『プレゼント』
そういえば、明後日はクリスマスだったっけ。
街のイルミネーションを見て、ようやくその事実に気づく。
もともと行事には疎いほうだったけど、こんな直前まで忘れていたのはきっと、一人暮らしをはじめたせいだろう。
県外の私立大に進学して、親元から離れた。
友達もいるにはいるが、まあ、類は友を呼ぶというもので、イベントそっちのけで我が道をゆく人ばかり。誰もクリスマスの話題なんて出しやしないのだ。
忘れていたとはいえ、気づいてしまっては何かしたくなるというもの。
パーティ……は、さすがに今からじゃ準備が間に合わない。
……ケーキ?無理だ。私が作れるわけがない。
ツリーも、買ったところでそのあとの置き場所に困る。さて、どうしたものか。
考えあぐねた結果、私に出せた最善の選択は、プレゼントだった。
誰でもない、自分へのプレゼント。
昨年までは親がくれていたから。自分で自分のプレゼントを選ぶのは、実に「おひとりさま」らしくて、なんだかいい。
決めてしまうと、それが名案に思えてくるのが私の性だ。
私は早速、ショッピングモールに向かった。
『逆さま』
天井に足がついている。
まさかこんな体験をする日が来るなんて、思ってもいなかった。
重力に従ってポニーテールが逆だっている。
スカートじゃなくて良かった、なんて場違いなことを考えてしまうのは、この状況にどうも現実感がないからだろう。
腕時計を外すと、それは目の前を通過して、私の上に落ちていった。
私だけだ。
私だけが、重力に逆らっている。
身につけたものは落ちるし、髪の毛も床を向いている。
でも、私の体だけは、この部屋で唯一、天井を地と扱っていた。
不思議なこと。
けれどもとても単純なことだ。
私はなぜだか、『逆さま』になったのだ。
『ススキ』
家の近くに、ススキに似た植物が生えている。
ただ正直、ススキなのかはわからない。
小さい頃は、それはそれは自信を持って言っていた。
「あ、ススキがあるよ。秋のススキが生えてるよ」
なんとも懐かしい。
緩やかにカーブを描いて垂れる穂が何重にも重なって、風に揺らめいている様は、どこからどう見ても、秋のテレビによく映るススキそのものだった。
それが、ちょっと成長して分別がつくようになった頃。突然に思った。
「あれ?これ、ススキじゃなくないか?」
ぼんやりと見ていると、世間の言うススキと目の前にある植物は、違うものに見えた。
見た目はオジギソウなのに、まったくおじぎをしない植物を、見たことはないだろうか。
そんな感じで、このススキも実はススキではなく別のものなんじゃないか、と思った。だってどこか、違和感を感じるんだ。
そんな疑問を持ってから、はや九年。
解決せずに成人である。
今でも家の近くに生えている、この植物……ほんとうになんなのだろうか。
『束の間の休息』
試合が終わった。
高校三年の夏。最後のインターハイ。決勝。
同点からの延長、1ポイント負けだったけど、清々しい終わりだった。
悔しくて涙が出るけど、あぁやり切った、って、顔はついつい笑ってしまう。
汗をかいた体を地面に預け、鋭い日差しを受けて輝く空を仰ぐ。
疲労した体はもう動く気がしない。暑い。それでも爽やかな気分だった。とても心地いい。
……終わった。
そう思って、そのまま地面に溶けてしまいそうなくらいに脱力した。
____その瞬間だった。
凄まじい衝撃波と爆発音。
それと同時に、フィールドには大きなクレーターができた。
力を抜いた体が、無理に緊張をつくって、体中が痛み出した。
『力を込めて』
岩を押す。
足の底から手の表面に押し上げるように、手の形に沿わないごつごつした岩を力を込める。
この下に、水があるんだ。
すくった手が透けてしまうほどの、透明な湧き水が。
この砂の国で、最後に雨を見たのはいつだっただろうか。透明な水を飲んだのは……いつだっただろうか。
街のほうからは、花火の音が聞こえる。
毎日、夜空に咲くこの花は、国のみんなにとって大きな救いだ。
赤い花は、今日も綺麗。
その花火を背に、また岩を押す。
精一杯、力を込めて。
この国に雨が降らない限り、この岩の下にある水を諦めることはできないんだから。
痺れそうな手に力を込めて、咆哮をあげて、今日も岩を押す。