恋人が記憶を失くした。正確に言うと、俺に関する記憶のほとんどを消されたのだ。
「君は…………?」
親しくなってからのおまえは、俺のことを“君”なんて言わなかったし、“くん付け”で呼んだりしなかったのに。
ただ、おまえは、精神を壊してしまったから。今の方が健やかなんだろう。
そんなおまえが、俺の目を見つめてきて。
「なんだろう? なんかドキドキする」とか、抜かすもんだから。
俺は、未練たらしくしている。
オレの中の星空で、おまえは一等星だったのに。
それをオレは、この手で消してしまった。部屋の灯りを消すように簡単ではなかったけど、完遂した。
オレは、笑いながら涙を流し、怒っている。
おまえのいない世界は、眩しくない。だから、居心地は良くなったはずだ。それなのに、夜空を見上げて、オレは慟哭している。
「ふざけんな! ふざけんなよ! おまえを消せば、オレは“正常”になれるはずだろ!」
でも、そうはならなかった。オレは、“正常”でも“普通”でもない。ただの、人殺し。
「はは…………」
乾いた笑いが漏れる。
星屑を辿った先に、おまえはいない。
部屋に、死体がひとつ。
生きてる者は、ふたり。オレとおまえ。
おまえが人殺しなんて、するはずがない。
しかし、オレも殺してない。
ここは、密室。ふたりだけでいたはずなのに、何故か死体が湧いてきた。
「犯人は、オレでいいよ」
へらへら笑いながら、そう言うオレ。
おまえは、なんとも言えない表情でオレを見た。
オレのいいところ、ひとつ挙げよ。
いや、黙るなよ。
手がかかるところ? マイナスだろ。
目が離せないところ? 幼児?
ほっとけないところ? おまえ、オレの保護者?
あー、うん。迷惑かけて、ごめん。
迷惑じゃない? そっか。ありがとう。
なるほどな。おまえを褒めることなら、いくらでも出来るぜ。任せとけ。
愛してるが言えない。オレには、“愛してる”が分からないんだ。
好きだよって、何度も言った。執着してるとも言った。憎らしいとも、消えてほしいとも。
愛してるだけ、言えない。大切な言葉だから、余計に。
大切な人にだから、言えないでいる。でも、日常がいつまでも続かないって知ってるから。オレは、言うよ。
「愛してる」