小説
迅嵐
迅は距離を詰めるのが上手い。
初めは程よい距離感から仲良くなり更に距離を詰める。相手のことをよく見て、嫌がる素振りを見せる前に離れる。近づいて、離れて、また近づいて。それが迅のやり方だった。
だから彼に近づこうとしても一定の距離を保たれてしまい、手中には入れないのが常だった。
そのはずだったのに。
「…迅、ちょっと近くないか?」
「んー?」
少し動けば触れ合ってしまいそうな距離。
俺は少しだけ身じろいだ。
当の本人は気にする素振りもなく俺の持つ資料に目を通している。
「ほら、資料は渡すから…」
「いやー、嵐山が持ってていいよ。おまえのだし、ここから見るから」
そういう問題ではないのだが。どうすることも出来ず、俺は静かに迅が資料を読み終えるのを待った。
しかし読み終わった気配はするのに、一向に離れる様子は見られない。
「…?迅、読み終わっただろう?ちょっとだけ離れてくれ」
「…なんで?」
「なんでって…」
なんでって…そりゃあ、恥ずかしいからだ。誰にも言ったことのないこの気持ち。迅のことが好きだという淡いこの気持ち。好きな人に近づかれて恥ずかしくない訳が無い。けれど知られる訳にもいかず、俺はもごもごと答えをはぐらかした。
「……」
迅は黙りこくるとじっと俺の顔を見つめてきた。穴が飽きそうなほど見つめた後、彼は一言小さく呟く。
「…もういいかな?」
急に立ち上がったかと思うと、俺の頭を数回撫でる。
「資料ありがと。あと、そろそろおれも待ちくたびれたから言うけど、お前のこと好きなんだよね」
「えっ……?」
今回の迅は距離を詰めるのが下手だ。
だって、いつもなら近づいたら離れるのに。
俺は顔を真っ赤にしている自覚を持ちながら、彼へ愛の返事を返した。
12/1/2024, 2:21:32 PM