あると

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3/29/2025, 5:04:15 PM

『涙』

 私の涙はどんな味。どんな色。

 私のどこを伝って、どこを濡らして、どこに落ちて、乾いていったの。

 ……わからない。

 だって、涙が出てるときに、そんなこといちいち考えられるわけがない。

 そんな楽な涙、私は流さない。

 だからわからない。でも…………


 もしそばに、それを教えてくれる人ができたら。

 教えられるほど、私の涙をずっと隣で見ていてくれる人がいたのなら。


 そんなユメに、今夜もまた涙を流す。

3/27/2025, 3:53:19 AM

『七色』

 神は七色の身体を持っていたらしい。

 虹のように光り輝き、けれども虹のように色が分かれてはいなくて、あんなにはっきりした色でもない。
 淡い光の七色が、コーヒーのラテアートのように細い線で分離しながらも混ざりあった、神秘的な色だったそうだ。

 神の死後、その御姿は選ばれし生き物たちに引き継がれたという。


 ____私の瞳は七色。右目だけ。

 子どものころは綺麗だって囃されて、お気に入りだったこの色。
 でも今はその色のせいで、私は神殿から出られない。

 鳥籠の中には可愛い小鳥。両脚が七色。

 中庭にはゾウ。耳が七色。

 膝上には猫。昼寝中。この子は胴と前脚が七色。

 牧師様によると、神から引き継がれた七色がすべて揃うと神が復活するのだとか。

 見つかっていないのは、左目だけ。

 どんな子が持っているのだろう?私と同じ、この瞳を。
 犬かな、馬かな、ライオンかな。もしかしたら人間かもしれない。

 その子が来て、神が復活したら、私たちはどうなるのだろう?
 自由になれるのかな。それとも死ぬの?はたまた、神に取り込まれたりする?


 わからないけど、いいや。

 退屈な神殿の生活が終わるなら、もうなんでもいい。


 ____だからはやく、見つかってね。左目さん。

12/23/2024, 11:07:44 AM

『プレゼント』

 そういえば、明後日はクリスマスだったっけ。

 街のイルミネーションを見て、ようやくその事実に気づく。
 もともと行事には疎いほうだったけど、こんな直前まで忘れていたのはきっと、一人暮らしをはじめたせいだろう。

 県外の私立大に進学して、親元から離れた。

 友達もいるにはいるが、まあ、類は友を呼ぶというもので、イベントそっちのけで我が道をゆく人ばかり。誰もクリスマスの話題なんて出しやしないのだ。

 忘れていたとはいえ、気づいてしまっては何かしたくなるというもの。

 パーティ……は、さすがに今からじゃ準備が間に合わない。
 ……ケーキ?無理だ。私が作れるわけがない。
 ツリーも、買ったところでそのあとの置き場所に困る。さて、どうしたものか。

 考えあぐねた結果、私に出せた最善の選択は、プレゼントだった。

 誰でもない、自分へのプレゼント。
 
 昨年までは親がくれていたから。自分で自分のプレゼントを選ぶのは、実に「おひとりさま」らしくて、なんだかいい。

 決めてしまうと、それが名案に思えてくるのが私の性だ。
 私は早速、ショッピングモールに向かった。

 
 

12/6/2024, 10:12:40 AM

『逆さま』

 天井に足がついている。

 まさかこんな体験をする日が来るなんて、思ってもいなかった。
 重力に従ってポニーテールが逆だっている。
 スカートじゃなくて良かった、なんて場違いなことを考えてしまうのは、この状況にどうも現実感がないからだろう。

 腕時計を外すと、それは目の前を通過して、私の上に落ちていった。
 
 私だけだ。

 私だけが、重力に逆らっている。

 身につけたものは落ちるし、髪の毛も床を向いている。
 でも、私の体だけは、この部屋で唯一、天井を地と扱っていた。

 不思議なこと。

 けれどもとても単純なことだ。

 私はなぜだか、『逆さま』になったのだ。

11/10/2024, 12:53:39 PM

『ススキ』

 家の近くに、ススキに似た植物が生えている。

 ただ正直、ススキなのかはわからない。

 小さい頃は、それはそれは自信を持って言っていた。

「あ、ススキがあるよ。秋のススキが生えてるよ」

 なんとも懐かしい。

 緩やかにカーブを描いて垂れる穂が何重にも重なって、風に揺らめいている様は、どこからどう見ても、秋のテレビによく映るススキそのものだった。

 それが、ちょっと成長して分別がつくようになった頃。突然に思った。

「あれ?これ、ススキじゃなくないか?」

 ぼんやりと見ていると、世間の言うススキと目の前にある植物は、違うものに見えた。

 見た目はオジギソウなのに、まったくおじぎをしない植物を、見たことはないだろうか。
 そんな感じで、このススキも実はススキではなく別のものなんじゃないか、と思った。だってどこか、違和感を感じるんだ。

 そんな疑問を持ってから、はや九年。

 解決せずに成人である。

 今でも家の近くに生えている、この植物……ほんとうになんなのだろうか。

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