「ねー聞いて」
僕の一日はそんな彼女の言葉から始まる。
本好きな僕らは朝一番に推し本を語り合う。
「おはよ。今日は何?」
彼女は笑いながらでも答える。
「今日はねぇ、『龍に希う』だよ」
ニコリと笑いながら答える彼女に僕は首を傾げる。
「それって『恋う』って漢字?確か明治時代の妖系だったよね?」
彼女は瞳をきらめかせ答える。
「やっぱり君なら知ってると思った!!そうなんよ!ちなみに私は希望のこいねがうのほうがしっくりくるなと思う」
「あーわかる。あの物語に合うよね」
毎日、毎日なぜ飽きないのかと友人に時々聞かれる。むしろ僕はなぜこんな楽しい時間を飽きると思うのかが疑問だ。
友人は「だってお前ら本の話しかしねぇじゃん。話題が尽きたらどうすんだよ。てか、男女の友情は成立しねぇ!!!」なんてほざいてるけど。
でも男女の友情は成立しないって言うのは僕も共感。だって僕は彼女が
「好きだし」
そうポツリと呟いていた。
あ、やばい。今言うつもりじゃなかったのに。そう焦って彼女を見るとその焦りは吹っ飛んだ。
いつも桃色に染まっている頬は紅葉のように真っ赤だし、耳もそうだ。目は潤んでいる。可愛すぎやしないか?
「……っなんで…っそーゆことを…今っ!!いうの!!」
真っ赤な顔でポコポコ怒られても痛くない。むしろもっと見せてほしい。可愛いから。でもこれ以上怒らせるとめんどいからやめておく。
「ごめん。でも気づいてたでしょ?」
にやりと笑うと彼女は赤い顔を隠して座り込んだ。
「………ぅぅう」
「隠さないでよ。可愛いんだから」
この2年間、彼女の好みはだいぶ知ってきた。
少し気だるげな人が好き。本が好きな人が好き。言葉でも行動でもそれとなく愛を伝えてくれる人がいい。身長は同じくらいでも良い。話しやすい人が好き。僕みたいなタイプが好き。
全部、朝のあの時間で知ったことだ。
愚かな友人はそれを無駄だと鼻で笑ってたけど。ざまぁみろ。僕は彼女と両思いだったようだ。
「で?君は?」
「………、いいたく…ない」
僕が口をとがらせると彼女は目を泳がして僕を見る。
「あした……明日の放課後紡書店に行こ?一緒に。そん時に言う……じゃだめ?」
僕のこの片思いは明日までの苦労なようだ。ねぇ、僕君のタイプだと思うよ。だから、
「いーよ。そのかわり、明日は僕のおすすめね」
「…ん」
頬をあかめながらコクリと頷く彼女に目を細め僕は笑う。
その時の友人
「……おまえら…ここ教室だし。まじリア充滅べ。てかおせぇよ。まだ付き合ってねぇとか距離感バグりすぎだろ」
彼女の友人
「…!!!!!ついに!!みたかこら!!6年間の片思いが…!!やばい泣きそう…」
クラスメイト
「まだ…つきあってなかったんだ」
クラスメイト2
「うそ…だろ…」
#好きな本
「おはよー」
いつものざわめきとともに肩をぽんと叩かれ僕は振り向く。そこには顔に満面の笑みを浮かべる彼女が立っていた。
「おはよう。今日も元気そうだね」
「返信が近所のおじいちゃんか」
ケラケラと笑いながら隣を歩く彼女に僕は目を細める。
5月のくせに青空が少なくても彼女の笑顔があればなぜか晴れやかな気持ちになる。
「君は7月が似合いそうだね」
夏のひまわりみたいだと思いそうつぶやくと彼女は大きな瞳をまんまるに開けた。
「どゆこと?夏が似合う的な?」
「うん」
コクリと肯定するように首を動かすと、にまぁっと彼女の口角が上がった。
「やだぁ照れちゃいますよぉ。そんな笑顔が輝いていて眩しいなんて言われても」
「そこまではいってないよ」
即座に突っ込むとツボが浅い彼女のツボに入ったようで笑いが溢れている。
「…そういえば、今日から半袖なんだね?」
そう違う話題を渡すと笑うのをやめた彼女が笑みを深める。
「そうなのです!どうですかぁ?夏が似合う女に似合ってるでしょ」
その場でくるりとポニーテールをひるがえして笑う彼女はとても眩しかった。
「うん、似合ってる。基本似合ってるけど特に」
そう返すと彼女は勢いをなくして僕の肩に顔を埋めた。
「きみさぁ…そうやって急に刺してくるのやめよ?私の心臓に悪いんよ。この天然褒め上手」
僕は身に覚えがないためキョトンとしているとドスッと一撃を食らった。解せぬ。
「まぁ嬉しいけどね。ありがと!」
少し照れたような横顔の彼女を今日も微笑ましく思う。
周囲を歩いていたサラリーマン
「……せいしゅんだなぁ…」遠い目
犬の散歩をしてたおじーちゃん
「ほっほっほ。ばぁさんにあいたくなるのぉ」
二人のクラスメイト①
「まだ付き合ってないんだよなぁ…信じられねぇー」
二人のクラスメイト②
「は!よ!付き合えーー」
#半袖
カチカチカチ
部屋にシャー芯を出す音が響く。
今の彼の周りは文字と物語しか許されないと言わんばかりの気迫だ。
彼の後ろからそっと私は紙を覗く。
するとそこには可愛らしい恋物語が綴られていた。
「………おい。人のもの盗み見すんならもっとコソコソやれ…堂々と後ろから見るんじゃねぇ」
少し不機嫌顔でこちらの視線に気づいた彼と目があった。思わず物語にのめり込んでしまった。
「いやぁ…相変わらず先生は人の心をつかんで話さないですねぇ…」
からかいを含め苦笑いをしながらそう答えると彼は不機嫌顔になった。
「お前…相変わらず俺の小説が好きだよな…正直こんなやつが書いてると怖くならねぇか?」
「何馬鹿なこと言ってんですか。貴方みたいな強面がぴゅあっぴゅあな一途物語書いてる需要がなぜわからないのですか?」
「真顔で言うな悪かったって。怖いわ」
失礼な…とぶつくさいうと彼は細めの眼を少し細めていった。
「でも、お前がいるから俺はこんな本をかけるんだけどな。多分一人だったら今も売れないホラー小説家だった」
映画化された人がこんな事を言ってもあまり信じられない気がする。が、わたしと出逢って雰囲気も作風もジャンルも変わったというのは面白い。
人と人ってこうやって関わると化学変化を見せるんだなぁと驚かせられた。
「まぁ、ほら。わたしは高校の頃から貴方の一番の読者でファンだから。誰よりも貴方の物語に虜なのよ」
ドヤ顔で返すと強面の彼は赤面しながら睨んできた。全く怖くない。むしろこういうところが可愛い。
「…俺だって、お前がいたから今も本が書けると思ってるよ。……いつもありがとな」
まさかカウンターを食らうとは思わなかった。表情を取り繕えなかったわたしを見てニヤニヤし始めた彼を物理的に前を向かせる。
「ほら、締切あと2日でしょう?早く書いちゃいなさい。また編集さんに迷惑かけちゃうでしょう」
いつもどこか疲れている担当さんを思い浮かべながら現実を見せる。
彼は顔をしかめながらもペンを持ち直し、
また恋物語を綴り始めた。
後日、ギリギリで書き終えた原稿を担当さんに渡すと涙を出しながら喜ばれた。そしてなぜか世に出てもいないのに、映画化が決まったらしい。
照れて結末は教えてもらえなかったが彼のことだ。
きっと最高のハッピーエンドを綴ったのだろう。
#恋物語
「ねぇねぇ、君は愛があれば何でもできる派の人ぉ?」
突然ごろごろと小説を読んでいた彼女が聞いてきた。
「んー愛だけじゃ無理じゃない?」
僕は苦笑いしながらも現実的に返す。
すると彼女は僕の膝に転がってくる。
「だよねぇ。何をするかっていうのにもよるんやけどねぇ。すべてを投げ出してっていうのは横暴すぎるよねぇ…」
なんて、少し遠い眼をして語る。見た目も話し方もふわふわしているのに、けっこうリアリストな彼女はよく驚かれる。
「うん。でも、もしぼくがヤンデレになって…ぼくのためなら何でもできるでしょ?とか言い出しちゃったらどうする?」
少し好奇心が湧いて彼女に聞いてみる。
「…あんま想像できないねぇ…でも多分、人道的に反してなければ基本は聞いてあげられるんじゃないかなぁ…?お金とかは無理やけどぉ」
きっぱり無理、別れると言われると思ったから目を見開いてしまった。
「以外って顔するねぇ…でも、わたしこう見えてぇ君のことちゃんと好きなんだよぉ?
まだ、誰よりも愛してるとは言えないんだけどぉ、何十年後とかなら胸を張って言えるかなぁ」
確定じゃないけど、確信はあるんだよぉとドヤ顔をする彼女が愛おしくなる。
「僕も多分そうだよ。君に言われたらめんどくさいと思っても基本付き合えちゃう」
おそろいだねぇ…と優しく笑う彼女に僕は問う。
「ところで、その小説はどんな話なの?」
「これねぇ!めっちゃ面白いのぉ。ストーリー展開と感情描写が丁寧に考えられててねぇ…」
猫のようにキラッと瞳を輝かせ話し始める彼女に僕は今日も愛が増している。
きっと僕らは愛があればとは言わないが、愛があるからこれができると、これからたくさん見つけていくだろう。
#愛があればなんでもできる?
「今日のご飯、なにがいい?」
ある日の夕暮れ頃、眼の前を歩いていた若いカップルらしき男性が隣の女性に声をかけていた。
「んー冷蔵庫に残ってるのってなんだっけ?」
同棲しているのだろう。当たり前のように会話を続ける。
「あー、鶏肉とじゃがいもと人参と玉葱とかじゃない?早めに鶏肉は食べないと賞味期限近い気がするよ」
「じゃあシチュー!!」
夫婦のような仲睦まじい会話に何故かぼくの胸まで暖かくなった。
その二人は手をつなぎ目の前のスーパーに入っていった。
なんかいいな…と感傷に浸りながら歩いていると後ろから声が聞こえた。
「おーい、今日の晩ごはん何にするー?」
ちょうど仕事が終わった彼女だった。
「んー何が残ってるっけ?」
さっきのカップルの彼女を真似ていってみると彼女は目を細めながら答えた。
「んーとね、お肉は鶏肉があるからそれにテキトーに野菜をあわせて…シチューとか?」
何気ない偶然にぼくは笑ってしまう。
「うん。じゃあシチュー作ろっか」
「あ、でも君シチュー苦手だっけ?」
彼女と出逢ってすぐに話したことを覚えていてくれたようだ。
「ううん、あんま食べたことないってだけだよ。今日なら美味しく食べられる気がする」
彼女は笑いながらツッコミを入れる。
「なんで謎の自信に満ちてるの」
「なんとなく?」
笑い合いながらぼくは彼女と出会ってから好きな食べ物が増えたなと考える。
自分を変えようと思える人に出会えたぼくって幸せものだな…なんて思いながら彼女と手をつなぎスーパーに入っていった。
#君と出逢って