『君からのLINE』
君は地元、僕は県外の大学に進学した。
仲は良かったが、親友と呼べるほどではなかったし、長い付き合いがあるわけでもなかった。
そんな関係の人とは、直接的な関わりがなくなった瞬間に、ぱったりと連絡が途絶えてしまう。
他の人はどうなのかわからないが、コミュニケーションに積極的ではない僕はどうしてもそうなってしまうのだ。
時が経つほど、メッセージを送る青い紙飛行機のマークが遠くなる。そういう意味では、「ぱったりと」ではなく「徐々に」と言うべきなのかもしれない。
関わりがなくなっても、LINEの「友だち」には名前が残っているわけで。
それを見るたびに、時間がない中図書館で見つけた本が持ち出し禁止だったときのような、財布を持ち合わせていないときにショーウィンドウで良いバッグを見つけたような、なんとももどかしい気持ちになる。
関わらなくなっても、特に問題はないはず。
現に今だって、LINEの「友だち」を見る以外では思い出すこともない。
それなのに僕は。
LINEの「友だち」を見るそのときだけ、君からのLINEを求めてしまう。
『命が燃え尽きるまで』
ずっと彼女と一緒に戦っていたかった。
命が燃え尽きるまで、ずっと。
彼女の剣に乗った熱に、盾役の自分まで浮かされてしまう感覚が、とてつもなく心地よくて。
その感覚を体に刻み込めるまで、彼女と冒険していたかった。
なのに。
彼女の偉大な細い背中が離れていく。
いつものズボンと革鎧ではなく、暖かい黄色のワンピースをまとって。
彼女は冒険者を引退した。
親の仇を討ち取って、体を蝕むほどの熱から解放された彼女は、朗らかな笑顔で冒険譚に幕を下ろした。
そばにあった炎が離れて、気づいた。
自分には、ひとりで燃え尽きるだけの炎は宿っていないのだ。
命が燃え尽きるまで。
そんな生き方を、終わり方を、求めていたのに。どうやら、ひとりでそれは叶えられそうにない。
僕は盾役。
それは、誰かといないと突き進めない僕の人柄を反映した役職だったのかもしれない。
彼女のように、力ある炎を燃やすには。
僕はどんな生き方ができるだろうか。
『本気の恋』
好きになった人なんて、今まで何人もいた。
そのたびに小さなアプローチを繰り返した。
他の子よりもちょっと多くしゃべってみたり。できるだけ笑顔を見せるようにしたり。メッセージを頻繁に送ったりした。
そのおかげでかなり仲良くなった人も、何人もいて。でも告白まではしなかった。
みんな、仲のいい友達で終わった。
その人たちの顔を思い返しながら、スマホ上にある未送信のメッセージを眺めた。
たった1回、ぽんと画面を叩けば、すぐに相手の元へ届くであろう文章を、かれこれ眺めて15分。
私にしては長すぎる時間。
初めて気づいた。
私の今までのアプローチは、何か違ったんだ。
だって私は、気軽にアプローチできる性格じゃないから。
あんなに頻繁に送ったメッセージ……あれはきっと、本当に、仲のいい友達だからこそできたことだったんだ。
私はふつう、そんな積極的なことできない。
今のように。
「今日は楽しかった」
そんな短い言葉をあの人に送るだけで、心が神経質になる。
私はきっと、今までで一番、本気の恋をしている。
『カレンダー』
5月のカレンダーには、赤い印が2つ。
6月には1つ。
7月にはなくて、8月には5つ。
赤い印は、私と彼が会う時間。
別々の大学で、お互いにバイトもあって、家も県をまたいでいる私たちが一緒にいる時間は、学生同士にしては多くない。
私のカレンダーは、いつだって密度が小さい。
でも私は幸せ。
1か月前に会った彼は、私に合うネックレスを選んでくれた。
その2週間前には、一緒にケーキを作った。
そのさらに2週間前には、彼の誕生日を2人で祝った。プレゼントを渡して、中身を見る前に優しく抱きしめてくれたのが、嬉しかった。
カレンダーの密度は小さくても。
私にとって大切なのは、
回数じゃなくて、時間の密度。
このカレンダーには、目に見える何倍もの幸せが書き込まれている。
それはきっと、私と彼にしか見えないものなんだ。
『喪失感』
14歳のカルラは、潮風のあたる崖の上でひとり、佇んでいた。
晴天で、背後の遠くに見える風車は重くまわっている。だがカルラの相貌からは、あたり一帯に平等に降り注いでいるはずの日光が、ごっそりと抜け落ちていた。
崖下では岩を削るように波が打ちつけている。
その波に身を投げるつもりはない。カルラはそんな意思を持ってここに立っているのではなかった。
しかし、今ここで重力に従って、波とともに岩に衝突したとしても、この妙な空洞を囲う石膏のような心には変化なんて起きないだろう。
カルラにはそう思えた。
そっと自らの腹を撫でる。
顔からは表情などいっさい受け取れないというのに、その手の動きからは、何か漠然とした暖かさが感じられる。
腹を撫でる。
何度も何度も。
つい昨日までは、もうちょっと膨らんでいたのに。今ではペたりと引っ込んでいる。
それはカルラの自慢でもあったが、この時ばかりはそうは思えなかった。
ここにいた生命は、昨日で下ろしてしまった。
表情も、心も、腹の中身も、昨日で同時に抜け落ちた、14歳のカルラ。彼女はしばらく崖の上に立っていた。
傷つくことも、悲しむことも、泣くこともなく。
人生で初めて理解した、『喪失感』というものを、無感動にただ味わっていた。