テリー

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11/21/2024, 2:58:54 AM

道端の石ころだったんだ。俺は。
誰も目にも止めない。誰も気にも止めない。蹴り飛ばしたとて、そこに転がっている俺が悪いのだと言われる存在。
何の変哲もない。何の名前も無い。ただの石ころだったんだ。
だが、お前はそれを拾い上げ、あろうことか大事に大事に磨き上げた。名を付け、愛おしそうにそれを呼んだ。
お前にとっちゃ拾い上げた数ある石ころの内の一つだったのかもしれない。もっと出来の良い、比べ物にならない宝石を拾ってたのかもしれない。
けれど、俺にとっちゃ拾い上げてくれた手はお前しか知らない。唯一無二の存在だった。
拾い上げ、包み込み、守ってくれたのは、お前しかいないんだ。
俺の知りうる世界の全てだった。
そんなことを言ったら、お前はどんな顔をするだろうか。重たい、なんて言うだろうか。こんな重たい石ころ、捨ててしまいたいだろうか。
それでも俺は。俺は—心から願う。

友よ、俺はお前の一番の宝でありたい。と。

***

あの日のことは良く覚えている。晴れやかな気分だったことも。
なのに、どう説明したらいいか未だに難しい。ただ、俺にとって凄く嬉しい出来事だった。それだけは確かだ。
けれど、今まで誰にも言えなかった。なんだろう、秘密にしていたかったのかもしれない。
砂浜を散歩していたら、たまたま見つけた綺麗な貝殻。それがアイツの第一印象だった。
少し欠けてはいるけれど、綺麗な色で陽に当てるとキラリと輝いた。
角度を変えその煌めきを見て「ああ、ココに居たんだ」と何故か嬉しかった。ピッタリはまる片割れを見つけた、そんな気分だった。
だから誰にも言えなかった。本当は皆に見せびらかして自慢したかったんだ。「すごいお宝見つけたんだ!」って。でも、そんなことしたら、誰かに取られちゃうかもしれないから、言えなかった。
兄ちゃんだから、いつだって大事なものは弟や妹に譲ってばっかりだったから。別に嫌じゃ無かったけど、何故かこの時は誰にも取られたく無かったんだと思う。だから、仕舞った。心に鍵をかけて、大事に、大事に…取られませんようにと。
でも、今はハッキリと言える。

親愛なる友よ。お前は俺が見つけた最高の宝だ!と。

≪宝物≫

11/15/2024, 7:52:17 AM

一面の麦畑が海原のように風に靡く。枯れた葉が擦れあう音が、ザワザワと波に合わせてさざめいた。
アゼルマが金色の絨毯に飛び込めば、自身の背丈を優に越え宛ら林に潜り込んだようだった。
「今年は実入がいい。こりゃあニケ様に感謝せにゃな」
父が嬉しそうにそう言った。近所の人達も皆父の言葉に頷き嬉しそうに笑った。
母は毎日豊穣の神ニケにお祈りをしていた。今朝は母も大喜びで脱穀の準備をしていた。
麦の林に潜りながら、アゼルマは折れて地に落ちていた小さな穂を拾い上げた。
その穂を弓に見立て、天高く伸びる畑の穂達にパシパシと叩きつける。麦がしなりサラサラと音を立てる。アゼルマは街で見た楽団のバイオリン弾きを思い出していた。
くるくると回りながら指揮者の様に穂を振る。麦達が楽団のように合奏を奏でる。時折覚えている歌を口ずさむ。小鳥達の合唱も見事なものだ。
アゼルマの指揮はクライマックスを迎え、終いに麦畑を突き抜けて両手を天に掲げた。麦畑のざわめきが拍手喝采のようにアゼルマに降り注ぐ。
だが余韻に浸る間も無く、小さな拍手がアゼルマに向けられた。驚き見やれば、眼鏡をかけた細身の—軍人が立っていた。
「素晴らしい。素敵な演奏だったね」
兵隊さんだ、アゼルマは自分の行いを見られていたことよりも、見慣れないその服装に萎縮し小さくお辞儀をした。
頬が燃えるように熱い。駆け抜けたせいか耳まで熱くなっていた。
「カーテシーも見事だ。母君から習ったのかな?」
「はい、ムシュー」
「それは結構。…ところで、失礼。私以外にこうした服を着た人を見かけなかったかな?」
幾度か首を振れば、その軍人は困った様に笑った。
「そう。ありがとう、プティ」
彼はそう言うと、畦道を道なりに進み出した。
遠くなる背に、アゼルマは改めて恭しくお辞儀する。麦畑を撫ぜる秋風は再び拍手を彼女へ送る。
「…ここにおりましたか!ウォーカー団長」
彼が誰かに呼びかける声を乗せて。

≪秋風≫

11/14/2024, 10:00:19 AM

「ご機嫌よう」
パシュ、と小さな音をたてて放たれた弾丸が男の眉間を貫く。
真っ白な壁紙が花弁が散らされたように真っ赤に染まる。サイレンサーから燻る硝煙をわざとらしくフッと吹く。
夜景を展望できる窓にはパーティドレスを身に纏った自分が映る。その姿は宛ら舞台役者のようだった。
今回は少し手こずった。だが部屋まで誘い込めればこちらのもの。あとは鼻の下を伸ばすそのふざけた面に、素敵なプレゼントを送れば任務完了。
「ええ、終わったわ」
ピアスを模した通信機にそう告げれば、彼女は煙草に慣れた手つきで火をつけた。
吐き出した紫煙が部屋と肺に満ちていく。そこまでのルーティンをこなして、彼女の胸はようやく満たされる。
銃口を向けた相手の恐怖、苦悶の表情。それが見たくてあえてこの役を買って出ている。
その表情の移ろいを見ると”生”を感じる。
—嗚呼、堪らない。
彼女は剥き出された自分の肩を抱き恍惚の表情で身震いする。
「…これだからやめられないのよ」

≪スリル/また会いましょう≫

11/12/2024, 2:38:40 AM

「逃げないもんですね、存外」
天窓が一つ設けられた部屋で少女が蹲っている。歩けない様に板状の足枷がつけられている。
背に生えた翼が”それ”が普通では無いと物語っていた。
「あんな立派なもんつけといて、窓から逃げようと思わないもんですかね」
そう不思議がる監視員に、画面越しに問診していた男は答えた。
「いいや。アレは…”アルバトロス”と同じさ」
「アルバトロス?…ってなんですか?」
問診票にチェックを入れながら彼は質問に答えた。
「アホウドリのことだ」
「ぷっ……あはは!ドクター天馬、結構毒舌ですね!まぁアホウってのも頷けますね。逃げ道があるってのに、ぼんやり空を眺めて終わりだなんて」
その言葉を聞きながら、天馬は苦い顔をした。
—馬鹿者め、そういう意味じゃない。
アルバトロスは滑走して助走を付けなければ飛び立てない。彼女も同じだ。だから走れないよう枷をつけているのだ。
我々”人”がそうしているのだ。だから彼女は諦めている。
(もし、私が創造主ならば、翼だけで飛び立てるように設計しただろう)
ともすればこんな人型にすらしなかっただろう。神は何を血迷って、人の背に翼を生やそうと思ったのか。
「……哀れだ」
そう呟き天馬は問診を終え、その場を後にした。
人の姿をしていなければ、親しみから興味を持たれ閉じ込められることも無かったろうに。人が”アホウ”でなければ、こんな研究対象にすらならなかっただろうに。
廊下の天窓から降り注ぐ光を避けながら、天馬は臍を噛んだ。

≪飛べない翼≫

11/10/2024, 9:07:32 AM

何か、大切なことを忘れている気がする。とても、とても大切なこと。
決して忘れまいと、心の奥底に仕舞った記憶。
なのに…今はとても朧げだ。
私は一体何を覚えておこうとしたのだろう?この足が向かう行先?この手に取る何か?それとも—。
……駄目だ、思い出せない。
『これだけは忘れてはならない』と、心に言い聞かせた筈だというのに。
目紛しく過ぎゆく時間の中で、私は大切な”何か”の記憶を忘れてしまった。
諸行無常だ。…いや、盛者必衰の方だっけ。どっちでもいい。
とにかく私は何か大切なことを忘れている。あんなに忘れるなよと自分に言い聞かせておきながら。
こう、喉元までは出かかっているんだ。頭にもぼんやりと『これは忘れちゃダメ』と記憶した何かが—…。
私はそう思いながら腰掛ける。

その瞬間私の頭に電流が走る。
パッと照らされたその単語が脳裏を過る。
「トイレットペーパー…!!」
空になったペーパーホルダーが悲しく乾いた音を立てる。深夜1時。コンビニまで徒歩5分強。
また明日にするか、でこうなった。明日こそは決して忘れまい。
私は苦い顔でそう誓った。

≪脳裏≫

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