『ないものねだり』
長谷川玲奈にできないことは、何も無かった。
勉強をすれば全教科1位を取れた。
運動をすれば部活生に勝ってしまえた。
作文を書けばコンクールを受賞した。
容姿を整えれば誰よりも完成度が高くなった。
男の子を狙えば確実に彼氏にする事ができた。
仕事をすれば完璧に成果をあげる事ができた。
長谷川玲奈にできない事など、何も無かった。
地位も名誉も金も。
知性も運動神経もコミニュケーション能力も。
彼女は、全てを、持っていた。
しかし長谷川玲奈は、故にこそ、できるという事象に一切の意味を感じなくなった。
触れた事が無い世界でさえ、少し触れれば、全ての構造と攻略方法が透視するように分かり、そして実際に自分の身体を操るように動かす事も容易いので、理解と実行が一致してしまい、現実世界の全てを簡単に攻略できてしまう。
訪れるのは達成感の欠如による奈落の如き虚無と、平均的人類から浴びせられる劣等感と嫉妬の銃弾。
できたことに興味はなく、彼女は成果を全て捨て去り、次の目的地へと向かう。
様々な事を実践する中で、彼女にもできないことが一つだけ見つかった。
それが、自殺である。
彼女は抑えがたき空虚感から、自殺をしたいと願ってはみたものの、痛みと死への恐怖から、自殺を実行する事はできなかったのだ。
自分の首に縄をかけて見た時、あまりにも耐え難き拒絶衝動が沸き上がり、自分の意識とは関係なしに、首にかけたロープを外してしまったのである。
失敗。
それは彼女にとって衝撃的な出来事だった。
自殺に失敗した、その瞬間に。
長谷川玲奈は、悦びに表情を歪めて、大きく笑った。
初めての出来事だったからだ。
自分が構造と攻略法を理解しながら、体を動かせずに、その任務の遂行を果たせなかった事が、たまらなく、嬉しかったからだ。
そしてその日から。
長谷川玲奈の人生の目標は【自殺をする事】になった。
毎日、首にロープをかけて締め付けて、苦しみに慣れる訓練をしている。
毎日、自分の腕を意味もなくリストカットして、痛みに慣れる訓練をしている。
だけど、まだ、まだ、まだまだ、死ねない。
毎日、自殺に失敗する度に笑う彼女は、果たして天才なのか、狂人なのか。
いずれにせよ、彼女の今の心中を汲み取るならば。
「私の人生は、今、最高に充実している」
きっと、こんなところだろう。
3/27/2026, 7:21:04 AM