『心と心』
なにもかもさらけ出すなんて、出来るはずないのにね。
『何でもないフリ』
本当は気付いてほしかった。
どうしたの?大丈夫?って、聞かれたいくせに平静を装った。何でもないフリをして、何も聞かれないことに勝手に傷付いた。
自分で弱音を吐けるほど素直じゃなかった。一人で生きていけるほど強くもなかった。一人で耐えることを選んだくせに、誰かに一緒に背負って欲しがった。中途半端に匂わせて、いざ聞かれると押し黙った。
面倒くさい人間だった。自分で自分をそう思うのだから、他人は私をどう見つめただろう。
本当は気付いてほしかった。何でもないフリなんてやめたかった。誰からも心配されないことが怖かった。助けを求めた手を、誰にも取ってもらえないことを恐れた。本当は、本当は。
やっぱり、何でもないや。
『仲間』
くだらないことばっかだったけど、それが幸せだった。
劇的なことなんて一つもなくても、毎日同じことを繰り返す日々でも、そんなことなんて少しも気にならないくらい、何でもない日常が一等楽しかった。
最近寒すぎるだとか、テスト勉強してないだとか、似たような話題を飽きずに繰り返した。誰かの些細な言い間違いや、ちょっとした勘違いだとか、今思い出しても何が面白いのか分からないことで腹を抱えて笑った。毎日同じメンツで、授業間の十分ですら集まって、それでも話題が尽きることなんてなかった。
最中にいる時には気がつけない、輝かんばかりの青い春。思い返すほど美しい、二度とは戻らない時間。
『手を繋いで』
手を繋いで歩いた。向日葵の咲く丘だった。真っ直ぐに太陽に向かって咲く花の、眩しい黄色が目に痛かった。遠く近く立ち上る陽炎を、透明な炎の揺らめきと表現したのは誰だったか。その熱さに焼かれて、そのまま灰になって消えてしまえればよかった。
『ありがとう、ごめんね』
_____ありがとう、ごめんね。
君はそれだけ言って窓の外に身を投げた。僕はただ呆然とその光景を見つめていた。
傾いでいく君の身体はスローモーションのようにゆっくりで、けれども僕の身体は時が止まったかのように動かなかったものだから、僕はそれを止める術を持たなかった。音の波さえ速度を無くしたようで、その瞬間、確かに世界は僕と君との二人だった。
窓枠という額縁に君というモデルがいなくなった一瞬後、一息に音と速度を取り戻した世界で、僕だけが取り残されていた。ドラマのような悲鳴と訳知らぬ人々のざわめき。ぐわっと耳に押し寄せてくるようでどこか遠くに聞こえるそれに、やがてサイレンの音が混じっても、僕はその場に立ち尽くしたままだった。
最後に見た君の微笑みと揺れる黒髪の幻影が、狂ったように何度も窓枠のスクリーンに映し出される。君の唇が紡いだ最期の音が、僕の頭の中にうるさいほど静かに反響した。
_____ありがとう、ごめんね。
君と同じ台詞を形だけ繰り返してみても、君の真意は分からなかった。今日の予定も明日の約束も、そのずっと先の誓いさえすべて破棄されてしまった僕は、この先何を信じて生きて行けば良いのだろう。何を信じて生きて行けと言うのだろう。
口約束も指切りも書面での大仰な契約も、すべて君を繋ぎ止めるには足りなかった。あるいは悪魔でも呼ばぬことには、君の信頼には不十分なのかもしれなかった。
_____ありがとう、ごめんね。
君は何に対して感謝して、何に対して謝ったのだろう。そもそも、果たして本当に僕に向けられた言葉だったのだろうか。
安い推測はいくらでもできて、僕に都合の良い解釈をすることも簡単だ。本当のことなどもう確かめようもないのだから、それなりに自分が納得できそうな理由を並べ立てても良いのかもしれない。それでも僕に思いつくような推測はすべて、何ひとつ君の心をとらえてなどいないような気がするのだ。
_____ありがとう、ごめんね。
その言葉に込められた意味を知る日が来たのなら、その時こそ確かに、僕は本当の意味で君を理解できる気がしている。