「正直、勝ち負けなんてどうでもいい」
そう思える日が来たら苦しまないのに。
そういえば、練習試合で初めて会った時も、一番楽しんでいたのは彼だった。
「勝負している間の、互いに本気でぶつかり合っている瞬間が楽しいんだ」
そうハッキリ言えてしまう君が羨ましい。
でも僕の喉は暑さで張り付いて、本音を言わせてくれない。その代わり、熱気を吸い込んで口を開く。
「でも、勝負の世界はいつも残酷だ。
誰かが勝って、勝者だけがその先に行ける」
その楽しい時間を長く続けるため、勝ちを追い求める必要がある。
僅かな抵抗で返した苦し紛れな言葉に、彼は太陽のような笑みを浮かべた。
「そうだね。だから、お互い楽しい時間を追い求めよう。決勝まで」
僕の両肩を叩いた手は力強く重たいもので、限界を迎えつつある僕の腕が、悲鳴を上げた。
多分、僕は次の試合でこの夏の戦いは終わってしまう。
「ああ、決勝まで」
強がりでそう返すのが、今の精一杯だった。
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「夏の勝負」
⊕勝ち負けなんて
暗く、静かな部屋の中を細心の注意を払って、
扉の音も足音もしないように進んだ。
街灯の僅かな灯りに慣れた目で、
ベッドに横たわる愛しい人を見下す。
最近寝付けないらしく、顔色が悪い。
如何にも体調が悪そうだ。
心配だが、この部屋に自分の痕跡を残しておく訳には行かない。
けれど、眠っている間に掛け布団を直すくらいは許されるだろうか。
心臓の音がバクバクする。
うっかり体に触れない様に、掛け布団の端を持ち上げた時。
パッと電気が付いた。
驚いて振り返ると、いつの間にか制服のお巡りさん達がいて、警戒した面持ちで私の手元を見つめていた。
「布団をね、かけ直してあげようと思ったんですよ」
ニッコリと微笑むと、何故か不気味そうな表情を浮かべて、一人が私の背に手を添えた。
「外で少し、お話しましょうか」
促されるままに外へ出ると、一人の男性が遠くから見つめているのが見えた。
彼のことは知っている。
彼女の友人で、私との仲を邪魔しようとしたから。
『ストーカー野郎』
声は聞こえなかったが、スマホを握りしめた彼の口がハッキリそう言っていた。
「掛け布団をね、かけ直したかっただけなんですよ」
⊕これで最後
今日は土曜日。予定もない。
あるとしたら、目の前にあるコスメの箱を開封するくらい。
学生時代、メイクに殆ど縁がなかった。
そんな私が興味を持ったのは、推しがいるから。
理由の半分以上は自分のためと、あと少しは推しのため。
前者は推しの目に映れるなら、できるだけ綺麗な姿で居たいから。
後者は「〇〇推しの人」のレッテルを背負うから。
でも、最近はちょっと違う。
動画やメイク記事で勉強したり、コスメカウンターのスタッフさんに教えてもらって、コスメを買った後は妙にワクワクする。
このワクワクはきっと、昨日の私より綺麗になれるかもしれない期待から。
胸を張って歩くための武器と、それを手に入れるための術が目の前にあるから。
だから私は、今日よりもっとメイクが好きになる。
「自分がちょっと好きになる」
⊕昨日と違う私
「Sunrise」って言葉を使ったことがなくて、
文字通りのはずなのに思わず調べてしまった。
日本語にすると「日の出」。
同じ意味のはずなのに、何となく違うイメージがあるのは私だけだろうか。
私にとって日の出は、ちょっと嫌なイメージが多い。
冬の通勤電車で「なんでこんな朝早くから、満員電車に乗らないといけないのか」と昇りつつある太陽に照らされながら、心を無にして電車に揺られていた記憶が多いからだ。
けれど一度だけ、暖かい記憶がある。
とある海辺のホテルで、朝食会場が開く前にロビーで待っていた時のこと。
他にも待っていた何人かが、ロビー奥のテラスに出ていくのが見え、つられるように私も外に出た。
まだ肌寒い時分で、暖かいロビーから冷たい海辺の強風に晒される。
同じく外に出た人の中には、寒さを物ともせず煙草が優先、とばかりに端にあった喫煙スペースに向かう人もいた。
寒いのが苦手な私は上着をかき集めながら、
テラスに植えられた植込みや小さな椰子の木を避けて奥まで進んでみる。
開けた視界の先には、広い海と紫色の空の境目に
昇りつつある半円の太陽があった。
砂浜の方には椰子の木もあり、これぞまさに「Sunrise」と呼ぶに相応しい景色だった。
その空の色があまりも綺麗で、
寒風で冷えた身体に太陽の熱と共に
じんわりと胸に何かが染み込むような感覚を覚えた。
この後の朝食のことがなければ、もしかしたら涙を流していたかもしれない。
それくらい綺麗だった。
同時に電車の車窓からと、海辺ではこうも違うのかとも思った。
これが「日の出」と「Sunrise」のイメージの違いなのかもしれない。
「日の出とSunriseの違い」
⊕Sunrise
小さい頃、タンポポの綿毛が好きだった。
黄色い花を咲かせたあとにできる、ふわふわの綿毛。
そっと傍らにしゃがみ、蝋燭の火を吹き消すように、小さなシャボン玉を沢山作るときのようにふぅっ、と吹くとブワッと綿毛が飛ぶのが楽しかった。
吹いても中々飛ばない綿毛があると、意地になってずっと吹いていたり、寧ろ吹かずに軽く手で掴んでは宙に放ったり、タンポポの軸を持って左右に揺らしたこともあった。
何れにせよ綿毛は飛び、幼い頃はよく見ていた『空を飛びたい』という夢を叶えるのに綿毛を使うのもありだな、なんて考えたりもした。
そういえば、高校生位になってから久しくタンポポを見ていない気がする。
それくらいから、夢を見なくなったんだなと少し寂しくなった。
たまにはタンポポの綿毛探しも良いかもれない。
「夢見る綿毛」
⊕風に身をまかせ