世の中にはこの気持ちを伝える言葉がたくさんある。
付き合っているからと慢心している訳じゃない、伝える事の大切さは分かってはいる。
だけど、自分は素直に言えるタイプではない。
「月が綺麗ですね」みたいな文学的センスも、ギターを弾いて歌にするような技術も持っていない。
サプライズなんてもってのほか。
失敗が怖くてしょうがない。
いっぱい食べるところとか、些細な事でも大きく笑うところとか、楽しそうに色々な事を話してくれるところとか、さり気なく優しくしてくれるところとか、隣に居ると安心するところとか。
挙げたら切りがないくらい思っている。
でも、それらをまとめた言葉が言えないから。
普段撮らない写真を撮ったり、ここに行こうって誘ったり、ちょっと寄りかかってみたり、酔ったふりして甘えてみたり。
君には伝わっているよね?
いや、でも、ちゃんと言葉にしないと。
『Love you』
真っ暗な部屋の中、強烈な光を放つ。
微かに聴こえてくる音。
時計に目を向けると短針は12を超えていた。
反対側に体を倒すと大きな背がこちらを向いている。
―ようやく眠れそうだったのに。
大きな背に触れようと手を伸ばしかけたが、布団の中に戻す。
「ねえ、そろそろ終わりにして」
返答はない。
その代わりに暗闇と静寂が訪れる。
『太陽のような』
「はぁ、だめだ…」
この言葉を言うのは何回目だったか。
やってやるぞと思って、やっぱりだめだと止めてしまう。
こんなにも真っ白だから、僕が汚してしまいそうで怖くてできない。
別にこれが初めてではない。毎回躊躇ってしまう。
1度始めてしまえば同じ、どうせ汚れてしまうのだから。
気にしなくていいんだと自分に言い聞かせる。
それでも身体は重く動かない。
こうしている時間ももったいない。
意を決して身体に力を入れる。
「あっ…!」
やっぱりやってしまった。
グシャッ
それからは落ち着いた気持ちで書くことができた。
新品のノートに書くのは毎回緊張するな。
『0からの』
はっと目が覚めて時計を見る。起きる時間まであと30分ある。のそのそと布団の中に潜り込む。
アラームが鳴り響く。あと10分だけとスヌーズを繰り返す。
身支度を終え家を発つ。毎日の繰り返し。
帰りの電車、イヤホンから流れる音楽で遮断する。
言い方のきつい先輩。大きな声を出す客。噂話と陰口。それに合わせる自分。あのやり方であっていただろうか。あれをやり忘れていた。………
ぐるぐる回る思考と無意識に行う習慣。
明かりを消し、冷たい布団に震える。
おやすみなさい。
『今日にさよなら』
子どもの頃買ってもらったプリンセスの絵が描かれたピンクのノート。1番のお気に入りで、どこへ行くにも持って歩いた。
どうしても遊びたかった子が、そのノートをくれないと遊ばないと言うから、渡して一緒に遊んだ。
家に帰ってもあのノートが忘れられなくて泣き続けた。
いつまでも泣き止まない私に困って、最後には返してもらった。
あのノートはいつから無くなったのだろう。
角度によって絵柄が変わる手鏡。手鏡自体は使わないけど、絵柄が変わるのが可愛くて毎日眺めては引出しに仕舞っていた。
あの手鏡はまだ引出しにあっただろうか。
毎日聴いていたあの曲。恋とはそんな気持ちになるものなのかと期待が溢れてワクワクしていた。まだ口ずさむ事はできる。
あの曲を最後に聴いたのはいつだろう。
よく誘ってくれたあの人。どこへ行っても、何をしても楽しくて、くだらない話でも永遠にしていられた。
あの人はもう随分と誘ってくれない。
『お気に入り』