冬眠

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「裏返し」

「表か裏か当ててみてよ」
 まっすぐに握り拳を差し出す幼馴染みは、ぐっと唇を噛み締めて僕を見つめる。先ほど通った自動販売機の下に落ちていた五百円玉を握っているらしい、新五百円玉。きらきらしてる、と弾んだ声がつい先ほど聞こえていたはずなのに、振り返った時には拳が向けられていた。一瞬殴られるのかとおもったけれど、それ以上近づいてこない拳に安堵した。良く見ればクリームパンみたいだ。
 表か裏かを当てられるのは二分の一。長考しても答えが導き出せるものではない。おそらく彼女でさえ表か裏か知らない気がしている。だって拳を握るだけだから、いちいち表裏を選んで握ることはないだろう。
「じゃあ、表」
 そう答えると彼女はくるっと拳を返し、指を開いた。五百円の文字が見える、表だ。
「やった、僕の勝ち」
「ううん、裏だよ」
 どうみたって表だよ、そう言った僕を差す彼女の指の先は僕の体に向けられている。なんだと視線を下ろせば、横腹辺りで服のタグが揺れていた。あれ、一体いつから? 下校中のことだった。

8/22/2024, 3:07:15 PM