冬眠

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「海へ」

 海は死だと思った。父が乗っていた漁船は転覆し、海水浴に出掛けた兄が溺死し、祖母が自殺したのは海の見える部屋だった。
「美南海はそんなことしないでね」
 祖母が死んだのは私がまだ四歳の時のことだ。母は口癖のように私に何度もそう言い聞かせた。続け様に父と兄が亡くなってから、母は狂ったように私の体を揺さぶる。
「どうしてカーテンを開けているの? 死にたいの? どうしてそんなことを言うの? お母さんを置いていくのね。あなたなんて私の娘じゃないわ」
 捲し立てるように言った母は床を叩くようにして部屋を出ていくが、しばらくすると涙で顔を濡らして戻ってくる。
「行かないで美南海。私を置いていかないで。あなたまでいなくなったら、私はとうとうあなたを産んだことを後悔してしまう。あなたにつけた名前まで嫌になってしまって、どうやって死んだ美南海の墓に顔を向ければいいの? 死なないでよ……」
 背中に回された母の腕は酷く細い。窪んだ頬が視界を掠め、私の肩に顔を埋める。
 窓の外、海がこちらを、私の背中を見つめている。だから私は、母が見つめているであろうカーテンを閉じた。その先を見ていても、誰もいないから。

8/23/2024, 1:46:46 PM