しののめ

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【海へ】

 僕の住む町は海は近い。ただし、海水浴が出来る海辺へ行くのには電車で約二時間はかかる。海水浴をするならの話だ。
 海を見るだけなら最寄駅から数駅乗れば行ける。海っぽい名前の駅を降り、改札を抜ければすぐ港が見える。港へ続く道の両端には南国っぽい木が立ち並び、一気に海っぽい光景になる。海風が吹くのを感じながら、ゆっくり歩道を歩く。夏も終盤に差し掛かってはいるものの、まだまだ暑い。滝のように汗が額や腰から流れている。

 数分後、港へ到着した。展望デッキの広場の目の前はもう海である。デッキの手すりに上半身を預けた。数メートル下は穏やかに波打っている。近くには工場が立ち並び、工場の反対側は観光用の小船がぷかぷかと桟橋で揺られている。海水浴が出来ないのは貿易港だからである。水平線の先には小さく貿易船や工場などが見えた。

 僕はすう、と息を吸う。潮の香りがする。夕方だからか、海の底は紺色で見えそうにない。昼間でも見えないかもしれない。流石に水深は浅いとは思うが、それでも底が見えないだけでも得体の知れない恐怖はある。しかし不思議だ。海を眺めていると心なしか落ち着いた気分になる。僕は空を見た。夕日は空と海と工場を照らす。忙しない一日なんてまるでなかったみたいだ。
 僕はしばし時間を忘れ、日が沈むまで、眺めていたのであった。

8/24/2024, 9:30:41 AM