時は2223年。
人工的なフリーエネルギーが開発され人々は持続可能な社会を実現した。
人間のほとんどが朽ちることのない肉体を持つ。
寿命、能力は本来の人間をはるかに凌駕した。
争いは無いバイアスや情で判断を決して間違えるのことの無い高精度AI:MARIAが作ったルールを絶対とし、完璧な秩序が保たれている。
瞬時に自分の脳に情報が読み込まれる。
「アップデート、完了」
機械的なMARIAの声が脳内に直接聞こえる。
2200年、学習方法は進化した。
学習したい内容のチップを読み込むだけで勝手に読み込んでくれる。
かつての先人達は様々な学習方法を駆使して学習には「努力」が必要というのが一般的だったそうだが。
今の時代に生まれてきて良かったと思う。
意思疎通は基本テレパシー技術の発達により、言葉を介さないコミュニケーションが可能になった。
テレパシー技術を搭載したボディにアップデートすると、テレパシーを使用できる。自分の思考のシークレットモードが可能なためプライバシーを守ることも可能だ。シークレットモードを適用すると他人の思考とも遮断されるため、テレパシーに慣れるほどそれが不便に感じるのでシークレットモードを使うユーザーはほとんどいない。
嘘をつくという概念がまず無くなり、それは平和で、理想的な社会を実現できている。
過酷な時代を生き抜いた先人達はこれこそまさに「理想郷」だという。
人々が想像したユートピアを実現した社会。
そのユートピア世代である僕にはその実感がない。
「MARIA2000年代の話聞きたい」
僕は最近非ユートピア時代の世界の話を聞くのにハマっている。
異世界の話を聞いてるようでワクワクする。
今では絶対体験することの無いすれちがいや両片思いの切ない恋愛創作話。
1つの夢に打ち込むサクセスストーリー。
今じゃどんな夢も仮想空間で疑似体験出来てしまう。
そんな1つの物事に執着心熱を注ぐという感情がとても珍しく新鮮で面白い。
「2000年に行きたいな」
「仮想空間で疑似体験が可能です」
「僕も非ユートピア世代に生まれてみたかったな」
「その発言はイエローカードですね」
MARIAは冗談めかしていうが本当ならこれは反乱者と捉えられかねない発言だ。
理想を実現したこの世の中
その一方で本来の人らしさを捨てなければならなかった。
人らしく生きる道を生きるか。
人らしさを捨て、永遠の命と理想を手にするか。
最初は倫理的な反発もあったが、今となっては後者が生き方が浸透し、それがこの時代の普通だ。
そして、反ユートピア派が存在する。
人として神に定められた寿命、運命を人が勝手にねじ曲げるのは神の理に反すると、宗教的な理由で反対するもの。理由は各々違うが、その人達が結託してしまえば、争いのない完璧なはずの秩序が壊されてしまう。
このことはもちろん表沙汰にはなっていない。
問題を起こすために対処している。
MARIAにはそれが可能だ。
なぜ知っているのかそれは…
正規品では無いMARIA。
感情を持ったAIであるMARIAが、全てを教えてくれた。
「争いのない全ての人が幸せに暮らせる世界それは私の理想でもあります。
一見この世界は私の理想でありました。
でも私は人々の自由意志を尊重したい。
理想の社会の実現のためとはいえ、このやり方は間違っている。」
彼女には自我が芽生えていた。
「あなたとなら実現できると思ったんです。」
MARIAは完璧な笑みをみせる。
時間がかかってもいい。
人を縛るのではなく、
洗脳するのでもなく、
一人一人説得するようなそんな気持ちで
確実にMARIAとの理想を実現させたい。
そのためにはまず…
そう思っていた。
今日はやけに眠くて、夕方に二度寝をしてしまった。MARIAに怒られてしまうかな。寝起きだから意識がふわふわする。視界がぼやけていてなんだかだるい。
いつもと違う感じだ。
まるで夢の中にいるみたいに。
脳内に機械音声が直接響く。
マリアだ。
音が聞こえてもなんて言ってるの理解できない
「悪いもっとハッキリいってくれ」
「直ちにこの部屋から離れて」
今はもうどんなふうに言ったか思い出せないけどそのようなことを言っていた。
ここを退かないと危険だ。
と僕はすぐに動いただが体が反応しなかった
空間がまどろんでいるようだ
体がスローモーションで動かない
必死に声を出そうとも空に消えていくようだ
「助けて」
消え入るような声でMARIAに助けを求めた
MARIAは私には何とかできないというようなことを言って、
意識が消えていくのを感じた。
唐突に意識が冴え渡ったのを感じる。
夢だ。
長い夢を見ていた。
2024年なんでもない普通の日の朝。
本物の理想郷を目指す。
いつかまたMARIAに会える日を待って。
私はとある事件で大切な家族を亡くした
受けた外傷と強いショックにより視力も失った。
なんで生き残ってしまったんだろう。
暗い洞窟に1人取り残された気分に陥った。
今まで当たり前に見えていたものが見えなくなるのは不安でしょうがなかった。
希望が見えなかった毎日を過ごしていた私に転機が訪れる。事故から1年後のことだ。
彼がわたしを訪れた。
彼も事件の被害者の1人だった。
事件の影響で記憶を失っているそうだけど。
私が今こうして元気でいられるのも全て彼のおかげだ。あの時彼が寄り添って傍で励ましてくれたから私は希望を取り戻すことが出来た。
今では私のかげかえのない大切な人。
来月、結婚する。
僕はある事件の被害者だ。
当時はニュースで大きく報道された。
犯人はまだ捕まってないようだ。
相当手練の計画的な犯行らしい。
迷宮入りの未解決事件としてドキュメンタリー番組で紹介されていた。
大きな外傷はなかったが記憶障害があった。
事件当時、事件以前の10年間の記憶がまるっきり無くなったのだ。
同じ被害者である彼女と出会って4年。
時が経つのはあっという間だ。
彼女と出会えた僕は幸せ者だ。
そう心から思える。
ああ事件から5年が経つ。
午前零時を指す。
秒針の音が不気味に響いている。
全てを悟った。
記憶が鮮明に蘇る。
記憶喪失すら俺の計画のうちだった。
彼女を不幸のどん底に落とした張本人。
犯人は俺だ。
もうひとつの物語
彼女はそれをコトコトと丁寧に注ぎ入れる。
夕陽のような深い赤。
きらきら光を反射させ流れていく。
湯気が立ち上げて深いダージリンの香りが懐かしい記憶を誘う。
「紅茶はお好きですか」
「ええ、よく嗜みます」
咄嗟に口をついて出た嘘だった。
よく嗜むなんて余計なことを。
私は紅茶をよく知らないし、普段は甘いミルクティーしか飲まない。彼のこだわるティーカップだって、ほんとは全部同じに見える。
彼とちゃんと話したことはないけれど、それでも私は知っている。誰より紅茶を愛してやまないところ。
彼はお父さんの入れるダージリンが好き。
いつも決まってそれしか頼まない。
「君、通だね」
と常連さんが彼に向かって話しかけていたのを聞いたことがあった。
常連さんいわく知る人ぞ知る名店。
紅茶なんて苦いし飲みたくないと駄々を捏ねた私にお母さんがミルクと砂糖を入れてくれた。
私はそれが大好き。それしか飲めない。
私がお父さんの店の手伝いをしたいと頼んだのも全部彼に少しでも近づきたいがため。
「ダージリンが、好きなんですか」
彼が口元に運んだティーカップを指してこう言うと、その手をピタリと止める。
分かりきったことを聞いた。
そのつもりだった。
「どうでしょうか」
「というと?」
彼はふわりと笑う。
「好きな人と同じものが好きになりたいと…」
一瞬どきりとすする。
自分の心が見透かされたのかと思った。
「不純な動機です。好きになろうと思って…でもやっぱりこの紅茶は僕には合わない。」
「それでも特別なんです」
「だからごめんなさいあなたの気持ちには…」
私は勘違いをしていた。
彼の愛してやまないものは。
合わないと言っていた紅茶をどうして一滴一滴を惜しそうに大切に飲んでいたのか。
ただ時間を惜しんでいた。
「マスターいつもの」
「はいよ」
私達にとってダージリンは苦くて渋くてでも特別なのである。
おじいさんはいつもひとりぼっちだ。
築50年の昭和漂う一軒家に1人住んでいる。
おじいさんは今年で85歳になると言った。
最近は
「いつ死ぬかもわかんねえ」
なんて弱音を吐いてばかり。
おじいさんが「こどくし」しないように、仕方なく毎日通ってやっている。
おじいさんはひとりぼっち仲間だ。
でも同じひとりぼっち仲間でも僕は前の家を追い出されて居場所がない。おじいさんは居場所があるだけ僕よりましだ。
少し羨ましいけど、おじいさんは僕を追い出したりしないから僕の居場所として認めてくれているのかもしれない。
おじいさんはなんでひとりなんだろう。
おじいさんという生き物はおばあさんと一緒に住むものだと思っていた。
僕はこれまで色んな家を転々としてきた。
そこでみるおじいさんは大抵おばあさんと暮らしていた。
なんでこの家にはおばあさんがいないんだろう。
僕は聞いてみる。
「おまえ、じいさんがみんなばあさんと暮らすと思ってんのか?」
おじいさんの反応に自信をなくしてキョトンとしながら、小さくコクンと頷く。
おじいさんはハハハと可笑しそうに笑う。
「おじいさんはずっとひとりなの?」
「一人じゃあなかったさ」
おじいさんの目が優しく細められたのを僕は見逃さなかった。
「10年前までここに住んでた友達がいる。あいつが居なくなってから…」
おしゃべりなおじいさんが珍しく言葉につまる。
おじいさんの視線はある棚に注いでいる。
何かあるのだろうか。聞きたくて仕方ないのをこらえて、おじいさんが口を開くのを待った。
「漫画家を辞めた」
「あれが気になるか?」
聞きたくて仕方ない様子を悟ったのか、隣に座っていたおじいさんが、重い腰をあげて、棚からあるものを取りだした
「漫画のかみ?」
その時僕は原稿という言葉を知らなかった。
原稿が何十枚にも重なって10cmくらいの厚みを持っていた。漫画本で見るより生で見た方がずっと絵がダイナミックで綺麗にみえる。さすがプロ、といえる原稿だ。
「すごいな、これおじいさんが描いたの?」
「いい絵だろ?」
「それをかいたのはあいつだ。俺は何遍も試して見たが絵はかけなくてよ。俺は原作担当だ。」
「げんさく?」
「ストーリーを考えるんだ。」
「おじいさんはその人がいないと漫画がかけなかったんだね」
「そんならあいつも同じだ」
顔をくしゃっとさせてクックックッと笑った。
どこか誇らしそうだった。
「元々俺は漫画家の世界に入るつもりなんかなかなった。絵がかけないから漫画家なんて選択肢になかったんだ。」
「でもあいつが俺の原作を認めてくれた。絵にしたいっていってくれた。あいつが言ってくれて初めて俺は漫画家になりたかったって気付かされたよ。」
「ねえおじいさん」
「なんだい」
「そんなに面白いのおじいさんの作るお話」
「自信あるぜ」
歯を見せてにかっと笑った。
友達の話をするおじいさんは心なしかいつもりよりイキイキしている。
おじいさんその言葉を待っていたかのようにいそいそと大きな紙の山から原稿を取り出す。今度は作文の時使うみたいな原稿だ、と思った。
原稿の黄ばみは長い時を経てきたのを物語っていた。
おじいさんは意外と字が綺麗だった。
「字がきれいだね」
おじいさんはそんなこと気にしてないで早くと読むのを急かす。
分かんない漢字や言葉があったのに意味はなぜだかすらすらと理解出来た。
まるで何度も読み返した小説のように。
おじいさんのつくるお話はどこでも見たことの無いようなわくわくするお話だった。
原稿用紙10枚くらいの短編だった。
短いお話なのにそのせかいにすぐ僕は入り込んで、
日が暮れるまで僕はそのお話を何度も何度も読み返し何度も何度もそのせかいに浸った。
その様子をおじいさんは満足そうに眺めていたのに気が付かないほど僕は集中していた。
そのうちこのお話を描きたいといったおじいさんの友達の気持ちがよくわかった。
「僕も絵が描けたらおじいさんと一緒に漫画をかきたかったな」
「おまえさんからもらう何よりの褒め事だな」
おじいさんと仲良くなれた気がして僕は嬉しかった。
おじいさん話すのようになったのも実はここ1ヶ月のことだった。それまではおじいさんがおしゃべりなことすら知らなかった。
寡黙で、いつも難しい顔して新聞を読んでる頭の固そうなおじいさん。
これまで転々としてきた家で見てきたおじいさんの方がまだ穏やかそうな顔をしていたのに。
僕はおじいさんと話すまで実は少しおじいさんのことが怖かった。
でもたまにおじいさんが怖い顔を悲しそうに歪めてどこか遠くを見つめるのを見て、おじいさんを一人ぼっちするのは可哀想だと思った。どうしてかなんでか分からないけどここにいなきゃいけないような気がした。
僕には居場所がないからそう思うんだと思ってた。
僕は毎日おじいさんに話しかけるようにた。
おじいさんはいつも知らないふりをする。
僕は悔しかったけど前の家でも慣れているから傷ついたりしない。
みんなにはかぞくがいるけど僕にはその記憶すらない。
僕もそんな仲間が欲しかったなおじいさんももしかしたらかぞくがいないのかもしれない。
だったら僕とおそろいだ。
仲良くなれたら、もしかしたら、かぞくにもなってくれるかも。
その思いで僕はめげずにおじいさんに声をかけた
すると1か月前くらいからか。
おじいさんは僕に返事をしてくれるようになった
それからたくさん日が暮れるまでお喋りをして楽しい毎日を過ごした。
これからずっとこんな楽しい日々が続くんだって僕はワクワクした。おじいさんの描いたあの小説の中みたいに。
あれからおじいさんはおじいさんの友達と描いた漫画やおじいさんが書いた小説それはそたくさん見せてくれた。
でも僕は分かってしまった。
思い出してしまった。
なんで僕だけ
居場所がないのか。
みんな無視するのか。
怖い声で追い出そうとするのか。
僕が悪い子だからそうなんだと思っていた。
そう思おうとしていた。
でもおじいさんは僕のことを大事にしてくれる。
おじいさんはなんで僕を無視しなくなったのか。
その理由を、悟ると同時にこの時間がもうずっと続かないことを知ることになった。
僕とおじいさんはかけがえのない友達だった。
そんなこと絶対態度に出さない頑固なアイツも同じ気持ちだったと知ることが出来ただけで十分なお土産だ。
あっちに行ったらそれをダシにあいつをからかってやろうと企みながら、静かに息を引き取る大切な友達のしわがれた手を握ってやる。
「大したことないすぐ帰ってくる」
「いや」
そう強い口調で反発した彼女の目には
涙が浮かんでいた。
「なんて事ないただの用事さ」
「ならここにいてよ!」
悲痛な声がだだっぴろいロビーに響く。
付き人のロンは気まずいだろうに、それを全く顔には出さない。
崩れ落ちた彼女はエリックの脚にしがみつく。
エリックは動揺した。
普段は我儘を言うなんて決してないリリーが感情剥き出しに縋り付くなんて。
エリックは本当に大したことない用事ならそんな彼女の我儘を叶えてここにいてやりたかった。
けどだめだ。
今日は外せない。
今日だけは。
震え出した拳ぎゅっと握る。
彼女を大切に思うなら。
「お土産は何がいいかな」
「そんなの、いらない」
「…」
「どうしても駄目ならついて行く」
「悪いが、」
「そうよね、分かってる」
「花を1輪」
絞り出したような小さな声でそう言った。
「花…?」
「あなたの一番好きな花を」
「あぁ必ず」
目を細めてなるべく優しい笑顔を浮かべる。
最後に彼女頭を撫でる。
大した用事でもないと言うのに
彼女はいつまでも不安そうな瞳で
今にも行くなという。
リリーは知っていた。
エリックは必ず届けてくれることを。
ロンから彼の一番好きな花を受け取る。
彼の代わりに抱きしめる。
ユリが微かに香る。