直りの仕方が分からず途方に暮れていたのだった。都合良く隊室にあったジェンガを、通りかかった迅を道ずれに遊び倒し早数時間。正直帰りたくない。
「てかここまでジェンガ付き合っといて何だけど、喧嘩の理由って何だよ。おまえ達が喧嘩してるの想像出来ないんだけど」
「…副と佐補が最近夜帰ってくるのが遅くて、心配で口出したら喧嘩になった」
「えぇ……」
迅は眉を下げ、くだらないと言いたげに声を出す。しかし俺にとっては重大なことだ。部活動で忙しいのか二人の帰りが遅いことが心配で仕方がない。それを言うと二人は「もう中学生なのに!」と口をとがらせた。それに反論、それまた反論と続けるうちに喧嘩になってしまったのだった。
「二人が誘拐犯になんて攫われたら俺は三門市を滅ぼしかねない」
「ガチでやりそうなのがおまえだよね」
軽口を叩いている間に、着々と帰りの準備が整う。
「ほらー、帰るよー。おれも途中まで一緒に行ってあげるからさー」
「嫌だ!俺のことは置いていけ!屍を越えろ!!」
「はいはーい、帰りますよー」
ズルズルと引きずられ、俺は隊室を後にせざるを得なかった。
ちなみに喧嘩は、副と佐補の可愛い顔を見た瞬間謝罪マシンガンを放った俺により無事収束したのだった。