あると

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5/2/2026, 1:18:39 PM

『優しさだけで、きっと』

 レクアイド族__聖なる森をまとめあげる少数種族。

 動物たちも、ウナイ族もカテリア族もカッソ族も。聖なる森のいきものを従える、尊く、誇り高き種族。
 金髪と、金の瞳がめじるし。

 彼らにとっては、他のいきものは皆ひとしく下位種族。森の子たちはそれが常識。
 __レクアイドか、それ以外か。
 森の子たちは二分されたその世界を疑わない。
 どうやったって変わらないと思っている。

「ごめんなさい、ぼく。立てる?ケガはない?」

 そんな森に、彼女は、よくなかった。

「大丈夫、大丈夫よ。擦りむいたとこ、洗いに行こっか」

 じゅくじゅくと体液が染み出る膝を地面につき、頭を垂れ、謝罪を繰り返すウナイ族の男の子に、彼女はハンカチを差し伸べた。
 肩に手を回して、公園に付き添って、処置まで終わらせた。

「なんてこと……」

 周りの誰かが呟いた。
 レクアイド族が、「下々の民」に寄り添った。そんなことがあっていいのか。
 噂が森じゅうを駆け巡る。
 「街角でぶつかった少年をたすけ導くレクアイド」の話は、森のいきものたちに「神」を与えた。

「彼女こそ、最も尊ぶべき清らかなる女神であり、平等を実現する救世主」

 いきものたちは声を上げた。

 やはり彼女はよくなかった。
 優しさだけで、きっと、森の均衡を崩してしまうから。

4/23/2026, 4:14:46 PM

『今日の心模様』

 「本日の心模様は晴れ、ところにより曇りとなります」

 ビジョンでニュースキャスターが話している。
 おおむね晴れということは、今日は大きな事件や事故は起きないのだろう。
 であれば、ところによる、と言われた曇りに自分が当たらないように祈るしかない。

 曇りは嫌いだ。
 正確には、曇り心で気持ちが沈まされたときの、水を含んだ服を着て歩くようなどんより重い「感情」が嫌いだ。
 常に晴れ心であれば俺たちは楽なのだが、それではマスターたちが俺たちを生み出した意味がない。
 人間はみんながみんな、同じような気持ちになる日などない。境界線を持たない感情のグラデーションが、人間につくられるのだ。なら俺たちも、バラバラな気持ちでないと。

 だがそれでも、今からあなたを嫌な気分にします、と言われて喜べるわけがない。ランダムに決まる「曇り」を考えるだけで、

「あー、憂鬱だ」

 自然に浮かんだ言葉を吐き出した。その瞬間、すぐさま区内にサイレンが響き渡った。

「A-32-2区域にて、操作外の感情を抱く個体を発見しました」

3/16/2026, 4:02:28 PM

【怖がり】

 足音が聞こえる。

 誰かを見つけるまで止まらないと言うように、絶え間なく足音が響いている。
 大人のひとだ。たぶん、男のひと。
 
 あなたの荒い息の音は、私が口を無理やり塞いで抑えているから、鮮明にわかる。体の真ん中から細かく震えているのも、顔の筋肉がひきつっているのも、鼻から出てくる空気が酷く不安定なのも、ぜんぶ、右手を通して伝わってくる。
 狭いロッカーをふたり、淀んだ空気と不快な熱を共有しながら、足音が遠くのを待っている。

 あなたが私の袖口を引いた。
 ぎゅっと音がなりそうなくらいに。
 指先どころか、手をつくりあげる血肉すべてに力を込めて。ある意味、全霊で私の袖口を引いてきた。

 私なら逃げられる。

 全力で走れば、確実に逃げられる。私、足速いし。何より、あなたのほうが先に捕まるはずだから。

 袖口を見る。

 あなたはどう思うだろうか。
 私が逃げたら。
 幻滅、失望……きっとそうだ。いくらあなたでも。

 あなたの手をそっと離す。
 力が入っている割に、すんなり離れた。

 
 私が先に外に出るから。先に出て、先に見つかるから。あなたは逃げて。私が追われているうちに。

 ごめんね。私は怖がりだから。
 あなたに嫌われたくないの。危険だとわかっていても。
 あなたの心が離れていくのが、想像するだけで死ぬより怖い。震える。
 ……そんな顔しないで。この震えはあなたのせいなんだから。あなたがいなきゃ、こんなイカれた恐怖に震えることはなかったよ。

 ロッカーの扉に手をかけた。
 

3/6/2026, 4:47:34 AM

『たまには』

 やることがなくなった。

 もちろん、探そうと思えばあるのだけれど。

 暇つぶしに使うものがなくなったのだ、要は。
 たいてい本を読み、動画を見、絵を描き、ぼーっとしているけれど、今日はそうもいかない。

 空港の搭乗口前の待機スペース。

 人が多いから動画は見られない。なぜだか人前でイヤホンをつけるのが好きではないから。あと、ひとりで不意に笑ったり、ニヤニヤしたりするのが、ちょっといや。
 絵も描けない。人に見られるのが恥ずかしいのと、たぶん私の絵は平然と人に見せられるジャンルの絵ではない。
 ぼーっとするのも、試してはみたけどダメだった。視界に必ず人が映って、目が合う。気まずい。

 仕方なくスマホを開いて、パズルかクイズでもしてようかと思ったところ、もう1年以上触れていない「書く習慣」が目に入った。

 たまには戻ってみるか。

 そんな流れでこれを書いているわけだけれど、そういえば忘れていた。
 暇つぶしの選択肢でまっさきにスマホを潰したのは、充電を節約するためだった。
 飛行機に乗って、空港から家に帰るまで、絶対にバッテリーが切れないように。

 画面の右上をひょい、と軽くドラッグする。

 3%も減っていた。


3/29/2025, 5:04:15 PM

『涙』

 私の涙はどんな味。どんな色。

 私のどこを伝って、どこを濡らして、どこに落ちて、乾いていったの。

 ……わからない。

 だって、涙が出てるときに、そんなこといちいち考えられるわけがない。

 そんな楽な涙、私は流さない。

 だからわからない。でも…………


 もしそばに、それを教えてくれる人ができたら。

 教えられるほど、私の涙をずっと隣で見ていてくれる人がいたのなら。


 そんなユメに、今夜もまた涙を流す。

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