『ハッピーエンド』
そんなもの、存在してはいけない。
『見つめられると』
嫌いな人を殺したいと思った事はありませんか?
ありますよね?
はい、ありがとうございますっ!
嫌いな人を殺したくてたまらないけど、包丁などの凶器を使えば指紋が残ったり、犯人特定の足がかりにされてしまうかもしれない。
しかもお金もかかる
嫌いな人間を殺すのに、なぜこちらがお金も出さないといけないのか。意味が分かりませんよね。殺した後に凶器代を請求したいくらいです。
コスパよく、証拠も残さずに人を殺したい。
そんなあなたにおすすめなのが、視線という名の凶器です!
人の視線は、最高コスパの殺人道具です。
ただ毎日、じっと、殺したい相手の目だけを見つめ続けましょう。人は見られる、という行為に極度のストレスを感じる生き物です。
相手が勝手に意味を探し始めます。
なぜ見られているのか。自分に好意があるのか、あるいは敵意なのか。毎日は気味が悪い。何かを企んでいるのか?
そんな風に、こちらは感情なく見つめているだけで、相手の心が勝手に乱れ始めます。
それを複数人で行えば、相手はもう耐え難い気分になります。
5人、10人と、協力者を募り、みんなでそいつをただ見つめてあげましょう。
きっと本人が勝手に、所属する社会から拒絶されていると、妄想で苦しみだします。
確実に殺せる保証はありませんが、こちらは手を汚さず、なんのコストもかけずに、見るだけで相手を苦しめる事は可能です。
上手くいけば、見るだけで。
相手を自殺に追い込むことも、不可能ではありません。
『My heart』
私の心を傷付けないでください。
怒った顔で私を見ないでください。
呆れたような顔で私を見ないでください。
私の心を傷付けないでください。
私の顔を見て驚かないでください。
私の服を見て笑わないでください。
私の心を傷付けないでください。
私の考えた事を否定しないでください。
私の好きなものをバカにしないでください。
私の心を傷付けないでください。
もう誰も私に関わらないでください。
もう誰も私と目を合わせないでください。
私の心を傷付けないでください。
『ないものねだり』
長谷川玲奈にできないことは、何も無かった。
勉強をすれば全教科1位を取れた。
運動をすれば部活生に勝ってしまえた。
作文を書けばコンクールを受賞した。
容姿を整えれば誰よりも完成度が高くなった。
男の子を狙えば確実に彼氏にする事ができた。
仕事をすれば完璧に成果をあげる事ができた。
長谷川玲奈にできない事など、何も無かった。
地位も名誉も金も。
知性も運動神経もコミニュケーション能力も。
彼女は、全てを、持っていた。
しかし長谷川玲奈は、故にこそ、できるという事象に一切の意味を感じなくなった。
触れた事が無い世界でさえ、少し触れれば、全ての構造と攻略方法が透視するように分かり、そして実際に自分の身体を操るように動かす事も容易いので、理解と実行が一致してしまい、現実世界の全てを簡単に攻略できてしまう。
訪れるのは達成感の欠如による奈落の如き虚無と、平均的人類から浴びせられる劣等感と嫉妬の銃弾。
できたことに興味はなく、彼女は成果を全て捨て去り、次の目的地へと向かう。
様々な事を実践する中で、彼女にもできないことが一つだけ見つかった。
それが、自殺である。
彼女は抑えがたき空虚感から、自殺をしたいと願ってはみたものの、痛みと死への恐怖から、自殺を実行する事はできなかったのだ。
自分の首に縄をかけて見た時、あまりにも耐え難き拒絶衝動が沸き上がり、自分の意識とは関係なしに、首にかけたロープを外してしまったのである。
失敗。
それは彼女にとって衝撃的な出来事だった。
自殺に失敗した、その瞬間に。
長谷川玲奈は、悦びに表情を歪めて、大きく笑った。
初めての出来事だったからだ。
自分が構造と攻略法を理解しながら、体を動かせずに、その任務の遂行を果たせなかった事が、たまらなく、嬉しかったからだ。
そしてその日から。
長谷川玲奈の人生の目標は【自殺をする事】になった。
毎日、首にロープをかけて締め付けて、苦しみに慣れる訓練をしている。
毎日、自分の腕を意味もなくリストカットして、痛みに慣れる訓練をしている。
だけど、まだ、まだ、まだまだ、死ねない。
毎日、自殺に失敗する度に笑う彼女は、果たして天才なのか、狂人なのか。
いずれにせよ、彼女の今の心中を汲み取るならば。
「私の人生は、今、最高に充実している」
きっと、こんなところだろう。
「好きじゃないのに」
気持ち悪い言葉だ。
好きじゃない、のに、って何だ?
好きじゃないのに気になる、とか。
好きじゃないのに好き、にすらなる。
あまりにも捻れた感情だ。
だが改めて考えると、なぜ人間はこんな意味の分からない感情を持つのだろう。
好きじゃないなら嫌い、で良くないかと思う。
その方が単純に、生存に最適化できる気がする。
嫌なものというのは、自分にとって好ましくないものなのだから、避けるべき対象だ。
それは自分の生存を脅かす可能性を見出したからこそ、嫌いという感情が、その危険物から身を遠ざけさせる。
そう考えると、好きじゃないのに、という言葉の存在は、自分の命を脅かすものに何らかの魅力を感じている、という意味の分からない状態に、人間が陥る事の証左に他ならないのではないか?
人はなぜ、わざわざ自分の命を脅かすものに、惹かれてしまうのか。
私にはやはり、この人間という生物は、愚かで気持ち悪いとしか思えない対象だ。