「泣かないよ」
そう言ってまだ幼い甥は俯いた。
「だから、おじさんも泣かないで」
はっきりと、しかし力のない声で言う
俺は答えた
「泣かないさ」
潮風が2人の握りあった手の下を通る
涙は出ていかなかった
「泣かないさ」
もう一度強く言った
頬を撫でる風の塩分濃度はおなじまま
俺たちの背中を見つめる山々へとかえる
ふたりとも、
泣けないよ、とは言えなかった
線香の香りは白と黒の布からも消え
経の文言も、木魚の律動も、ひとつも思い出せない
セミの声と煙になった彼女を吸い込んだはずの
何も無い入道雲の隙間を
俺たちは、ただ、だまって見つめ続けた
3/17/2023, 4:31:24 PM