東京の空は狭いな、と誰かが言っていた気がする。
産まれた時からそこに住んでいた身からすれば、
そういうものか、と思うしかなかった。
魂の片割れが欠けた気がしたある日、
ふと空を見上げた。
狭くて良かったのかも知れない。
こんなに蒼く晴れた日は特に、
欠けた片割れがいないからと
この空が続くところまで
探しに行きたくなってしまうから。
『大空』
─ いつものように、定刻を迎えたので席を立った。
そのまま会社を出ると、駅まで歩き、
気さくな大将のいるいつもの居酒屋に向かった。
「いらっしゃい。お客さん、今日はお一人で?」
流れるように聞かれたその言葉は想定済みだ。
「そうなんだ。実はいつもの彼がこの度めでたく
海外勤務になってね。しばらくは1人呑みさ」
別に何の気なく言えていたと思う。
なのに、大将ときたら
「…奥の個室、今日は特別に
旦那が使えるようにしたげるよ。
思い切り呑んで心の澱みを流していきな」
そんな分かったような事を言う。
いや、分かりやすい顔をしていたのは私の方か。
「ありがとう大将。恩に着る」
やはり無茶なフリだったようだ。
『何でもないフリ』
「気は済んだかい」
重い頭を声の主に向かって持ち上げると、
ひっくり返ったソファや割れたグラスが
散乱した部屋も自然と目に入って来た。
「…さぁ。済ませたくない気もするんで」
自分でもこんな強がりを言うほど余裕は無いのだが
最後の矜持が気持ちを鎮める気になれなかった。
「じゃあ、今度こそ済ませに行こうか」
自分の心を見透かしたように声の主は言う。
確かに、ここに居ても自分の気は一生晴れる日など
来るはずも無いのだ。
「…とことん気が済むまで行きますよ」
そう言って身を起こすと、
久々に世界が明るく見えた気がした。
『部屋の片隅で』
「明日のご予定は?」
ベッドの中でまどろみ始めた頃、
隣でぐーすか寝ているはずのやつに
そう問われた気がした。
「明日は……
天気が良かったら買い物にでも行きたいな。
君も前に新しい靴が欲しいと言っていただろう」
はて、その靴は、
私が買わずとも、君は既に買っていたか。
この前、やっと捨てた靴が、
その一足だった気がする
「……今はもう履く足が無かったか」
意識がまどろみからうつつへ浮上すると、
孤独な暗闇にぽつり、そう呟いた。
『夢と現実』
布団に潜り込んで来た相手の足があまりに冷たくて
思わず声が出た。
「さっき湯舟から出たばかりだよ?」
そういう相手の髪は確かにしんなり濡れていた。
一方で自らの足を構わずこちらの足に絡めて来た。
まるでこちらの熱をその足で舐めとるように。
だが今度はその足をさせるがままにして、
──明日の朝は布団から出るのに苦労しそうだ。
そんな予感を抱きつつ眠りについた。
『冬のはじまり』