愛してると言わなくては、死んでしまう病に罹患した。
でも、オレは、おまえを“愛してない”から。どうしても言えない。
世界で一番好きだよ。世界で一番特別だよ。
だけど、愛することが出来ないでいる。オレの恋は、いつまでも花をつけない。
この恋は、祟りみたいなものなんだって、前に言っただろう?
おまえは、それを受け入れたけど。本当に感謝してるけど。愛せないんだ。
これは、オレの哲学の話。オレの定義では、オレはおまえを愛していない。
何も言えなくて、ごめん。
いきなり死んでしまうことを、ゆるさなくていい。
光があるところに影があり、花は咲いたら散るけれど。
「春っていいよな」とだけ、おまえに言うと、同意された。
おまえは覚えてないかもしれないが、オレは、あの春を覚えている。高校生になったばかりの頃、クラスがおまえと一緒だった。
またかよ。そう思った。中学の頃から、ずーっと同じなもんだから、話したことは、ほぼないのにフルネームを覚えてしまってたんだよな。
嫌いだったよ、おまえのこと。善人だから。
でも、おまえに恋をした。あれは、春だった。桜が美しく見えるようになったし、モンシロチョウが綺麗に見えたし、自分が独りだと気付いた。
オレの世界に、“寂しさ”を持ち込んで来たおまえは、本当に最悪で。
オレは、心の中の特別席におまえを座らせてしまったから、今でも隣を歩いている。
桜並木が、鮮やかに彩られていた。
人間でいる資格を剥奪された。
オレは、誰よりも自分のことが嫌いで仕方なかったから、そのせいで、人間不適合者として処罰されたのである。
今のオレは、一匹の毒虫だ。小さな虫けら。オレには、お似合いの命の器。
オレは体をくねらせ、おまえの足から這い上がり、肩に到達する。
そして、おまえがオレの存在に気付いた。
「意外と元気そうだな」
まあな。発声が出来ないので、心中で同意する。
横目でオレを見ながら、おまえは歩き出した。
「落ちるなよ?」
ま、善処するよ。
帰宅して。肩から降ろすために、毒虫のオレに触れるおまえは、怖いもの知らずだな?
「愛してる」と、手のひらの上のオレに告げられた。
オレが、世界で一番好きなおまえは、随分物好きで、シュミが悪い。でも、そのお陰で、こうして側にいられるんだから、嬉しいよ。
永遠の命を手に入れた。
だから、それをおまえにも分けて、共に生きる。
百年の時が過ぎ、オレたちの家族や友達や知り合いは、みんな死んでしまった。
でも、オレは、おまえさえいればいい。この世で一番特別な、おまえさえ隣にいればいい。
だが、おまえは違った。家族や友達や知り合いの死を、おまえは悼み、悲しむ。
そりゃあ、オレだって悲しいけどさ。
「おまえには、オレがいるよ」と言ったが、おまえの表情は暗いままだ。
永い時を、オレと過ごすおまえ。ある日、おまえは告げる。
「もう疲れた」と、一言。
悪いけど、不死の捨て方なんて、オレは知らない。
おまえは、両手で顔を覆い、膝から崩れた。
永遠に囚われたおまえは、そのことを嘆く。
それでもオレは、おまえを逃がしてやれない。逃がすもんか。
夕日を背に受けながら、ふたりで歩いている。
「今日が終わったら、オレはまた、おまえを忘れる」
「ああ」
オレの記憶は、一日でリセットされてしまうのだ。
「このオレとは、さよならだな」
正直、オレは悲しい。離れ難いと思う。けれど、時は容赦なく進み、セピア色の思い出すら作らせてはくれない。
「永遠に、さよならだ…………」
「……寂しくなるな」
おまえも、同じ気持ちでいてくれるなら、オレは嬉しい。
こんな別れを、オレたちは何度繰り返してきたのだろう?
それでも、何度でも、オレはおまえに会いたい。