四葉

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おじいさんはいつもひとりぼっちだ。
築50年の昭和漂う一軒家に1人住んでいる。
おじいさんは今年で85歳になると言った。
最近は
「いつ死ぬかもわかんねえ」
なんて弱音を吐いてばかり。
おじいさんが「こどくし」しないように、仕方なく毎日通ってやっている。

おじいさんはひとりぼっち仲間だ。
でも同じひとりぼっち仲間でも僕は前の家を追い出されて居場所がない。おじいさんは居場所があるだけ僕よりましだ。
少し羨ましいけど、おじいさんは僕を追い出したりしないから僕の居場所として認めてくれているのかもしれない。

おじいさんはなんでひとりなんだろう。
おじいさんという生き物はおばあさんと一緒に住むものだと思っていた。
僕はこれまで色んな家を転々としてきた。
そこでみるおじいさんは大抵おばあさんと暮らしていた。
なんでこの家にはおばあさんがいないんだろう。
僕は聞いてみる。
「おまえ、じいさんがみんなばあさんと暮らすと思ってんのか?」
おじいさんの反応に自信をなくしてキョトンとしながら、小さくコクンと頷く。
おじいさんはハハハと可笑しそうに笑う。
「おじいさんはずっとひとりなの?」
「一人じゃあなかったさ」
おじいさんの目が優しく細められたのを僕は見逃さなかった。
「10年前までここに住んでた友達がいる。あいつが居なくなってから…」
おしゃべりなおじいさんが珍しく言葉につまる。
おじいさんの視線はある棚に注いでいる。
何かあるのだろうか。聞きたくて仕方ないのをこらえて、おじいさんが口を開くのを待った。
「漫画家を辞めた」
「あれが気になるか?」
聞きたくて仕方ない様子を悟ったのか、隣に座っていたおじいさんが、重い腰をあげて、棚からあるものを取りだした
「漫画のかみ?」
その時僕は原稿という言葉を知らなかった。
原稿が何十枚にも重なって10cmくらいの厚みを持っていた。漫画本で見るより生で見た方がずっと絵がダイナミックで綺麗にみえる。さすがプロ、といえる原稿だ。
「すごいな、これおじいさんが描いたの?」
「いい絵だろ?」
「それをかいたのはあいつだ。俺は何遍も試して見たが絵はかけなくてよ。俺は原作担当だ。」
「げんさく?」
「ストーリーを考えるんだ。」
「おじいさんはその人がいないと漫画がかけなかったんだね」
「そんならあいつも同じだ」
顔をくしゃっとさせてクックックッと笑った。
どこか誇らしそうだった。
「元々俺は漫画家の世界に入るつもりなんかなかなった。絵がかけないから漫画家なんて選択肢になかったんだ。」
「でもあいつが俺の原作を認めてくれた。絵にしたいっていってくれた。あいつが言ってくれて初めて俺は漫画家になりたかったって気付かされたよ。」
「ねえおじいさん」
「なんだい」
「そんなに面白いのおじいさんの作るお話」
「自信あるぜ」
歯を見せてにかっと笑った。
友達の話をするおじいさんは心なしかいつもりよりイキイキしている。
おじいさんその言葉を待っていたかのようにいそいそと大きな紙の山から原稿を取り出す。今度は作文の時使うみたいな原稿だ、と思った。
原稿の黄ばみは長い時を経てきたのを物語っていた。

おじいさんは意外と字が綺麗だった。
「字がきれいだね」
おじいさんはそんなこと気にしてないで早くと読むのを急かす。

分かんない漢字や言葉があったのに意味はなぜだかすらすらと理解出来た。

まるで何度も読み返した小説のように。

おじいさんのつくるお話はどこでも見たことの無いようなわくわくするお話だった。
原稿用紙10枚くらいの短編だった。
短いお話なのにそのせかいにすぐ僕は入り込んで、
日が暮れるまで僕はそのお話を何度も何度も読み返し何度も何度もそのせかいに浸った。

その様子をおじいさんは満足そうに眺めていたのに気が付かないほど僕は集中していた。

そのうちこのお話を描きたいといったおじいさんの友達の気持ちがよくわかった。

「僕も絵が描けたらおじいさんと一緒に漫画をかきたかったな」
「おまえさんからもらう何よりの褒め事だな」


おじいさんと仲良くなれた気がして僕は嬉しかった。
おじいさん話すのようになったのも実はここ1ヶ月のことだった。それまではおじいさんがおしゃべりなことすら知らなかった。
寡黙で、いつも難しい顔して新聞を読んでる頭の固そうなおじいさん。
これまで転々としてきた家で見てきたおじいさんの方がまだ穏やかそうな顔をしていたのに。
僕はおじいさんと話すまで実は少しおじいさんのことが怖かった。
でもたまにおじいさんが怖い顔を悲しそうに歪めてどこか遠くを見つめるのを見て、おじいさんを一人ぼっちするのは可哀想だと思った。どうしてかなんでか分からないけどここにいなきゃいけないような気がした。
僕には居場所がないからそう思うんだと思ってた。

僕は毎日おじいさんに話しかけるようにた。
おじいさんはいつも知らないふりをする。
僕は悔しかったけど前の家でも慣れているから傷ついたりしない。
みんなにはかぞくがいるけど僕にはその記憶すらない。
僕もそんな仲間が欲しかったなおじいさんももしかしたらかぞくがいないのかもしれない。
だったら僕とおそろいだ。
仲良くなれたら、もしかしたら、かぞくにもなってくれるかも。
その思いで僕はめげずにおじいさんに声をかけた
すると1か月前くらいからか。
おじいさんは僕に返事をしてくれるようになった
それからたくさん日が暮れるまでお喋りをして楽しい毎日を過ごした。


これからずっとこんな楽しい日々が続くんだって僕はワクワクした。おじいさんの描いたあの小説の中みたいに。
あれからおじいさんはおじいさんの友達と描いた漫画やおじいさんが書いた小説それはそたくさん見せてくれた。

でも僕は分かってしまった。
思い出してしまった。
なんで僕だけ
居場所がないのか。
みんな無視するのか。
怖い声で追い出そうとするのか。
僕が悪い子だからそうなんだと思っていた。
そう思おうとしていた。
でもおじいさんは僕のことを大事にしてくれる。

おじいさんはなんで僕を無視しなくなったのか。
その理由を、悟ると同時にこの時間がもうずっと続かないことを知ることになった。

僕とおじいさんはかけがえのない友達だった。
そんなこと絶対態度に出さない頑固なアイツも同じ気持ちだったと知ることが出来ただけで十分なお土産だ。

あっちに行ったらそれをダシにあいつをからかってやろうと企みながら、静かに息を引き取る大切な友達のしわがれた手を握ってやる。




10/26/2024, 1:44:35 AM