囃子音

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3/21/2023, 1:38:30 PM

夢の中は不思議なもので
どんな奇妙な状況にでも納得してしまうが
現実へ帰れば、それはひとつも理にかなってない
なんて気づくこともしょっちゅうだ

しかし、現実世界だってそれは同じで
夢の世界と理が違うだけで
夢には夢の理がある
その二つの世界を行き来する
果たしてどちらが僕の世界か
そうして夢と現実は混ざり合い
その境目を渡る時、意識は混濁する

夢から醒めて、夢を見る
現実から覚めて、現実を見る

それでも、あちらの世界のことは
こちらの世界に持ち込めぬから

覚める前に、どうかこの花の名前を

3/19/2023, 3:20:33 PM

胸が高鳴る


学校で友達とじゃれ合うとき
先生と話しているとき
お父さんが帰ってきたとき
お母さんが誰かに何かしゃべっているとき
妹が元気よく泣いているとき

近所のおじさんとすれちがうとき
おじいちゃんとおばあちゃんが来て、
何かナイショ話してるとき
となりの家のお姉さんが、大きな目を細くしながら
ぼくの方を少し見て、慌てて部屋を出てくとき

まるで耳まで心臓になったみたいに
ぼくはいつもどくんどくんという音を響かせる
きっとこれが胸が高鳴るってことだろう
ぼくは毎日うれしいのだろう
だからずっと、笑顔でいよう


今日、ぼくはマンションの屋上に入った
そのときもまだ、どくんどくんは止まらなかった
本当は立ち入り禁止
だけど、友達が今日だけはいいっていってた
ぼくだけ特別に入って、みんなは下で待っている

ぼくはフェンスを登って、向こう側に降りた
立ち入り禁止を2つ超えたのだ
下からは、友達の声が聞こえたから安心だ
でも、地面を見る勇気はなかった

だから、振り返って前を見た
街が全部見えた
空も全部見えた
僕の1階の部屋からは見えない景色
茶色い屋根と、その奥の田んぼ、川、山、山、山

僕の心臓は―どくんどくんしなかった
そのことびっくりしたのに、
それでも心臓は止まったように静かだった
体がとうめいになったみたいに風が通っていく
いつの間にか、笑顔なんか忘れていた
でも、顔の筋肉がやわらかくなっていくのを感じた

目の前を、1羽のツバメが飛んできた
いま、5月だなぁと思った
ぼくも、そのついっとした飛び方、できる気がした

ツバメが回ってきて、もう一度僕の前を通ったら
ぼくも、それに続こう


両手を広げた

まっすぐ前を見た

耳が聞こえなくなった

くろいかげがみえた

あしがういた






ぼくも、とべた






3/18/2023, 3:49:17 PM

この世の不条理を飲み込んで生きるには
あんまりぼくは弱すぎる
こんな年にもなっていまだそれについて喚き散らしてるのはぼくだけだし、
ほんとに抗っている人達は、多分、寡黙だ

そろそろみんな付き合えなくなってくるだろう
みんなの環境を不潔だと言いたがる虫は
速やかに生活の外へ出て行けというだろう

ぼくは、みんなの敵

ぼくには、条理も不条理も、よくわからない
ただ、どちらもぼくの敵

3/17/2023, 4:31:24 PM

「泣かないよ」
そう言ってまだ幼い甥は俯いた。

「だから、おじさんも泣かないで」
はっきりと、しかし力のない声で言う

俺は答えた
「泣かないさ」

潮風が2人の握りあった手の下を通る
涙は出ていかなかった

「泣かないさ」
もう一度強く言った

頬を撫でる風の塩分濃度はおなじまま
俺たちの背中を見つめる山々へとかえる

ふたりとも、
泣けないよ、とは言えなかった

線香の香りは白と黒の布からも消え
経の文言も、木魚の律動も、ひとつも思い出せない

セミの声と煙になった彼女を吸い込んだはずの
何も無い入道雲の隙間を

俺たちは、ただ、だまって見つめ続けた

3/16/2023, 4:42:01 PM

…ここ数日、この島は酷い嵐に見舞われた。私は小屋や漂流物を守りきるので精一杯だった。吹き荒れる風は、まるで私を、執拗に外へ誘おうとするようにして、窓を激しく揺すった。波は何度もこちらへ向かって手招きをした。

その様子は、むしろ強い歓喜に狂っているようだった。それに共鳴するように、私は外に躍り出た。そして両手を広げて風を感じた。大いなる恐怖でいっぱいだった。しかし、狂喜がそれにまとわりついていた。

嵐が去った海岸からは、いくつかの漂流物が消えていた。とりわけショックだったのは、空の工具入れ、ポピーの柄のついた洗面器、牛革のブックカバーなど、お気に入りの漂流物の一部が出しっぱなしになっていたために、波に奪われたらしいことだった。

嵐が去った後にも、まだ心臓のドギマギが、海岸に残り続けていた。嵐のおかげで、私のボトルメールは停滞した。それどころではなかった。本能的に、嵐の驚異から夢中で身を守ろうとしていた。

やっと心臓が波打ち際を離れて私の元に落ち着いたとき、私はふと思った。

「私は一体いつまで生き続けるつもりなんだ?」

いや、そもそも、私に寿命の概念があるのだろうか?気づいたらここに居た。名前も出生も何一つ分からない。あるのは僅かな蔵書の知識のみ。

「私は何者だ?」
そう問いかけた瞬間、左腕が焼けるように傷んだ。いや、違う。この痛みは。そう思って、左手の爪の全てを使って、右腕を思い切りつねった。

―やっぱり、この痛みだ。久々に感じた。以前、まだ文章を綴る意思がなかった時代、この痛みは毎日私を苦しめた。反面この痛みこそが「生きている」なのかもしれないとすら思ったことがあった。

不意に、生きているのが怖くなった。嵐を目の前にした時の恐怖が、そのまま私を埋めつくした。やがて重みで立てなくなり、膝をついた。

ふと、壁際の額縁に閉じ込められた手紙が目に入った。私が文章を書くきっかけになった、知らない誰かさんの遺書である。その最後の文言はこうだった。

「せめて、自分の意志で死にたいのです」

私は、死ねるのだろうか?このまま永久に何者かに生かされるのでは無いのだろうか?なぜだかそんな疑問形が脳を回り始めた。

―そして、その回転の渦によって、かつて戯れに立てた仮説の1つが頭の引き出しを飛び出した。
「変化を急かされる人生に疲れた神が、退屈で単調な、ある意味優美な生活を望んで作ったのが、私とこの島なのではないか」という仮説が。

なんだか急に恐ろしくなった。こういう根拠の無い怖がりは、どこから来たのだろう。私の頭のことのようで、知らない誰かの感情のように浮ついている。

こうなってしまっては、もう眠るしかないのだろう。この熱病の時のような頭痛が脳を覆ってしまう前に、しばらく睡眠を取るべきだと思う。これは、時間をスキップし、感情をリセットするには最も有効な方法だ。

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