『怖がり』
生きるって、怖がる事だと思うの。
だってね、何も怖がらない人は、死んじゃうから。
高い所を怖がらない人は、高いところに登っちゃう。
暗闇を怖がらない人は、暗闇に入っちゃう。
蛇を怖がらない人は、蛇に近付いちゃう。
ビビりな性格は、よく馬鹿にされたり、笑われたりするけれど。
だけど、ビビりだからこそ、大切な命を守れる
勇気を持たないと手に入らないものもあるけれど。
怖がりというのは、大切なものを守る才能を、あなたが誰よりも持っている証。
今はまだ、色々なことが怖くて、何もできないかもしれないけれど。
生き続けていれば、怖がりの精度が上がって、本当に怖い事と、意外と大丈夫な事が判別できるようになるはず。
だからね、たくさん怖がって大丈夫。
それは、いつかきっと。
あなたの生きる知恵になるから。
『星が溢れる』
俺ほどバスケが上手い奴はいない。
高校時代はインターハイ優勝と得点王の表彰に輝き、一躍スター選手として名を馳せた。
大学に進んでも変わらない。
俺のドリブルを止められる奴はいなかった。
俺のシュートはどこからでもネットを揺らした。
大学1年生でスタメンとして、インカレの優勝も果たした。
当然、気付く。
俺は稀代の大天才なのだと。
更にプレイスタイルも攻撃的で絵になる速攻性。
俺は紛れもなく、本物のスターだった。
そして、NBAへの挑戦を決意し、アメリカへ飛んだ。
ベンチにも入れなかった。
意味が、分からなかった。
自分がベンチにすら入れなかった事に、対してではない。
目の前で繰り広げられる、本物の超新星たちによる、異次元なまでの試合展開に対してだ。
あまりにも自分の理解と、能力の限界を遥かに超えていた。
無理だ。勝てない。勝てるわけが無い。
俺とは、生物が違いすぎる
当然気付く。
俺は本物のスターでは無かったのだと。
その2週間後。
俺は日本に帰国してプロチームに入り、その年の国内リーグ得点王に耀いた。
「安らかな瞳」
愛犬家のおばさんが、大嫌いだ。
隣に住んでいる井上さんは、合計で8匹も犬を飼っている。
トイプードルを筆頭に、チワワ、マルチーズ、ポメラニアンと、かわいい小型犬が全てを占めていた。
8匹全員が服を着せられており、そもそもそれが服という概念である事すら理解せず、何となく温かい感覚に喜びを感じている、惨めなペット達に、いつも哀れみを禁じ得ない。
私は、この井上直美という40代のおばさんが、どうにも受け入れ難いのだ。
理由は、彼女の目にある。
最初は感じの良い、優しげな人だと思った。
愛犬を散歩させ、愛犬の写真を見せながら語る井上さんの目は、なんとも優しく、穏やかで、安らかな瞳をしていたからだ。
本当に、犬の事を愛しているんだな。
そう思っていた。
あの光景を、見るまでは。
それはとある夜の事だった。
夜に友達と話しながらコンビニに向かっていると、井上さんが3匹の犬を散歩させているのを、見かけた。
その中の一匹、名前をモカちゃんという小さく可愛いチワワが、散歩が嫌になったのか、歩くのを辞めていたのだ。
他の二匹は進もうとするが、モカちゃんはその場に立ち止まり、意地でも動こうとしない。
その瞬間だ。
グイッ!!
と井上さんがモカちゃんを繋ぐリードを、力強く、乱暴に引っ張りあげたのだ。
モカちゃんは苦しそうな顔をして、小さな呻き声と共に、無理やりに引きずられる。
そして、言う事を聞かないモカちゃんに向ける井上さんの瞳は、あまりにも冷徹に怒りの揺らぎを宿していて。
普段のあの安らかで穏やかな瞳とは違う、上位者の不服が、あまりにも露骨に放たれていた。
あぁ、そうか。
これが、愛玩動物なのか。
これが、ペットなのか。
井上さんは犬という生物を愛している訳ではない。
もし彼女が本当に犬を愛しているのならば、歩きたくないチワワを引きずり、無理やり歩かせる事などしないだろう。
翌日。
私は通りで井上さんと出会った。
井上さんはモカちゃんを抱いて撫でながら、あの安らかな瞳で、私にモカちゃんへの愛情を語ったのだった。
『ずっと隣で』
隣が、良かった。
前は嫌だった。
後ろは寂しかった。
上は虚しかった。
下は苦しかった。
ただ、あなたと、同じでいたかった。
同じ朝日を見ていたかった。
同じ満月を眺めていたかった。
同じ未来を描いていたかった。
ただ、手を繋いでいたかった。
だけど運命は、私達を嘲るように。
解けた手のひらは、虚しく宙を舞うばかり。
それでも未練がましく、思い出を指折って。
心は縋り続ける。
ずっと、あなたの隣に、いたかった。
「あなたを知りたい。私のために」
人はそれぞれが、絵と形の違うパズルのピースだ。
誰かの事を深く知りたいと願う時、自分の絵柄と繋がるか、そもそも繋がる形をしているのか、そういう風に相手のピースの形を必死に探っている。
あなたの色は?
あなたの絵は?
あなたの形は?
だけど足りない。
形は合いそうで、私に描かれる海洋の絵に合うように、あなたのピースには水が描かれているけれど、それは淡水かもしれないし、私は魚が嫌いだけど、あなたは好きかもしれない。
だからもっと、知りたくなる。
淡水か海水どっちなの?
魚は泳いでいる?
陽の光は差し込んでいる?
人はそこにいる?
あなたは私を見ている?
相手を知りたいという気持ち。
それは相手を想っているようで、実際は、「お前は私と繋がれるのか?」「私と愛し合えるのか?」という、どこまでもエゴに満ちた、孤独からの逃避感情なのかもしれない。