『最初から決まってた』
「ごめん、別れよう」
ごめんとか言うなら別れようって言わないでよ、なんて頭の中で言葉を投げつける。臆病な私には実際に口に出すことなんて出来なくて、そっかとしか言葉が出ない。
「なんで?」
「好きな人がいるんだ」
「それって、いつから?」
「三年前から」
私と付き合う前から。
最初から何となく分かっていた。この人は私のことを見ていない、私を通して違う人を見ているんだと。
俯きがちに震えた声で彼に聞く。
「私のことは好き?」
訪れた静けさに私の意思とは反した笑みがこぼれる。無言ってことは肯定だ、と漫画思考の強めな脳みそに嫌気がさす。
「じゃあなんで付き合ったの」
彼女と似ていたから、と文ではなく単語で返される。呆れて言葉も出ない。
弧を描いた口に沿って、涙がおちた。
『太陽』
嫌気がさすほど眩しい光が自身の肌をジリジリと痛めつけていく。満遍なく塗ったはずの日焼け止めは汗で流れ、熱気に圧倒される毎日。早く夏を終わらせてくれと何度願っただろうか。
「アンタも暑いでしょ」
日傘を左に如雨露を右に。石となった彼に水を浴びせる。中身が全て空になったのを確認し、熱を帯びた石の上にタオルを敷き座り込む。
「今年は特に暑いよ、ってこれ去年も言ったっけ?」
同じような言葉を繰り返している気がする。
「雲の上は涼しい?自分だけ楽してホントずるい」
日傘で隠しきれない靴に熱がこもる。黒なのもあって火傷しそうなほど暑くなっていた。
「じゃあそろそろいくね」
日傘を地面に置き、彼に抱きつく。
太陽より暑い熱が体に少しの跡を残した。
『夏』
嫌なほど蒸し暑い日の照りが、俺を蝕んでいく。
寒い冬が。暗い夜が。俺にはお似合いだ。
永遠と光に照らされ、生きていく自信が
俺にはない。
『君と最後に会った日』
丁度梅雨時で、蒸し暑い日が続いているとき。
「別れたい」
彼女の震える声が聞こえた。
「…え、なんて?」
それを否定するようにもう一度言葉を貰おうとした。それが、良くなかったのかもしれない。
「いっつもそうだよね、私が何か話してても何?何?って……ああ、話聞いてないんだって、おもって…」
彼女の瞳から、次々と溢れ出す涙は、頬を伝って地面に落ちる。
「すきだったの、私だけだったよね…」
そんなことない、そう声をかけなければいけないのに、言葉が出ない。俺が黙る時間が長ければ長いほど、彼女は更に涙を流す。それを見ているのが辛くて
「わかった。別れよう」
泣いていたはずの彼女の口角が徐々に上がっていく。泣いているはずなのに笑っていて、どういうことなのか、脳が追いつかない。
暫く笑っている彼女を見ていたが、ふと、彼女の笑い声が止んだ。
「いままでありがとう」
そう言いながら笑う彼女は、今までに見た事無いくらいの、美しい笑顔だった。
『あなたがいたから』
人気のないカフェの、陽のあたる位置で珈琲を頂きながら新聞を読む。この一時が、私にとっての娯楽だ。
新聞にはでかでかと、英雄と書かれている。その隣には私の夫の写真が一枚。二年ほど前に、遺影にしてくれと言われた写真が使われている。それを見て、もう夫は帰ってこないんだと思い知らされた。知っていたはずなのに、分かっていたはずなのに。頭のどこかで、嘘だと何度もそれを否定していた。
唯一の娯楽の時が、まるで地獄にでも変わったようで。いつの間にか珈琲は冷えていて、陽も落ちていて、闇が街を包み込む一歩手前だった。
「お葬式明日やるからね」
義母のそんな言葉も、傷ついた心に重くのしかかる。初めて行くお葬式が夫のだなんて。
神様は、なんて残酷なことをするんだろうか。