ちどり

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ふわふわする。
瞼は一定の場所から上がらず、舌も回らない。

(もしかしたら、このまま起きれずに済むかもしれない)

毎度そう思いながら、その場で横になる。
周囲の悲鳴の様な声も遠くに聞こえた。

腕を引っ張られて両脇に抱えられ、足を引きずりながら冷えた空気に晒される。喧騒は一時遠ざかり、暫くするとまた人混みの声が響き渡った。

「毎度、勘弁してくださいよ! お疲れ様でした!」

耳元で叫ぶ声を最後に、柔らかいシートの上に押し込まれる。緩い動作で頭を上げれば、冷静な目をした運転手が俺の様子を観察していた。大方、吐くか吐かないかを判断しているのだろう。

何がしかの会話がなされ、外の喧騒を遮るように扉が閉められるとタクシーが動き出す。

「お客さぁん、飲みすぎましたねぇ」
「えぇ……いつものことで」

相槌を返すのが精一杯で、最後は口の中の空気を押し込むように声を出すと横に倒れ込む。無理やり締められたシートベルトが体に食い込んだ。

いつもの事だが、記憶も失わず翌日恥に身悶え、吐けないばかりか体内の毒素に苦しめられる。

いっそ吐いてしまう方が楽になるのに、勿体ない精神を持つ体は、そう簡単には解放してくれなかった。

「中途半端に飲めるのも、考えもんですね」

いつの間にか独り言でボヤいていたのか、運転手が気の毒そうにミラー越しに見つめていた。

「でも、この酒のために一週間頑張ってるんで……」

週に一度の飲み会。
どこにも逃げられない、ただ意識だけを飛ばす逃避行だ。

「でもそろそろ、周りに迷惑をかけない逃避行でもすべきかな」

そう呟くと、運転手はニヤリと笑ってハンドルを切った。

「お客さん、幸運ですね。お連れ様から、迷惑のかからない逃避行の注文を承っていますよ。」

ぼんやりとした視界で最後に見たのは、自宅とは真反対の山中に向かうルートが示されたカーナビだった。

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「酔っ払いの始末」
⊕現実逃避

2/27/2026, 12:46:55 PM