『一年後』
一年後、私は必ず司法試験に合格する。
血反吐を吐くほどの勉強時間を乗り越え、予備校の自習室に早朝から通い、誰よりも講師に質問して理解を深め、幼い頃からの念願だった弁護士バッヂを手に入れる。
それが、私の誓いだ。
それが、十年前に立てた、私の誓いだった。
大学卒業後。
親に頼み込んで司法試験に打ち込むと言ってから、結局合格することも無く、十年の歳月が過ぎてしまった。
両親は今でも応援してくれているが、内心では既に呆れ果てているだろう。
--こんなダメな息子でも弁護士になれば人生を逆転できるはず。
三十三歳にして社会人経験のない男が、実家で衣食住のある暮らしを保証されている事の裏側には、両親の投げやりな期待があるに違いない。
そんな邪推をしてしまうのも、たまらなく苦しい。
もう分かっているのだ。
自分には勉強をこなす才能も、意地になって努力をするだけの気概も、何もない事くらい。
このまま私が司法試験に合格することはないだろう。
だって、勉強などろくにできていないのだから。
だって、言い訳ばかりを繰り返してスマホを触っているのだから。
そんな人間が、司法試験という頂きに辿り着けるはずがない。
でも、だからと言って諦める勇気もないのだ。
だって、私には何もない。
弁護士になると豪語して、部屋の中でSNSと見つめ合っていた間、私は交友も仕事も趣味も、何ひとつ積み上げる事はなかった。
ただ、時間だけを、溶かす日々に沈んでいた。
もう司法試験に合格できないと自認しながら、それでも「俺は司法試験の勉強をしている。頭の悪い凡人とは違う」という惨めなプライドと虚栄に縋りついて、この日々を終える事もできない。
そして今さら、社会に踏み出していく勇気さえ持てない。
どこまでも自分という存在に吐き気がする。
いつまでこの日々は続くのだろうか。
誰が終わらせてくれるのだろうか。
あぁ、いや違う。
そうじゃないだろう。
私は司法試験の勉強をしないといけないのだ。
それが私の日々の責務なのだ。
私は一年後、必ず司法試験に合格する。
もう毎年、そう言い聞かせてきた。
性懲りも無く、今日も言い聞かせる。
もう終わっている現実を見つめないためには、一年後の幻想を映し出して、自分を騙す以外に方法はないから。
大丈夫。
きっと一年後。
私は弁護士になっている。
5/13/2026, 12:46:50 PM