小さい頃、タンポポの綿毛が好きだった。
黄色い花を咲かせたあとにできる、ふわふわの綿毛。
そっと傍らにしゃがんみ、蝋燭の火を吹き消すように、小さなシャボン玉を沢山作るときのようにふぅっ、と吹くとブワッと綿毛が飛ぶのが楽しかった。
吹いても中々飛ばない綿毛があると、意地になってずっと吹いていたり、寧ろ吹かずに軽く手で掴んでは宙に放ったり、タンポポの軸を持って左右に揺らしたこともあった。
何れにせよ綿毛は飛び、幼い頃はよく見ていた『空を飛びたい』という夢を叶えるのに綿毛を使うのもありだな、なんて考えたりもした。
そういえば、高校生位になってから久しくタンポポを見ていない気がする。
それくらいから、夢を見なくなったんだなと少し寂しくなった。
たまにはタンポポの綿毛探しも良いかもれない。
「夢見る綿毛」
⊕風に身をまかせ
日々過ごしていると、大小かかわらず『うっかり』というのはどこにでも転がっている。
地図の読み違いで道を間違え、迷子になったり
ほぼ一日かけて書いた論文や小説が、PCの不調でまっさらになったり
ゲームのセーブができていなかったり
特に『冒険の書が……』という言葉を聞くと頭を抱える人もいるだろう。
そういう時に、何に消失感を感じるだろう。
浪費した体力なのか。
自分が捻り出したアイディアなのか。
集めてきたアイテムや、苦労して手に入れたレア物か。
どんなことにせよ、『うっかり』には時間の消失が存在する。
因みに私はここ数日、「書いた内容を切り取って貼り付けたら貼り付けをミスって消える」という『文章版 消しゴムマジック』に心が折れかかっている。
いいか、コピペするときは切り取りじゃない。
コピーだ!
忘れるな、コピーだぞ!!!
泣いてないぞ!!!
「自戒」
⊕失われた時間
「私もついに、大人になるのね」
振り向き様に寂し気な表情を浮かべて笑む彼女は、
大人の姿をしていた。
――――――――――――――――
彼女は明日、この孤児院を卒業し
私の知らない男性と結婚する。
幼い頃から共に過ごしたここを出て、
私の知らない場所で今後を過ごすのだろう。
友人が見初められてから、私達の別れの日は決まっていた。
日毎、彼女は私をおいて大人になっていく。
昼間も大人の顔をした彼女が孤児院を出て、夕食後に帰ってきたのを知っている。
消灯後に彼女の部屋の戸を叩くと
扉は直ぐに開かれ、中に招き入れられた。
ベッド横にあるライトだけが頼りで、弱々しい灯りが部屋を照らしていた。
まだ化粧を施したままの彼女がデスクの椅子に座ると、デスクに置いていた贈り物らしき口紅をそっと引き出しにしまう。
「思ったより、いい人よ」
そう微笑む彼女に施された化粧は薄闇でもわかるほど
肌白く、鮮やかな紅が強調されたものだった。
彼女にはもっと淡い色の口紅が似合うのに。
そう思いながら、デスク横のベッドに腰掛けると彼女も私の隣に座り直した。
二人で黙って見つめ合う。
何分経ったか、見つめ合ううちに
彼女の口紅だけが薄暗い部屋に浮かんでいた。
この口紅さえ消えれば。
紅が憎くて、彼女の唇に指を這わす。
綺麗に縁取った口紅が、指を通った跡に残り
先程よりも紅の色が薄くなった。
彼女は目を伏せて私の指の動きに集中し、させるがままにしている。
唇から頬、首にかけて赤い筋ができた。
今度は彼女の方から両手を伸ばし、
私の頬を包むと自分の額に私の額を合わせた。
目線を上げると、直ぐ側に彼女の瞳が見える。
覚悟を決めた瞳が揺れる。
潤んだ瞳から、今すぐにでも雫が零れ落ちそうだ。
明日の朝になれば、この関係が人に知られることはない。
大人になれば、私達は永遠にこの手を取り合うことはできない。
それならば今夜だけはまだ、子供のままでいい。
「大人になれば私達は」
⊕子供のままで
待ちに待った日。
朝起きた時……いや、その前日から準備は始まっている。
前日の朝から美容院に行って、推しのカラーに染めて
午後にはネイルサロンで、推しの概念デザインでネイルしてもらう。
夜になれば明日の準備を済ます。
帆布のバッグを推しの缶バッジで埋め尽くす。
うん。痛バッグ、よし。
ペンラと応援うちわ、よし。
推しのブロマイドとアクスタ、よし。
チケット、よし。
グッズのための軍資金、よし
当日はグッズのために早めに家を出る。
鏡の前で身だしなみを整える。
メイク、よし
ヘアスタイル、よし。
推しの概念ファッション、よし。
さぁ、今日は待ちに待った推しのライブ。
ペンラと応援うちわを両手に惜しみのない
推しへの愛を叫びに行こう。
「推しのあなたに会いにゆく」
⊕愛を叫ぶ。
踊る影
顔を上げれば
モンシロチョウ
「散歩道での出来事」
⊕モンシロチョウ