雫って聞いたら、何を思い浮かべる?
「うーん、涙とか、雨とか」
「汗、とかもいいんじゃない?あと、ペットボトルとかで表面が濡れるやつ……結露、だっけ?」
そうそう、あとは……と無限に続く連想ゲーム。
物語を書く仕事をしている貴方の、なにか役に立てないかなと思って、このゲームを提案したのだ。楽しくてお酒も進むし。
「最近手進まなかったからさ、とても助かるよ。やっぱり、考えたり、想像したりって、楽しいね」
貴方は小さい頃から変わらない、純粋な笑顔を私に向けた。
「そうだね。でも、雫か……もう思いつかないや」
「うーん、じゃあ雫ってどんなイメージ?」
「えぇ?イメージか」
雫、パッと思いつくのは、雨と涙。捉え方によっては、雨も涙も、明るいイメージにはなる。でも、第一印象はやっぱり、暗くて悲しい。
「暗くて、悲しい……かな」
「へぇ。ちなみに私は、綺麗とか、美しいとかかな」
あまりマイナスなことを口に出さない、貴方らしい回答だと思った。
すると、貴方は窓を見た。
外では、しとしとと雨が降り始めていた。
「あ、雨」
「ほんとだ」
最初は穏やかに降っていたのに、段々と地面を強く打ち付ける音が聞こえてくるほど、強い雨になっていった。
「力強い……」
「ん、どうしたの?」
「いいや、なんでもない。いいアイデア思いついちゃった」
そう言って、貴方はスマホを取り出して人差し指を滑らせた。そして、とんとんとリズム良く文字を打っていた。
私は、何も言わず、その姿を見ていた。
何もいらない。
といえるほど、私はこの人生に満足してない。
本音を言えるほど仲のいい友達が欲しいし、やり甲斐のある仕事が欲しいし、夢中でいられる趣味が欲しいし、あと……。
なんて、私は強欲だと思う。
でも、求めてしまうのは、今の人生に満足していないから。
それなら、欲しいものを手に入れるために努力をする。
何もいらないと、言えるようになるまで。
もしも未来が見えるなら、
未来の自分がどんな仕事をしているのかを見たいな。
ちゃんと、夢を叶えているのか。
それとも、他の生き方を見つけたのか。
楽しみだけど、ちょっと不安かも。
貴方の見ている世界は、どれほど色鮮やかで、美しいのだろう。どんな、世界が見えてるんだろう。
「えぇ?うーん、なんて言えばいいのかなぁ?」
貴方は人差し指を口に当てて、右下を見つめた。私が見えている世界は白黒に見えるけど、それでも貴方の美しさは伝わってくる。
「そうだな、とってもカラフル……って、そういうことじゃないよね。うーん」
貴方を困らせるつもりは無かったけど、貴方は言葉をつまらせてるようだった。
「貴方は、色が見えないんだよね。無色の世界……どんな、世界なんだろう?」
「私の、世界?」
考えたこともなかった。私は、なんとかして言葉を振り絞った。
「何も感じたことは無いけど、貴方が見ている世界と私が見ている世界が違うって思うと、なんだか、つまらない世界だなって思う」
「……じゃあ、きっと、貴方にとって、私の見ている世界は、とっても楽しくて、キラキラしていると思う」
当たり前になった無色の世界。つまらないという感情さえ抱かなくなったけど、貴方の話を聞いて、もっと今の世界がつまらなく思えたし、貴方がキラキラしているように見えた。
「いつか、一緒に見ようね。色んな景色をさ」
そう言って、貴方は私の手を握った。
無色の世界でも、貴方の笑顔は色鮮やかに輝いているようだった。
桜の人生は、短い。
「私の人生は、あと何年かな?」
「さぁ?でも貴方のことだし、100歳超えそうだけどね」
「えーそう?」
それぞれ、なりたい職業について、一人暮らしをして、新しい人間関係にも慣れて、なんだかんだ充実した日々を送っていた。
そして今日の夜、貴方と駅で合流して、私の家で飲もうという話になった。その道中に、儚く散っていく桜の姿がとても印象に残ったのだ。
「美しいものは、すぐ枯れる。人間もきっと同じよね」
「……そうだね」
肯定したくなかったから、曖昧に返事をした。
だって、貴方は美しい人だから。それが本当なら、貴方はすぐ散ってしまう。
「ま、そんなのどうでもいいよね。そんなことよりさぁ、今日同僚がね!」
こうやって、貴方と楽しく会話をしたのが、今日で最後になった。
桜散るこの夜、貴方は家に帰る途中で車に轢かれたらしい。
やっぱり、美しいものは、すぐ枯れてしまうらしい。