原子炉の小型化は飛躍的に人類を自由にした。自動車は半永久的に補給がいらない。原付といえば、原子力推進機能付自転車をさす。
当初安全面が憂慮されたが、原子力潜水艦のシステムが応用された有事にハッチが閉じる安全機能のおかげで、実用化に至っている。
そんな人類が暮らす地球を私は今、シャトルから眺めている。変わらず美しく青い。
ベルトに装着可能な原子炉。酸素も電気もそこから生み出される。ジャイロ機能のおかげで無重力の中でも平衡を保てる。
快適だ。
シャトルは衛星軌道上を回っている。後発のシャトルとランデブーを行うためだ。
「コツン」という音が響いた。シャトルに何かぶつかったようだ。現在の見廻りは私の順番だ。船外に出て、外壁に傷などがないかを確認する。ジャイロ機能のおかげで船の外壁を自在に歩くことができる。
楽なもんだ。
傷一つないことを確認したので、船内に戻ろうとすると、大きな物体が見えた。見えた瞬間にそれがシャトルに衝突し、私は投げ出された。振り返るとシャトルはぐにゃりと曲がり、やがて軌道をはずれ暗黒に消えていった。ぶつかってきた物体もシャトルだろうとぎりぎりわかるほどに大破していた。それは軌道にのり、私の後を追いかけてくる。私も軌道に乗っていた。互いの距離は変わらない。ただただ地球の周りを回っている。
他の何かの残骸や隕石らしいものと一緒にただただ回っている。
通信装置は破損してしまった。
が、酸素供給システムは作動している。
何も出来ず。酸素を吸いながら回り続ける。
電力で稼働しているコンピューターでどれくらい酸素が持つか計算してみた。
「1億6千万年」。
愕然とした。私は寿命尽きるまで地球を回り続けるのだ。
永遠なんて、ないけれど、永遠の苦痛が始まっていた。
AIの進化は目ざましい。スマートフォンと会話が出来る時代だ。その技術が小型化し普及していることにも驚きだ。手の中に執事がいて、スケジュール管理も翻訳もしてくれる。さらに進んで端子に触れたものの成分分析までできるようになったものもある。
航空機の墜落事故が発生した。生存者は見込めない惨状ある。
ある六人家族の話。一家の大黒柱である父親が搭乗していた。残された五人は空港に駆けつけて皆涙した。ハンカチが重くなるほど皆号泣し、報告を待ったが、結果は「生存者ゼロ」だった。
何日か後、弁護士を挟み遺産相続の話をするため五人は再集合した。
父親は会社社長。弁護士は会社の顧問弁護士だった。
弁護士が口を開いた。「実はあの日の涙をAI分析しました。ハンカチに残っていたものを使いました。」
結果は妻は「嬉し涙」。不倫相手と堂々と再婚できるから。長男は「安堵の涙」。父親の会社で働く彼は多額の横領を隠していた。次男は「悔し涙」。彼は幼い頃から兄を贔屓する父親も兄も恨んでいた。兄が会社も手に入れてしまうのか。三男は大好きな父親を失った「純粋な涙」。
弁護士が続ける。「涙の理由から、興信所を使って調べました。さあ、相続するのは誰が相応しいでしょうか。」
夫から「定時で退社しました。」とメールが届いたので、「わかった。コーヒー買って帰るね。」と返信をした。買い物をすまし、スターバックスに入っり、ホットコーヒーを頼んだ。頭の中で時間を計算すると、コーヒーの冷めないうちに夫は家に帰り着くはずだ。
コーヒーの蓋を外すと湯気が漂う。まだ、煙のように濃ゆい。やがて、それが薄まりもう少しで冷めてしまう時間になった。
今頃夫はマンションの階段を登っているだろう。玄関のドアチャイムを一度鳴らし、鍵を開ける。いつもの嫌悪感いっぱいのガチャリという音を立てて。
いつもと違うのは部屋にプロパンガスが充満していることだ。鍵に細工があることだ。
コーヒーが冷めた。
爆発音が頭の中で響きわたる。素敵な音だ。
私はその音に酔いしれて、スターバックスのソファに持たれ、冷めたコーヒーを飲んだ。
「平行世界というものが存在していて、似ているけど何かが少し違うんだ。」友人がしたり顔で俺に言う。
「今からする選択の数だけ枝分かれした世界が増えて行く。それがパラレルワールドっていうんだってさ。」。
「だってさ、ということはお前はそれを誰かに聞いたのか?」と俺が尋ねると、「ああ、お前からだ。」と何事もないように答えた。
「え?」と不思議がる俺に、友人は続けた。「それから、明日この話を俺に伝えて欲しい。何も知らない俺に。」と頼んできた。
唖然とする俺にまた彼は言った。「俺は今からお前にこの話をしに行かないといけない。」
言葉の意味が全く分からず、どういう意味かを執拗に尋ねたが、彼は先ほどと同じ話を繰り返すばかりだった。何度も繰り返した結果俺は辟易とし、怒気を込めて彼に言った。
「これじゃいつまでも平行線だ!」
彼は破顔して、嬉しそうに言った。「やっとわかってくれたんだな!」
時計の針が重なって、次にもう一度重なるまでの時間。それが俺の余命だ。
針に電流が流れ起爆する。あまりにアナログな仕組みに呆れて乾いた笑いが出る。
悔やみ、苦しみながら最期を迎えろ。明確なメッセージが込められている。それはそうだろうな。故意ではなくとも、彼の子供を奪ったのは俺だ。車と酒のせいではない。
なのに、裁判は車と酒のせいで懲役五年だと。
納得出来るはずがないだろう。
これは私刑だ。正義の私刑だ。だから俺は受け入れる。
12時まで後わずか。秒針が近づく。カッチカッチと十三段階段を登るような音が響く。
さすがに強く目を閉じた。念仏も唱えた。唱える声が悲鳴になり響きわたるなか、時計は12時を過ぎた。重なりが離れて行く。呆然と見つめながら。はっと笑った。騙されたのだ。恐怖の天罰を与えられたのだ。
がくりと首を垂れしばらく動けなかった。
いつの間にか西陽がさす時刻になっていた。ロープは緩み解けた。俺は立ち上がり出口に向かう。
時計は大きく背中に西陽を受け、長い影を伸ばしている。そのものが日時計のようだ。
出口のドアに手をかけた俺の背にその影が重なった。生が消える刹那、時計の爆発音が聞こえた。