『涙』
私の涙はどんな味。どんな色。
私のどこを伝って、どこを濡らして、どこに落ちて、乾いていったの。
……わからない。
だって、涙が出てるときに、そんなこといちいち考えられるわけがない。
そんな楽な涙、私は流さない。
だからわからない。でも…………
もしそばに、それを教えてくれる人ができたら。
教えられるほど、私の涙をずっと隣で見ていてくれる人がいたのなら。
そんなユメに、今夜もまた涙を流す。
『七色』
神は七色の身体を持っていたらしい。
虹のように光り輝き、けれども虹のように色が分かれてはいなくて、あんなにはっきりした色でもない。
淡い光の七色が、コーヒーのラテアートのように細い線で分離しながらも混ざりあった、神秘的な色だったそうだ。
神の死後、その御姿は選ばれし生き物たちに引き継がれたという。
____私の瞳は七色。右目だけ。
子どものころは綺麗だって囃されて、お気に入りだったこの色。
でも今はその色のせいで、私は神殿から出られない。
鳥籠の中には可愛い小鳥。両脚が七色。
中庭にはゾウ。耳が七色。
膝上には猫。昼寝中。この子は胴と前脚が七色。
牧師様によると、神から引き継がれた七色がすべて揃うと神が復活するのだとか。
見つかっていないのは、左目だけ。
どんな子が持っているのだろう?私と同じ、この瞳を。
犬かな、馬かな、ライオンかな。もしかしたら人間かもしれない。
その子が来て、神が復活したら、私たちはどうなるのだろう?
自由になれるのかな。それとも死ぬの?はたまた、神に取り込まれたりする?
わからないけど、いいや。
退屈な神殿の生活が終わるなら、もうなんでもいい。
____だからはやく、見つかってね。左目さん。
『プレゼント』
そういえば、明後日はクリスマスだったっけ。
街のイルミネーションを見て、ようやくその事実に気づく。
もともと行事には疎いほうだったけど、こんな直前まで忘れていたのはきっと、一人暮らしをはじめたせいだろう。
県外の私立大に進学して、親元から離れた。
友達もいるにはいるが、まあ、類は友を呼ぶというもので、イベントそっちのけで我が道をゆく人ばかり。誰もクリスマスの話題なんて出しやしないのだ。
忘れていたとはいえ、気づいてしまっては何かしたくなるというもの。
パーティ……は、さすがに今からじゃ準備が間に合わない。
……ケーキ?無理だ。私が作れるわけがない。
ツリーも、買ったところでそのあとの置き場所に困る。さて、どうしたものか。
考えあぐねた結果、私に出せた最善の選択は、プレゼントだった。
誰でもない、自分へのプレゼント。
昨年までは親がくれていたから。自分で自分のプレゼントを選ぶのは、実に「おひとりさま」らしくて、なんだかいい。
決めてしまうと、それが名案に思えてくるのが私の性だ。
私は早速、ショッピングモールに向かった。
『逆さま』
天井に足がついている。
まさかこんな体験をする日が来るなんて、思ってもいなかった。
重力に従ってポニーテールが逆だっている。
スカートじゃなくて良かった、なんて場違いなことを考えてしまうのは、この状況にどうも現実感がないからだろう。
腕時計を外すと、それは目の前を通過して、私の上に落ちていった。
私だけだ。
私だけが、重力に逆らっている。
身につけたものは落ちるし、髪の毛も床を向いている。
でも、私の体だけは、この部屋で唯一、天井を地と扱っていた。
不思議なこと。
けれどもとても単純なことだ。
私はなぜだか、『逆さま』になったのだ。
『ススキ』
家の近くに、ススキに似た植物が生えている。
ただ正直、ススキなのかはわからない。
小さい頃は、それはそれは自信を持って言っていた。
「あ、ススキがあるよ。秋のススキが生えてるよ」
なんとも懐かしい。
緩やかにカーブを描いて垂れる穂が何重にも重なって、風に揺らめいている様は、どこからどう見ても、秋のテレビによく映るススキそのものだった。
それが、ちょっと成長して分別がつくようになった頃。突然に思った。
「あれ?これ、ススキじゃなくないか?」
ぼんやりと見ていると、世間の言うススキと目の前にある植物は、違うものに見えた。
見た目はオジギソウなのに、まったくおじぎをしない植物を、見たことはないだろうか。
そんな感じで、このススキも実はススキではなく別のものなんじゃないか、と思った。だってどこか、違和感を感じるんだ。
そんな疑問を持ってから、はや九年。
解決せずに成人である。
今でも家の近くに生えている、この植物……ほんとうになんなのだろうか。