『後悔』
「すみませんすみませんすみません」
取調室の中に、男の錯乱したような声が反響した。
私の目の前に座る細身で冴えない男は、精神が不安定であるのか、謝罪の言葉を執拗なまでに呟いている。
「本当に、僕はなんてことを……すみません、こんな犯罪者に、時間を取らせて、すみませんすみませんすみません。早く、死刑にしてください。お願いします。生まれてきて、すみません」
真顔で表情を一切変えずに言葉を放つ男は、まるで放心状態のようにも見えて、後悔に満ちる言葉とは乖離した無表情が、背筋にゾワっとした悪寒を走らせる。
威圧するように力強く腕を組み、目の前で後悔と自責に狂う男を睨みつける。
ふざけるな。
お前は連続強盗殺人という、人道を嘲笑うかのような最悪の蛮行に及んだ犯罪者だ。
どの口が、後悔の言葉を吐き散らす?
そもそもここで後悔をするような人間なら、強盗殺人、という最悪の行為を聞いた時点で怒りが湧き出るはずだ。
「すみません……本当に、すみません」
謝罪は必死に繰り返すのだが、相変わらず瞳は無感情に染まっていて、態度と言葉と声がどうにも一致しない。
男は一見すると、心神喪失状態に陥り、責任能力の欠如を示す挙動にも見える。
実際、逮捕直後は精神的に危険な状態であった。
つまり今現在の見立てとしては、責任能力がない中で犯行に及んだ可能性を、有意にありえる可能性として真剣に検討している状況なのだ。
つまりそれは、この犯罪者の無罪を検討している状況、という事になる。
ふざけるな。
もう一度、心の中で言葉がこぼれ落ちる。
どんな状況にあろうとも、この男が強盗殺人を繰り返した事は明白な事実であり、犯罪の事実は確かに存在している。
だが。
「あぁ、ああ、あぁ!!すみませんすみませんすみませんすみません!!」
突如として、男が自身の頭をデスクへと、本気で打ち付け始めたのだ。
気が狂ったような叫び声とともに。
金属に頭蓋が当たる鈍い音が、激しく響く。
「おい!やめろ!!」
私が叫んで立ち上がると同時に、別室から取調の様子を観察していた二人の検察官が飛び込んできて、狂乱している男を抑え込んでくれた。
「すみ、ません、すみません、すみません……」
何度も、何度も、何度も。
放心状態の瞳で。
机に押さえつけられながら、虚ろな無表情で謝罪の言葉だけを落とす男。
その様子を見て、諦めの瞼が落ちる。
ダメだ。
今日が最後の取調だったが、もう二週間も毎日この調子。こいつの精神は完全に崩壊してしまっている。
これ以上の取調は、いたずらに時間を消費するだけだな。
悔しいが。
もう、打ち切るしかない。
「……連れて行け」
「は、はい!」
私の指示に緊張の声で返事をするや否や、2人の検察官が両脇で男を抱えて取調室の出口へと向かっていく。
しかし、そうなれば精神科医による診断の段取りを整えて--
連れていかれる男を見つめながら、今後の流れを頭の中で整理していると。
不意に。
無表情の男がちらりと、こちらに表情を向けた。
なんだ?
私が怪訝な眼差しを返したその瞬間--男が、柔らかな笑顔で微笑んだのだ。
その微笑みを見ると同時に、私は最悪の真実に気付いてしまった。
なぜなら、男の笑顔を見たのは、これが初めての事だったからだ。
たった一秒。
男が私にだけ見せた、その柔らかな笑顔を。
この敗北を。
私は死ぬまで、毎晩のように思い出す事になるだろう。
5/15/2026, 12:16:36 PM