『優しさだけで、きっと』
レクアイド族__聖なる森をまとめあげる少数種族。
動物たちも、ウナイ族もカテリア族もカッソ族も。聖なる森のいきものを従える、尊く、誇り高き種族。
金髪と、金の瞳がめじるし。
彼らにとっては、他のいきものは皆ひとしく下位種族。森の子たちはそれが常識。
__レクアイドか、それ以外か。
森の子たちは二分されたその世界を疑わない。
どうやったって変わらないと思っている。
「ごめんなさい、ぼく。立てる?ケガはない?」
そんな森に、彼女は、よくなかった。
「大丈夫、大丈夫よ。擦りむいたとこ、洗いに行こっか」
じゅくじゅくと体液が染み出る膝を地面につき、頭を垂れ、謝罪を繰り返すウナイ族の男の子に、彼女はハンカチを差し伸べた。
肩に手を回して、公園に付き添って、処置まで終わらせた。
「なんてこと……」
周りの誰かが呟いた。
レクアイド族が、「下々の民」に寄り添った。そんなことがあっていいのか。
噂が森じゅうを駆け巡る。
「街角でぶつかった少年をたすけ導くレクアイド」の話は、森のいきものたちに「神」を与えた。
「彼女こそ、最も尊ぶべき清らかなる女神であり、平等を実現する救世主」
いきものたちは声を上げた。
やはり彼女はよくなかった。
優しさだけで、きっと、森の均衡を崩してしまうから。
『今日の心模様』
「本日の心模様は晴れ、ところにより曇りとなります」
ビジョンでニュースキャスターが話している。
おおむね晴れということは、今日は大きな事件や事故は起きないのだろう。
であれば、ところによる、と言われた曇りに自分が当たらないように祈るしかない。
曇りは嫌いだ。
正確には、曇り心で気持ちが沈まされたときの、水を含んだ服を着て歩くようなどんより重い「感情」が嫌いだ。
常に晴れ心であれば俺たちは楽なのだが、それではマスターたちが俺たちを生み出した意味がない。
人間はみんながみんな、同じような気持ちになる日などない。境界線を持たない感情のグラデーションが、人間につくられるのだ。なら俺たちも、バラバラな気持ちでないと。
だがそれでも、今からあなたを嫌な気分にします、と言われて喜べるわけがない。ランダムに決まる「曇り」を考えるだけで、
「あー、憂鬱だ」
自然に浮かんだ言葉を吐き出した。その瞬間、すぐさま区内にサイレンが響き渡った。
「A-32-2区域にて、操作外の感情を抱く個体を発見しました」
【怖がり】
足音が聞こえる。
誰かを見つけるまで止まらないと言うように、絶え間なく足音が響いている。
大人のひとだ。たぶん、男のひと。
あなたの荒い息の音は、私が口を無理やり塞いで抑えているから、鮮明にわかる。体の真ん中から細かく震えているのも、顔の筋肉がひきつっているのも、鼻から出てくる空気が酷く不安定なのも、ぜんぶ、右手を通して伝わってくる。
狭いロッカーをふたり、淀んだ空気と不快な熱を共有しながら、足音が遠くのを待っている。
あなたが私の袖口を引いた。
ぎゅっと音がなりそうなくらいに。
指先どころか、手をつくりあげる血肉すべてに力を込めて。ある意味、全霊で私の袖口を引いてきた。
私なら逃げられる。
全力で走れば、確実に逃げられる。私、足速いし。何より、あなたのほうが先に捕まるはずだから。
袖口を見る。
あなたはどう思うだろうか。
私が逃げたら。
幻滅、失望……きっとそうだ。いくらあなたでも。
あなたの手をそっと離す。
力が入っている割に、すんなり離れた。
私が先に外に出るから。先に出て、先に見つかるから。あなたは逃げて。私が追われているうちに。
ごめんね。私は怖がりだから。
あなたに嫌われたくないの。危険だとわかっていても。
あなたの心が離れていくのが、想像するだけで死ぬより怖い。震える。
……そんな顔しないで。この震えはあなたのせいなんだから。あなたがいなきゃ、こんなイカれた恐怖に震えることはなかったよ。
ロッカーの扉に手をかけた。
『たまには』
やることがなくなった。
もちろん、探そうと思えばあるのだけれど。
暇つぶしに使うものがなくなったのだ、要は。
たいてい本を読み、動画を見、絵を描き、ぼーっとしているけれど、今日はそうもいかない。
空港の搭乗口前の待機スペース。
人が多いから動画は見られない。なぜだか人前でイヤホンをつけるのが好きではないから。あと、ひとりで不意に笑ったり、ニヤニヤしたりするのが、ちょっといや。
絵も描けない。人に見られるのが恥ずかしいのと、たぶん私の絵は平然と人に見せられるジャンルの絵ではない。
ぼーっとするのも、試してはみたけどダメだった。視界に必ず人が映って、目が合う。気まずい。
仕方なくスマホを開いて、パズルかクイズでもしてようかと思ったところ、もう1年以上触れていない「書く習慣」が目に入った。
たまには戻ってみるか。
そんな流れでこれを書いているわけだけれど、そういえば忘れていた。
暇つぶしの選択肢でまっさきにスマホを潰したのは、充電を節約するためだった。
飛行機に乗って、空港から家に帰るまで、絶対にバッテリーが切れないように。
画面の右上をひょい、と軽くドラッグする。
3%も減っていた。
『涙』
私の涙はどんな味。どんな色。
私のどこを伝って、どこを濡らして、どこに落ちて、乾いていったの。
……わからない。
だって、涙が出てるときに、そんなこといちいち考えられるわけがない。
そんな楽な涙、私は流さない。
だからわからない。でも…………
もしそばに、それを教えてくれる人ができたら。
教えられるほど、私の涙をずっと隣で見ていてくれる人がいたのなら。
そんなユメに、今夜もまた涙を流す。