裏表のないカメレオン

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4/2/2024, 7:03:53 PM

想い出に浸っているというのは格好悪いものだ。だって自慢話ばかりするケンはなんかナルシストっぽい。それにまだそういうキラキラした過去を持っていない者などにとっては聞くだけで赤面ものだ。羨ましいのだろうか。わたしもあんなふうに、ワイングラスを片手にくるくるさせたいのだろうか。
久しぶり押入れにあるそこに手を伸ばす。ふたりの想い出がそれにはたくさん詰まっているはずだった。そこには屈託のない笑顔を満面に浮かべる幼いころのケンとわたしがいた。いつからこんなふうになったのだろうか、とゆっくり頁をめくりながら考えた。

3/31/2024, 2:25:40 PM

小説を書こうとしてはじめすいすい進んでいたペンがはたと止まった。なんだ。やはり俺には無理なのか。物語をつくるのは宇宙をつくるのと同じで、太陽はなぜあんなに爆発してるのか図書館で調べて分かってさてミニ宇宙を作ろうとしてできないのとなにひとつ変わらないのだ。
閑話休題。幸せにについて。「人間が想像できるものは、人間は実現できる」という名言をご存知だろうか。一度は耳にしたことがあるかもしれない。ジュール・ヴェルヌの名言なのだが−さっき調べて知った−まさしくこれが真実なら俺は幸せだ。

3/29/2024, 8:05:50 PM

「はじめまして、キューピッドです」 
 面白くもない冗談だと机に伏したままでいると教室に嗚咽が響きはじめた。転校生のものだと思い顔をあげたら、数列前に座る女子が袖で目をこすっていた。
 朝のホームルームが開始した直後、突如として起きたこの出来事をなんとか理解しようと寝ぼけた頭を働かせる。ところが秀才のわたしにしてみれば簡単なことで問題はすぐに解けてしまった。
 したり顔で前方を見やると、やはり転校生からは天使の羽が生えていた。

3/25/2024, 3:28:53 PM

 書き出しに心を掴まれた。
 字が下手なことの何が悪いといって、他の人が読むのに苦労することだ、と叱って罰としてカンタに作文をやらせると滅茶苦茶な字が返ってきた。
 頭にきたわたしはビリビリに破こうとしたが、せっかくの原稿用紙が勿体ないからやめた。
 それじゃあ、内容も大したことないだろうからと流して読んだら、一読してこりゃすごいと感動してしまった。
「作文をつづけなさい。お前の文章はなにかもってる」
 怒鳴りつけるつもりが、それだけ言って、帰らせてしまった。カンタは肩透かしを食ったみたいな顔で俺を見たが、すぐに顔をそらすとそれでもう立ち去った。
 照れてやがる、と思った。
 中学で国語を教えて二十年、これといったやり甲斐なく経過したが、ここにきてなんだか腕がなりはじめた。
 こいつは化けるぞ。
 字は好かんが、文章は上手い。 

3/17/2024, 4:35:29 PM

中肉中背の男子高校生が犬と睨み合っていた。すぐそばを車が通りすぎる。小型犬だがピンクの歯肉から突きでた牙は鋭い。高校生はおもわず後退る。彼は武器を持っていない。腕力もない。瞬発力もない。何も持っていないので、己の拳ひとつで闘わなければならなかった。どこかで自転車のベルが鳴った。小型犬が後ろ足で地面を蹴った。犬歯が太陽の光を反射する。白い毛並みをなびかせながら、直線を描いてくる。覚悟を決めた男子高校生は中腰になった。

「俺はゴールキーパーだ」

飛びかかってくる犬を止めようと決めたのだ。彼は両手で壁を作るみたいにしてそれを止めた。

「ありがとう。助けてくれて」

ランドセルを背負った少女が丁寧に頭をさげる。仰向けになった男子高校生は顔を覆った。さきほど犬は飼い主に連れられたところだ。

「泣いてるの」

少女は目にいっぱい涙をためていた。

「泣いてないよ」

彼は言った。
通りかかった自転車に目一杯ベルをならされるまで、そこから動くことができなかった。



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