囃子音

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胸が高鳴る


学校で友達とじゃれ合うとき
先生と話しているとき
お父さんが帰ってきたとき
お母さんが誰かに何かしゃべっているとき
妹が元気よく泣いているとき

近所のおじさんとすれちがうとき
おじいちゃんとおばあちゃんが来て、
何かナイショ話してるとき
となりの家のお姉さんが、大きな目を細くしながら
ぼくの方を少し見て、慌てて部屋を出てくとき

まるで耳まで心臓になったみたいに
ぼくはいつもどくんどくんという音を響かせる
きっとこれが胸が高鳴るってことだろう
ぼくは毎日うれしいのだろう
だからずっと、笑顔でいよう


今日、ぼくはマンションの屋上に入った
そのときもまだ、どくんどくんは止まらなかった
本当は立ち入り禁止
だけど、友達が今日だけはいいっていってた
ぼくだけ特別に入って、みんなは下で待っている

ぼくはフェンスを登って、向こう側に降りた
立ち入り禁止を2つ超えたのだ
下からは、友達の声が聞こえたから安心だ
でも、地面を見る勇気はなかった

だから、振り返って前を見た
街が全部見えた
空も全部見えた
僕の1階の部屋からは見えない景色
茶色い屋根と、その奥の田んぼ、川、山、山、山

僕の心臓は―どくんどくんしなかった
そのことびっくりしたのに、
それでも心臓は止まったように静かだった
体がとうめいになったみたいに風が通っていく
いつの間にか、笑顔なんか忘れていた
でも、顔の筋肉がやわらかくなっていくのを感じた

目の前を、1羽のツバメが飛んできた
いま、5月だなぁと思った
ぼくも、そのついっとした飛び方、できる気がした

ツバメが回ってきて、もう一度僕の前を通ったら
ぼくも、それに続こう


両手を広げた

まっすぐ前を見た

耳が聞こえなくなった

くろいかげがみえた

あしがういた






ぼくも、とべた






3/19/2023, 3:20:33 PM