『一年間を振り返る』
三百六十五日をかけて歩いてきた道で、僕は何を成しただろうか。何を成せただろうか。
長いようで短かった、一瞬のようで永遠だった。たった一年の軌跡。
『手袋』
あなたが残して行った右の手袋。片割れとはぐれたまま置き去りにされた様が、まるで私みたいで捨てられなかった。
ぽつんとテーブルの陰に置かれたそれを、もうしばらくと見つめたまま時が過ぎた。どうして片手だけ置いて行ったのだろう。詮無いことを考えた。きっとただ忘れて行っただけのそれに、意味を見出そうとするほうが虚しいのに。
二度と取りに来られることのない忘れ物。触れられないままいくつかの夜を越えるうち、呆然とした時間を共に過ごしたそれに、なぜだか変な愛着を持ってしまっていた。私と一緒に置いて行かれた時、きっとこの手袋も呆然としていたことだろう。
フラれた男の忘れ物をタンスの隅にしまっている女だなんて、文字にすると随分と気持ち悪い。普段は存在を忘れているそれを、思い出すたびそう感じる。そう感じはするのだけれど、やっぱり捨て切れないのだから、これは未練というより執着と呼ぶべき呪いなのかもしれなかった。
あなたに別れを告げられてからずっと、私は私の左手を包んでくれる存在を探している。
『大空』
空を自由に駆ける翼を手に入れたなら、僕は満足できるだろうか。
海を優雅に飛び回る尾ひれに憧れるだろうか。
大地を力強く踏みしめる足に焦がれるだろうか。
何を手に入れても、自分にはない何かを求めてしまうのだろうか。
『冬は一緒に』
君と肩を寄せて笑い合ったのは、遠い冬の記憶。
「寒い」と独り言ちる声の残響。
白い息が弾む。
溜め息が部屋に溶ける。
触れた指を絡めた。
伸ばした手は行く当てもなく。
君がいれば春模様。
一人の冬は痛い。
『イルミネーション』
チカチカ光る電飾が、一層私の孤独を引き立てる。
数があるだけの電球たちに、「わあ綺麗」なんてはしゃぐ雑踏の恋人たち。子どもや学生なら微笑ましいその光景も、いい歳した大人だと少し滑稽だ、なんて。そんな捻くれた捉え方しかできないから、この聖夜に私は一人きりの帰路についているのかもしれない。
クリスマスツリーを飾らなくなったのはいつからだろう。イルミネーションに足を止めなくなったのはいつからだろう。夜景に残業を想起するようになったのはいつからだろう。次から次へとイベント事に飛びつく世間に、寒々しさを覚えるようになったのはいつからだろう。
少し大人になるたびに、私は夢を見なくなった。無垢な無邪気さを失って、冷めた思いばかりが取り残される。随分つまらない人間になったと思う。イベント事に大袈裟に騒ぎ立て浮かれるような滑稽な大人にはなりたくなかったが、あるいは今の私の方が滑稽なのかもしれなかった。