『手を繋いで』
君との関係性が変わって初めての帰り道。前までは肩がくっつくぐらいの距離で、当たり前のように歩いていたのに。今日はどこか気恥ずかしくて、手が触れるか触れないかぐらいの絶妙な距離を保って歩いていた。なにか話さないといけないのに、浮ついた頭では話題が思い浮かばなくて。私たちを分かつ交差点までのタイムリミットが近づいて来るのを感じながら、私たちの間にはずっと沈黙が流れていた。このままではダメだと、なにか行動を起こさないとと焦る私の思考を遮ったのは、手に感じる君の温もりだった。私の迷いや躊躇いを絡めとるように君の手が私の手をすくいとっていく。
「いやだった?」
上目遣いで覗き込む瞳には、私を信じ切るような、自信がこもっているような、そんな強気な気持ち。それとちょっぴりの不安。少しでも感じさせちゃった不安な気持ちを払拭してあげたい。だから、そっと君が繋いでくれた手を握り返す。
不器用な私の不器用な伝え方だったけど、君はそんな私を見て嬉しそうに笑うから。次の帰り道は絶対自分から手を繋ぐんだと強い覚悟を決める。交差点までの残り数分、1分1秒だって君から離れてたまるかと肩が触れ合う距離まで近づいて歩く。
『泣かないで』
ずっと君のとなりには誰も居なくて君の周りにいる人はいつも君の少し後ろにいた。だから誰かに助けを求めることを知らなくて、ずっとひとりで君は抱え込んでいた。でも今は違うよ君のとなりには私たちが居るんだから。だから独りで泣かないで。困った時はいくらでも頼ってくれていいんだから。
『冬のはじまり』
季節の変わり目はかぜをひきやすい。毎年のようにこの時期は多くの人が体調を崩す。今年も例に漏れず、学園に通う学生の多くが今月に入って何人もかぜでダウンしていた。
「千夏ちゃんが体調を崩すなんて、珍しいこともあるんだね。」
「だね。1番身体強そうなのに。」
「私はじめ、紗菜ちゃんに聞いた時一瞬冗談かなと思ったもん。」
「あぁ……。まぁ紗菜ならそういう冗談言いそうっていうのもあるしね。私もちょっと疑っちゃった。」
「いや私だって体調の一つや二つ崩すよ。おんなじ人間なんだからさ。」
そして、今日は体調を崩した千夏のお見舞いに2人で来ているのであった。
「あと普通に寒さ耐性ないから。冬のはじまりとか体調崩しやすいんだよ。」
「なるほどねぇ。まぁ早く体調治してね。なんやかんや紗菜も日向も寂しがってるから。」
「蘭ちゃんも態度に出さないようにはしてるみたいだけど、寂しいオーラダダ漏れだもんね。」
「まじ?体調治ったらすぐいじりに行こ。」
「さすがにやめてあげて……。蘭がかわいそう。」
「あんまり長居してもだし、私たちはとりあえずお暇するね。ゆっくり休んでね。」
「うん。ありがと。すぐにでも治して蘭いじりに行くから安心して。」
「ほどほどにね。じゃあ千夏またね。」
そう言って冬のはじまりの寒空の下に2人は乗り出す。早くその背中に追いつけるように、いまできることはただ休むことだけだから。
好きなアーティストが活動を休止すると発表した。最初は夢かと思ったけど、どの番組でも取り上げられていて事実なんだと思わされた。私の人生に彼らが居ないなんてことが考えられない。せめて彼らの音楽は終わらせないで欲しいと思い今日も目を閉じる。
『愛情たっぷりの〇〇』
「オムライスが食べたい。」
普段は出席率の低い部活が、久しぶりに半分揃ったある日。各々自分の時間に興じていたとき、唐突に紗菜が意味不明な発言をした。どうせここで紗菜の話を広げてもめんどくさくなるだけだからと、全員が無視を決め込もうとしたが、その空気感を悟って1歩先に行ったのは紗菜だった。
「みんな?めんどくさそうだからって無視したらダメだよ〜ねっらん?」
「いやめんどくさいからパスで。」
「もう〜らんはつれないなぁ。ひなたはどう思う?」
「うーん……。どう思うと言われても……。」
「うんうん。だよねひなたもオムライス食べたいよね。」
「いやまだ何も言ってないですよ!?」
「ということで、今日は愛情たっぷりのオムライスをひなたに作ってもらおう!!」
「なるほどね……。」
「えっいやいや待ってください私が作るんですか!?この流れで私が作ることになります?普通?らんさんからも何か言ってくださいよ!」
困惑のあまりまくし立てるように告げるひなたのことなんか気にしないと言わんばかりに紗奈は話を進めようとするし。らんも一向に止めようとしない。
「いやぁたしかにこのメンツなら作るのひなただよなぁ。面白いじゃん。作ってよひなた。愛情たっぷりのオムライス。」
「なん……。いやもう諦めます。正直2対1でかなうとは思わないので。ーーーせめて材料は用意してくださいよ?」
「よしきた!じゃあ早速買い物してひなたの家に行こー!」
「うちでやるのは決定なんですね……。というか愛情たっぷりってなんなんですか?なんか意味あるんですか?」
「え?そりゃあまぁあれだろ(ひなたへの)愛情がたっぷり(ある人のために作る)オムライスってことだろ。」