電車に揺られ家路につく。
まだ明るいが気温が下がり外は寒い。
車内は冷たい風が遮られ、足元から温風が送られてくる。
日差しが気持ちよく、体がぽかぽかする。
心地よい揺れ…
大きな揺れで目を覚ます。
窓の外は緑に囲まれている。
田舎暮らしはこんなもの。
見慣れた風景に再び瞼を閉じ…
―いや、待てよ。こんな木の生え方しているところないよな。
「次は〇〇」
―寝過ごした…
『遠くの街へ』
「あっ、あの、川田くん…」
「私、川田くんのことが好きなの。」
「えっ!?」
「もし良かったら…」
「ねぇ、川田くん聞いてる?先生呼んでたって。」
「ああ、わかった、ありがとう。」
―職員室へ行かないと。
―こんな寒いのに外で部活とかよくやるよな。
―ああ、廊下で広がって喋ってるなよ。
カキーンッ
「あっ!危ない!」
ドンッ
ガシャンッ
「キャーーーッ!」
「だっ大丈夫!?」
「…うっうん、だっ大丈夫、助けてくれてありがとう。」
「無事で良かったよ。」
「すみません、ちょっと通ります。」
「あぁ。」
「失礼します。大野先生いらっしゃいますか。」
「おお、川田!待ってたぞ。今回の模試も凄いな。満点とったやつはお前だけだったよ。」
「いや、そんな。」
「川田くん、また満点だったんですか?」
「そうなんですよ、木村先生。私も担任として鼻が高いですよ。」
「頑張ったわね、川田くん!」
「いえ、先生方のご指導あっての事ですから。」
「はっはっはっはっ」
「川田大丈夫か?」
「あっはい、すみません。」
「じゃあそういう事だから、このプリント配っといてな。」
「分かりました。失礼します。」
―あーあ、つまんないな。何か起きないかな。
『現実逃避』
君は今、ウキウキしているね。
デートの時は、普段しない髪のセットをするって知っているよ。
君は今、デートプランを思い出しているね。
昨日いっぱい調べていたし、さっきから返事が上の空だもん。
君は今、デザートを悩んでいるね。
ご飯は即決なのに甘党だからデザートはいつも決めるのに時間がかかるんだよね。
君は今、手を繋ぎたいと思っているね。
手ばっかり見て、自分の手を伸ばしては引っ込めてを繰り返してる。
君は今、もっと一緒にいたかったって思っているね。
優しいから笑顔で見送るけど、1人の帰り道で大きなため息ついてるもん。
君は今、デートを振り返っているね。
いい事があるとシャワーを浴びながら大きな声で歌うもんね。
君は今、いい夢を見ているね。
寝顔までニヤニヤしているよ。
私は君の今をずっと知っているよ。
早く“今”を共有しようね。
『君は今』
ある休日、目覚ましもなく目を覚ます。
薄暗い部屋の中、時計を見ると11時。
夜中の11時ではない。
リビングに降りても家族の姿はなかった。
皆出かけたのだろう。
空腹に気づき食事を探すが見当たらない。
コンビニまで徒歩10分、買い物に行こう。
外に出ると生暖かい空気に包まれた。
雨が降り出しそうな灰色の雲が頭上を覆い、盛りを過ぎた草花が項垂れている。
住んでいる人がいるのか分からない、中途半端な高さの建物。
人通りも無くモノクロの世界に取り残されてしまったような感覚だ。
情景を読み取る問題があれば、確実にハッピーな気持ちではない。
気だるそうな店員、店内放送はなんだか遠く聞こえる。
世界が灰色に感じるのは昨晩親とケンカをしたからではない。
テストの点数が悪かったからでも、名指しで怒られたからでも、あの子に彼氏ができたからでもない。
なんだか凄く既視感がある。
いや、長い人生生きていればこんな感じの日もよくあるだろう。
辺り一面が暗くなる。
ある休日、目覚ましもなく目を覚ます。
薄暗い部屋の中、時計を見ると11時。
夜中の11時ではない。
リビングに降りても家族の姿はなかった。
皆出かけたのだろう。
空腹に気づき食事を探すが見当たらない。
コンビニまで徒歩10分、買い物に行こう。
『物憂げな空』
「あれ、君今日から入る子?」
「あっ、はい。田中といいます。今日からよろしくお願いします。」
「はい、よろしくね。僕は鈴木です。君の指導係だから、しばらくシフト一緒に入って教えていくよ。分からない事はどんどん聞いて、分からないままにしないでね。なんたってこの国の未来に関わるからね。」
「はいっ、よろしくお願いします。」
「早速、配られた資料は目を通してあるかな?」
「はい、見ました。」
「じゃあ、確認していこうか。まず、僕たちの主な仕事内容は?」
「食事、排泄の処理です。」
「そうだね。注意することがたくさんあったと思うけど、覚えてる範囲で言ってみて。」
「はい。えーっと、快適な室温を保つ。排泄後は速やかに処理する。食事は頻回に。保湿。あとは…」
「うんうん、あとはやりながら覚えていこう。」
「はい!」
「僕たちの部所は特に食事回数が多いから少量をこまめにね。あと人肌ぐらいの温かさでね。それより熱いのは絶対だめだから。」
「了解です。」
「なるべく話しかけてあげてね。コミュニケーションが大事だから。」
「話かけるんですか?」
「そうそう、最初は何て話そうか困るかもしれないけど、先輩たち見て慣れてくればいっぱい話せるから。」
「わかりました。」
「この子たちはまだ話せないし、そんなに動けないから、基本は泣いて要求してくる。よく観察して何を要求しているか考えて応えてね。」
「はい…」
「まあ、最初は分かんないと思うけどコミュニケーションとっていくと自然と分かるようになるから大丈夫だよ。ああ、あと首がすわっていないから抱っこする時はしっかり首もとに腕を入れて支えてね。危険だから忘れずにね。」
「はっ、はい。」
「1年で大体3倍の重さになるから腕が鍛えられるよ。」
「そんなに急激に大きくなるんですね。」
「こうやって僕たちも大きくなってきたからね。大事なのは愛情を持って働く事だよ。すぐ皆巣立って行っちゃうけど、今赤ちゃんを育てるってのはこの仕事をしていないとできない事だから。」
「昔は夫婦で育てていたんでしたっけ?」
「そうだね。少子化や虐待の増加でこの制度ができたらしいからね。もう自分を産んだ人を知っている世代の人はいないんじゃないかな。」
「そうなんですね。」
「僕たちの働きがこの国の未来を育てるからね。誇れる仕事だよ。一緒に頑張ろう。」
「責任重大ですね。頑張ります。」
『小さな命』