カチカチカチ
部屋にシャー芯を出す音が響く。
今の彼の周りは文字と物語しか許されないと言わんばかりの気迫だ。
彼の後ろからそっと私は紙を覗く。
するとそこには可愛らしい恋物語が綴られていた。
「………おい。人のもの盗み見すんならもっとコソコソやれ…堂々と後ろから見るんじゃねぇ」
少し不機嫌顔でこちらの視線に気づいた彼と目があった。思わず物語にのめり込んでしまった。
「いやぁ…相変わらず先生は人の心をつかんで話さないですねぇ…」
からかいを含め苦笑いをしながらそう答えると彼は不機嫌顔になった。
「お前…相変わらず俺の小説が好きだよな…正直こんなやつが書いてると怖くならねぇか?」
「何馬鹿なこと言ってんですか。貴方みたいな強面がぴゅあっぴゅあな一途物語書いてる需要がなぜわからないのですか?」
「真顔で言うな悪かったって。怖いわ」
失礼な…とぶつくさいうと彼は細めの眼を少し細めていった。
「でも、お前がいるから俺はこんな本をかけるんだけどな。多分一人だったら今も売れないホラー小説家だった」
映画化された人がこんな事を言ってもあまり信じられない気がする。が、わたしと出逢って雰囲気も作風もジャンルも変わったというのは面白い。
人と人ってこうやって関わると化学変化を見せるんだなぁと驚かせられた。
「まぁ、ほら。わたしは高校の頃から貴方の一番の読者でファンだから。誰よりも貴方の物語に虜なのよ」
ドヤ顔で返すと強面の彼は赤面しながら睨んできた。全く怖くない。むしろこういうところが可愛い。
「…俺だって、お前がいたから今も本が書けると思ってるよ。……いつもありがとな」
まさかカウンターを食らうとは思わなかった。表情を取り繕えなかったわたしを見てニヤニヤし始めた彼を物理的に前を向かせる。
「ほら、締切あと2日でしょう?早く書いちゃいなさい。また編集さんに迷惑かけちゃうでしょう」
いつもどこか疲れている担当さんを思い浮かべながら現実を見せる。
彼は顔をしかめながらもペンを持ち直し、
また恋物語を綴り始めた。
後日、ギリギリで書き終えた原稿を担当さんに渡すと涙を出しながら喜ばれた。そしてなぜか世に出てもいないのに、映画化が決まったらしい。
照れて結末は教えてもらえなかったが彼のことだ。
きっと最高のハッピーエンドを綴ったのだろう。
#恋物語
5/18/2024, 12:13:33 PM