冬眠

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8/26/2024, 11:13:54 AM

「私の日記帳」

 1999年の夏に世界が終わるという予言があったから世界が終わる前に好きな人に告白をした、という日の日記を読み返していた。世界が終わってしまうのならやり残したことをやりきってしまってもどうせ無意味なのに、その頃の私はどうやら「なにかをなす」ということにこだわりを持っていたようだ。齢14、まだ未来があったはずなのに誰か知らない人の予言のせいで私の人生は終わりかけていた。最後の最後、どう転んだって痛くも痒くもないなんて思っていたのだろう。後悔はしたくない、という力強い文字が頭に染み付いて離れない。
 結局世界は終わらなかった。私は告白をして振られ、中学を卒業するまでからかわれることになった。後悔していないかと言われれば、大切な青春を初心な悪戯によって失ったのだから、していないとは言えない。だから私は今部屋の片付けを終えて、人生最後の荷物を箱に詰めようとしているのだけれども。

8/25/2024, 1:24:32 PM

「向かい合わせ」

 美術などの移動教室の時はいつもと席順が異なっているから、目の前や隣にいるクラスメイトの姿が少し新鮮だった。移動教室のある理科の時は一つの大きな机を囲むように座るものだから、正面に座る彼女の顔が良く見えた。黒板を見つめる横顔の線ははっきりとしていて、切り取られたように浮かんでいるように見えた。
 それじゃあ、正面の人とペアを組んで、過程を見てみましょう。
 横顔がこちらを向く。化粧の施されていない生まれたままの顔が僕を見つめる。よろしくなんていう一言も、僕とペアを組むことに対する文句もなくて、「じっと見てるだけなんてつまらないね」と言う。僕はそんな彼女の顔をじっと見つめ、そんなことないと思った。

8/23/2024, 1:46:46 PM

「海へ」

 海は死だと思った。父が乗っていた漁船は転覆し、海水浴に出掛けた兄が溺死し、祖母が自殺したのは海の見える部屋だった。
「美南海はそんなことしないでね」
 祖母が死んだのは私がまだ四歳の時のことだ。母は口癖のように私に何度もそう言い聞かせた。続け様に父と兄が亡くなってから、母は狂ったように私の体を揺さぶる。
「どうしてカーテンを開けているの? 死にたいの? どうしてそんなことを言うの? お母さんを置いていくのね。あなたなんて私の娘じゃないわ」
 捲し立てるように言った母は床を叩くようにして部屋を出ていくが、しばらくすると涙で顔を濡らして戻ってくる。
「行かないで美南海。私を置いていかないで。あなたまでいなくなったら、私はとうとうあなたを産んだことを後悔してしまう。あなたにつけた名前まで嫌になってしまって、どうやって死んだ美南海の墓に顔を向ければいいの? 死なないでよ……」
 背中に回された母の腕は酷く細い。窪んだ頬が視界を掠め、私の肩に顔を埋める。
 窓の外、海がこちらを、私の背中を見つめている。だから私は、母が見つめているであろうカーテンを閉じた。その先を見ていても、誰もいないから。

8/22/2024, 3:07:15 PM

「裏返し」

「表か裏か当ててみてよ」
 まっすぐに握り拳を差し出す幼馴染みは、ぐっと唇を噛み締めて僕を見つめる。先ほど通った自動販売機の下に落ちていた五百円玉を握っているらしい、新五百円玉。きらきらしてる、と弾んだ声がつい先ほど聞こえていたはずなのに、振り返った時には拳が向けられていた。一瞬殴られるのかとおもったけれど、それ以上近づいてこない拳に安堵した。良く見ればクリームパンみたいだ。
 表か裏かを当てられるのは二分の一。長考しても答えが導き出せるものではない。おそらく彼女でさえ表か裏か知らない気がしている。だって拳を握るだけだから、いちいち表裏を選んで握ることはないだろう。
「じゃあ、表」
 そう答えると彼女はくるっと拳を返し、指を開いた。五百円の文字が見える、表だ。
「やった、僕の勝ち」
「ううん、裏だよ」
 どうみたって表だよ、そう言った僕を差す彼女の指の先は僕の体に向けられている。なんだと視線を下ろせば、横腹辺りで服のタグが揺れていた。あれ、一体いつから? 下校中のことだった。

8/16/2024, 10:45:28 AM

「誇らしさ」

 卒業文集を作るときの質問の一つだった。自分の中で一番誇れるもの。真っ先に浮かんだのは、自分は埃を被っている、なんていう自虐もしくは大喜利にも似たものだったけれど、それを書くことはしなかった。足が早いこと、字が綺麗に書けること、絵が描けること、ポジティブなところ。誰もが明るいことを書いているなかで、埃という言葉は汚れとして目立ってしまう。埃という漢字が書けること、にでもしようか。でもそれなら薔薇の方がいい。憂鬱だって難しい。でもどうせなら薔薇の方が綺麗だ。少しでもみんなの中で浮かないものがいい、目立たないものがいい。僕が選んだのは、「  」。なにも書かないことだった。

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