あると

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11/10/2024, 12:53:39 PM

『ススキ』

 家の近くに、ススキに似た植物が生えている。

 ただ正直、ススキなのかはわからない。

 小さい頃は、それはそれは自信を持って言っていた。

「あ、ススキがあるよ。秋のススキが生えてるよ」

 なんとも懐かしい。

 緩やかにカーブを描いて垂れる穂が何重にも重なって、風に揺らめいている様は、どこからどう見ても、秋のテレビによく映るススキそのものだった。

 それが、ちょっと成長して分別がつくようになった頃。突然に思った。

「あれ?これ、ススキじゃなくないか?」

 ぼんやりと見ていると、世間の言うススキと目の前にある植物は、違うものに見えた。

 見た目はオジギソウなのに、まったくおじぎをしない植物を、見たことはないだろうか。
 そんな感じで、このススキも実はススキではなく別のものなんじゃないか、と思った。だってどこか、違和感を感じるんだ。

 そんな疑問を持ってから、はや九年。

 解決せずに成人である。

 今でも家の近くに生えている、この植物……ほんとうになんなのだろうか。

10/8/2024, 10:43:45 AM

『束の間の休息』

 試合が終わった。
 
 高校三年の夏。最後のインターハイ。決勝。

 同点からの延長、1ポイント負けだったけど、清々しい終わりだった。
 
 悔しくて涙が出るけど、あぁやり切った、って、顔はついつい笑ってしまう。
 汗をかいた体を地面に預け、鋭い日差しを受けて輝く空を仰ぐ。
 疲労した体はもう動く気がしない。暑い。それでも爽やかな気分だった。とても心地いい。

 ……終わった。

 そう思って、そのまま地面に溶けてしまいそうなくらいに脱力した。

 ____その瞬間だった。

 凄まじい衝撃波と爆発音。
 それと同時に、フィールドには大きなクレーターができた。

 力を抜いた体が、無理に緊張をつくって、体中が痛み出した。

10/7/2024, 11:01:11 AM

『力を込めて』

 岩を押す。
 
 足の底から手の表面に押し上げるように、手の形に沿わないごつごつした岩を力を込める。

 この下に、水があるんだ。

 すくった手が透けてしまうほどの、透明な湧き水が。

 この砂の国で、最後に雨を見たのはいつだっただろうか。透明な水を飲んだのは……いつだっただろうか。

 街のほうからは、花火の音が聞こえる。
 毎日、夜空に咲くこの花は、国のみんなにとって大きな救いだ。
 赤い花は、今日も綺麗。

 その花火を背に、また岩を押す。

 精一杯、力を込めて。

 この国に雨が降らない限り、この岩の下にある水を諦めることはできないんだから。

 痺れそうな手に力を込めて、咆哮をあげて、今日も岩を押す。

10/6/2024, 11:02:54 AM

『過ぎた日を想う』

 もしあのとき、彼が森に行かなければ。

 白い布の上に置かれた彼の愛刀を眺めながら、そんな意味のない後悔を思う。
 この刀は、もう彼の腰に纏われることはない。

 けれどきっと、この未来は変えられなかったのだ。

 彼の故郷でもあるあの森。
 綺麗な鉱石が採れる森。
 いつの間にか、領主の手の者に支配されていた森。
 そのせいで他の集落と交流も許されず、魔物が巣食う鉱脈の中で、鉱石を掘り続けた森の住民たち。

 住民たちは、とうとう謀反を起こした。
 秘密裏に協力者を集め、犠牲を払いつつも支配者を討ち取った。
 その協力者の中に、彼もいた。
 小さな子どもを庇ったと聞いた。

 無理だったのだ。
 苦しむ住民たちに、手を貸さないわけがない。
 目の前の子どもを見捨てるわけがない。

 『彼』だから。

 だからきっと、この未来は変えられなかった。
 
 それでも……

 私は、主を失った刀をそっと撫でた。

10/4/2024, 10:29:14 AM

『踊りませんか?』

「それじゃあ、今日のところはこれで頼むよ」

 王宮内のとある一室。
 王族派の領主貴族から麻袋を受け取った。
 中身は、麻袋にはとても似合わない、銀貨が数枚。

「ええ。ありがとうございます」

 僕はそう言って、宮廷道化師らしく、にやりと笑った。
 この生活は3年前から続いている。
 王族派と貴族派に分裂した貴族社会で、ほどよく情報を流して、いい感じにバランスを取る。

 王宮に出入りし、王家とも関係を持つ、宮廷道化師だからこそできること。
 
 王も知っている。

 今の政治情勢の肝は、僕が握っているのだと。
 王が不利にならないように調整する代わりに、それを見逃してもらっている。
 情報を統制して、人を動かしてバランスを取るのって、とっても楽しいんだ。
 みんな、僕の思う通りに踊ってくれるんだ。

 ……あぁ、そういえばそこの柱の裏でずっといる貴女。
 どこかのご令嬢かな?
 もしよろしければ貴女も、僕の手の平で

 ……踊りませんか?

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