【雨に佇む】
あ 雨だ。
休日の昼間。特に目的もなく、街をうろうろしていたら、突然、ぽつり、ぽつり、と雫が落ちたかと思ったら、ざー。と一気に滝のような雨が降り注ぐ。
周りの人たちは、慌てて雨宿りできるところを目指して駆け足になる。
僕も慌てて、すぐ側のショッピングビルの壁際まで避難した。頭を鞄の上へ乗せ空を見上げる。
晴れているのに、雨が降っている。変な感じ。
「急に降ってきてびっくりしたねぇ」
「ほんとな。ていうかこれからどうする? 」
「このまま、ここにいようよ」
すぐ隣の、カップルと思わしき男女が、落ちてきた雫をハンカチで拭きながら笑い合っている。通り雨すらも楽しめるそのマインドだけは羨ましい。僕は内心で溜息をついた。
これからどうしようか。濡れるのは勘弁だけど、かと言って傘は持って来てないし、特に用事もないけれど、このまま雨がやむまで待つのは、近くの人間のせいで、僕の心情がよろしくない。こうなったらビルの壁をつたって濡れないように移動するか?
悶々と悩む中も、雨の量が増す。
隣の男女が雨すっご、とはしゃいでいる。
雨にも隣にも、優柔不断な僕自身にも呆れてしまう。
雨がやんだ瞬間に走り出そう。そしてその足でラーメンを食べに行くんだ。脂の乗った、こってりしたやつ。別にやけ食いなんかではない。別に。
そんな僕の心内なんて知らずに、尚も雨は降り続けている。
【私の日記帳】
何かを記録することは好きだ。
昔からノートや文道具を集めていて、日記帳もまたそれらと同様に、目についたお気に入りは購入することが多かった。
洋書風日記、鍵付きの日記帳。
今も手元にある二冊。最初のうちは書き綴っていたものの、段々と書く気力がなくなり、ついに書かなくなって何年経ったか。考えたくない。鍵付きの日記に至っては鍵をどこにしまったか思い出せない。捨ててはいない筈……。
何かを書くのは好きだが、記録を続ける持続力がない。ここ最近、客観的に自身を分析してみて改めて気づいたことだ。
ついでに加えると、思いつきで買い物をしてしまう傾向もある気はする。いつか使うだろう、いつか使いたい、のような考えで過去の自分は日記帳を買ったのだろう。これは良くない。しかし、買ったものは仕方ない。
折角、手元にあるのだから最大限活用したい。日記帳は装丁がしっかりされているので安くはない。数百円で買えるノートであれば、バラしてメモにするなり捨てるなりできるが、日記帳だとこうはいかない。ではどうするか。
そもそも日記を辞めてしまう理由として、「絶対に毎日書かないと」という固定概念や思い込みが、自分の中で勝手にプレッシャーになり、書くことが楽しくなくなり、書くことをやめてしまう場合が多いらしい。加えて完璧主義だと尚更、続けるのがしんどくなるそうだ。ではどうしたら良いのか。「毎日じゃなく、書きたくなったらで良い」「完璧でなくても良い」のだ。
毎日でなくても良い。
今日書いたページの、次のページが何年かかっても構わない。
こんなに気長で良いのか、と思うと気持ちが楽になる。でも折角、日記帳があることを思い出したので、今日は久しぶりに書いてみるか。
本棚の奥に詰められ日記帳を取り出し、空白のページを開いた。
【向かい合わせ】
俺はとある町の高校に通う学生
部活は一応運動 たまにさぼるけど
数学とか理系は得意で
国語とかの文系は苦手
食い物は甘いものが好きな
どこにでもいるやつ
今は放課後
部活は休みだけど
理科準備室に来ている
隣に座っている幼馴染が
用紙にひたすら書いているところを
じっ と 見つめる
幼馴染は
俺の隣の家に住んでいるやつ
部活は小説なんかを書く部に入っている
今 まさに部活中のところを
俺が冷やかしに来ている訳
幼馴染は
国語や歴史系が得意で
数学は苦手らしい
味覚はしょっぱいものが好きめ
今はもう流石にやらないけど
昔 向かい合わせで
昼寝をした時には
同じ視線だったはずだ
幼馴染が背筋を伸ばして執筆している
同じ視線にしようと
俺は少し上半身を下へさげた
性別も生まれた年も環境も
一緒なのにな 俺とこいつは
ずっと 正面を向き続けていたのに
今更 そんなことを思う
シャーペンにルーズリーフが
擦れる音だけが響く
【やるせない気持ち】
先日 親友が結婚した
私の知らない男と
久々のLINEが来たと思ったら
結婚報告だった
後日 親友と会った
少し都会にあるオシャレなダイニングバー
数年ぶりの一緒のランチだ
仕事の近況や最近の趣味の話を
お互いにし合った
楽しい すごく
食事があらたか進み
酒が進んだころに 例の話題が上がった
親友の結婚の話
彼女の幸せそうな様子は嬉しかったが
夫婦とその親族だけで行われた婚約と
男の話は 苦痛だった
学生の頃 一人で教室にいた私に
声をかけてくれた親友
私の好きな手紙交換
読書 交換ノートに
付き合ってくれた親友
当時からモテてはいたから
結婚も想定していたとは言え
胸の奥のもやもやが強くなる
私が男だったら とか
親友が男だったら とか
考えてしまう
どちらが男だったとしたら
こんな関係にはなっていただろうか
否 無理だ
そもそもこんな縁自体が
あり得なかったかもしれない
また呑み会しようね と約束して
親友と別れた
夜道に吹く冷たい風が
やけに心地良かった
【海へ】
僕の住む町は海は近い。ただし、海水浴が出来る海辺へ行くのには電車で約二時間はかかる。海水浴をするならの話だ。
海を見るだけなら最寄駅から数駅乗れば行ける。海っぽい名前の駅を降り、改札を抜ければすぐ港が見える。港へ続く道の両端には南国っぽい木が立ち並び、一気に海っぽい光景になる。海風が吹くのを感じながら、ゆっくり歩道を歩く。夏も終盤に差し掛かってはいるものの、まだまだ暑い。滝のように汗が額や腰から流れている。
数分後、港へ到着した。展望デッキの広場の目の前はもう海である。デッキの手すりに上半身を預けた。数メートル下は穏やかに波打っている。近くには工場が立ち並び、工場の反対側は観光用の小船がぷかぷかと桟橋で揺られている。海水浴が出来ないのは貿易港だからである。水平線の先には小さく貿易船や工場などが見えた。
僕はすう、と息を吸う。潮の香りがする。夕方だからか、海の底は紺色で見えそうにない。昼間でも見えないかもしれない。流石に水深は浅いとは思うが、それでも底が見えないだけでも得体の知れない恐怖はある。しかし不思議だ。海を眺めていると心なしか落ち着いた気分になる。僕は空を見た。夕日は空と海と工場を照らす。忙しない一日なんてまるでなかったみたいだ。
僕はしばし時間を忘れ、日が沈むまで、眺めていたのであった。