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『手袋』

 あなたが残して行った右の手袋。片割れとはぐれたまま置き去りにされた様が、まるで私みたいで捨てられなかった。
 ぽつんとテーブルの陰に置かれたそれを、もうしばらくと見つめたまま時が過ぎた。どうして片手だけ置いて行ったのだろう。詮無いことを考えた。きっとただ忘れて行っただけのそれに、意味を見出そうとするほうが虚しいのに。
 二度と取りに来られることのない忘れ物。触れられないままいくつかの夜を越えるうち、呆然とした時間を共に過ごしたそれに、なぜだか変な愛着を持ってしまっていた。私と一緒に置いて行かれた時、きっとこの手袋も呆然としていたことだろう。
 フラれた男の忘れ物をタンスの隅にしまっている女だなんて、文字にすると随分と気持ち悪い。普段は存在を忘れているそれを、思い出すたびそう感じる。そう感じはするのだけれど、やっぱり捨て切れないのだから、これは未練というより執着と呼ぶべき呪いなのかもしれなかった。
 あなたに別れを告げられてからずっと、私は私の左手を包んでくれる存在を探している。

12/27/2023, 4:21:32 PM